「たっく、なにやってんのさ、ルーク。あーあ、髪もばっさり切っちゃって…せっかく綺麗な朱色の髪だったのに、勿体なさすぎ。後で整えないと、絶対に酷い髪型になるよ?」


素手でアッシュの剣を握るから手の平から血が溢れていると言うのに、いきなり間に割って入ったシンクは飄々としたままルークに向かって、そう言った。
溜め息を吐きながらも言うその姿にルークは思わず目を丸くしたまま立ち尽くしているのだが、このシンクの乱入に余計にアッシュが、腹を立てている。
忌々しげに睨み付けて来るアッシュの視線や、周りを囲むようにして立っているティアやジェイド達の視線にも気付いているだろうに、シンクはあえてルーク以外に視線を向けようとはしなかった。
じわり、血が手袋に染み込むのがわかる。
深く斬ったわけではないだろうからそこまで痛くはないのだが、流石に斬り落とされるのだけは、勘弁願いたい。


「シンク!てめぇなにしやがる!!邪魔だ退け!」
「ここ退いたらあんたルークを斬るって言うんでしょ?退かないよ。それよりいつまでこうしてるつもり?早く引いてくれないと痛いんだけど。あんたいつまで同僚の手に剣を食い込ませるつもりなのさ」


淡々とシンクが言えば、幾分か冷静さを取り戻したのかアッシュは盛大に舌打ちをしつつも、渋々剣を納めた。
痛い痛い、とわざとらしくシンクが手を振れば、余計に眉間に皺を寄せるのだから厄介なのだが、シンクは気にもしない。
黙り込んでしまったルークに、シンクはそっと頬に手を伸ばした。
指先だけで、触れる。
手の平をつけるわけにはいかなかった。
そんなことをすれば、ルークが汚れてしまう。


「ちょっとシンク!あんたなんでこんなところに居るのよ!」


喧しく喚いたアニスの言葉に、一瞬シンクは顔を引き攣らせたけれど、それよりも目の前のルークの方が大切だったから、答えもしなかった。
左手を掴んでいた手を解く。
本当は両の手で包み込むように頬に添えたかったのだが、仕方なく片方の手だけ、シンクはルークの頬に触れた。
怯えた瞳だ。
そんな顔をさせるつもりはなかったのに、身代わりとして生きてきた年月は、今のこの状況を、許すことが出来ていない。


「あんたの髪が大好きだって言ってたシオンが嘆くよ?それにそんな顔色してたらフローリアンが泣くね、絶対」
「シン、ク…」
「大丈夫だよ、ルーク。あんたが望むことから、外れてるわけじゃない。とりあえず今は眠りなよ。次に目を覚ました時に全部話すから。これは最悪じゃない」
「……で、でも…!」
「最悪は絶対に起こさせない。大体あんたの望むことから、あのシオンが外させるわけがないじゃないか。これでいいんだ」「……」
「ルーク」
「……ほんと、に…?」
「こんなことで嘘吐くわけがないでしょ。大丈夫だよ、ルーク。もう、大丈夫」


言って、あやすようにシンクが背を撫でれば、糸が切れたようにルークが気を失い、シンクに寄りかかった。
「あ、しまった」と背を撫でた際に着いてしまった赤黒い血にシンクは小さく呟いたが、まあいいかとすぐに気にしない。
ルークが眠ったことを確認したあと、シンクは自分が羽織っていたマントをアッシュに投げ渡した。
睨み付けているアッシュはすぐに怒鳴ろうとするが、それよりも早く、シンクは言う。


「あんた、今からユリアシティに入るつもりなんだろ?だったらそのマントで絶対に髪を隠した方がいい。別にあんたがこれから『ルーク』って名乗ろうが好きにしろって感じだけど、この街で名乗るのはお勧め出来ないね」
「どういうことだ!」
「ユリアシティは監視者の街。預言通りに動いているか世界を監視してる街なんだよ。アッシュ、あんただって『聖なる焔の光』に詠まれた預言、知らないわけじゃないだろ?」


淡々と言ってやれば、そこは思い当たるのかアッシュは押し黙って何も返せなくなった。
睨み付けてくるばかりのその姿を一瞥して、シンクはルークの膝裏に手を回し、抱き抱える。
所謂お姫さま抱っこと言うまあとんでもなく恥ずかしい体勢ではあったが、他に取れる体勢もなかったので、そこは仕方ない。


「ちょっと!どういうことなのよシンク!」


喚くように言ったアニスに、シンクは鬱陶しいな、と露骨に顔をしかめて無能さでも突き付けてやろうとしたのだが、それよりも先にジェイドがアニスを制して前へ出たから、とりあえず黙っておいた。
死霊使いの紅い目が射抜くように見ているのがわかるが、それに怯むような神経を、生憎シンクは持ち合わせてはいない。


「失礼、あなたは確か六神将の一人、烈風のシンクですよね?ヴァンの手下であるあなたが、何故ここに?そして『聖なる焔の光』に詠まれた預言とは一体何だと言うんですか?」


答えなければコンタミネーション現象で取り込んだ槍を即座に具現化させ、攻撃するのも厭わないとばかりに殺気立って言うジェイドに、シンクは一度溜め息を吐いてやった。
馬鹿馬鹿しい、とうっかり口にし掛かった言葉はどうにか飲み込み、とりあえず質問には答えてやる。


「あの年齢詐欺、髭面バカの手下呼ばわりするのはやめてくれない?ああ、あと言っておくけど、僕はもう六神将じゃないから。辞表出して辞めた。大体元々、髭に忠誠誓ってたわけじゃないし」
「それを我々が信じると?」
「そればっかりはあんた達の勝手だろ。僕はあんた達に信じてもらえなくても別に構いはしない。ああ、あと『聖なる焔の光』に詠まれた預言だっけ?今更知ってどうすんのさ」
「今更、と言うことはもう既に終わったこと、と?」
「……もう面倒だから教える。 ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す−−−これが『聖なる焔の光』に課せられた預言だよ。だから監視者の街に行くなら、髪隠して名乗るなって言ったのさ。預言の為とか言って、殺されるよ」
「そんな!ユリアシティの皆がそんなことするわけないわ!」


声高に叫んだティアの言葉に、しかしシンクはうんざりと溜め息を吐くばかりで、アッシュでさえも苦々しく顔をしかめていた。
教団での地位が確立している者ほど、否定出来ない要素を知り得ているのだろう。
「ヴァンの妹、あんたが知らないだけさ」と言ったシンクの言葉に、アッシュも否定はしなかった。そのことに、あのナタリアも顔を青ざめている。


「ああ、そうだ死霊使い。マルクトの皇帝にタルタロスありがとうございましたって鳩かなんかで伝えといてくれない?後で僕らも顔を出すつもりだけど、とりあえずアクゼリュスの民なら、全員無事だってことも」
「…あなたが、住民の避難をしたのですか」
「まあ、僕だけじゃないけどね。見殺しに出来るわけがないから、助けた。それに、ルークの手を染めさせたくない」


言いながら、シンクはルークを抱き抱えてそのまま踵を返した。背を向けて、振り向くことなく足を進める。
これ以上この街にルークを居させたいとも思えなかった。
アッシュとナタリアの目に触れさせたくなかった、と言う方が、正しかったが。


「おい!待て!ルークをどこに連れて行くつもりだ!」


聞こえたガイの制止の声に、けれどシンクは振り返ろうとはしなかった。
足を止めたのは、ルークがガイのことを親友だと言っていたからに過ぎない。
背を向けたまま、シンクは答えた。
ご主人さま〜!と何だか甲高い声も聞こえた気もしたが、そこは聞かなかったことにする。


「上に戻って休ませるんだよ。別にあんた達には関係ないだろ?被験者が居れば、それでいいみたいだし?」


暗にナタリア達のことを示して言えば、「そんなことはない!」とガイは即座に否定しようとしたのだが、その体を押しやるようにナタリアが前に出たから、叶わなかった。
女性恐怖症であるが為に、言うべき言葉は悲鳴とすり替わって紡がれない。


「待ちなさい!そのレプリカルークはキムラスカで罰を与えなければなりません!勝手に持ち去るなど許しませんわ!」


ルークをレプリカと認識した瞬間、今までの態度からああも変わるものかと逆に感心すらしてしまうナタリアの物言いに、ジェイドは密かに顔をしかめ、シンクは馬鹿にしたように鼻で笑った。
無視するに限ると足を進めてしまう。
駆け寄ろうとしたナタリアを、しかし今まで黙っていたイオン が止めた。
これがガイならばナタリアもその手を振り払っただろうが、イオンにそれは、出来ない。


「行かせてあげて下さい。お願いします」
「シンクは六神将ですのよ?!アクゼリュスを消滅させた危険過ぎるレプリカルークを、ヴァンにみすみす渡せませんわ!」
「シンクのことは僕が保証します。彼は、ヴァンと繋がってもいません」
「ですが…っ」
「シンク、どうか…ルークのことを、よろしくお願いしますね」


無理に笑んでまで言ったイオンに、シンクは一度振り返って「任せておきなよ」とそう言って今度こそ立ち去って行った。
こうなれば誰もの視線がイオンに集まるのだが、イオンはシンクの背が消えた方を見たまま、振り向こうとしない。

レプリカだと、その言葉だけで人はこうも変わるのかと思うと、少し怖かった。


(ごめんなさい、ルーク。)

(臆病な僕で、本当に、ごめんなさい。)




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