誰にも言ったことは無いけれど、夢に見たことが、たった一つだけある。


リアン


邸の中庭で、優しく名前を呼ばれて、俺は振り返る。
呼んでくれたのは母上だ。
ルークと剣の稽古をしていた手を止めて、俺は走る。
大好きな母上に駆け寄って、そうして穏やかに笑んでお茶をしましょうと言ったその言葉に父上も誘いに行って、はしゃいでる俺に困ったように笑いながらガイがお茶を用意して、遊びに来たナタリアも一緒に皆でお茶会を開いてみたり、笑い合ったり、たまにはルークと、喧嘩もしてみたり。


ずっと、夢見てたことだった。

手を伸ばしても届かない、痛いぐらい…きっと幸せと呼べる、そんな夢。日溜まりの、憧憬。
叶わないとは知っていた。
だけどせめて、せめて死にに行くこの身に、その夢を抱いて眠ることは許して欲しいと。
願って、祈って、そうして目を瞑った筈だった。


それなのに。

それなの、に。







「−−−ぇ?」


目を覚ましてすぐ、口から漏れたのは戸惑いを含んだそんな呟きだけだった。
視界には障気の海と視認出来るほど汚れた空気、そして鉱山の街の物と思わしき、瓦礫の山とその残骸。
「ご主人様!」と聞こえてきたその声に、けれどルークは、何一つ反応を返すことなど出来なかった。
座り込んだまま、立てもしない。

呆然としていることしか出来なかった。
側に寄り添うように居るのはイオンだったかもしれないが、それより何故、どうして、と考えだけが頭を占める。
思考回路が、追い付いてない。
これは、なに?




「皆さん、ひとまずタルタロスに向かいましょう。ここには瓦礫の山しかありませんし、いつ沈むとも分かりません」


周りを一通り確認したのか、呆然としている一行の中で一人冷静にそう言ったジェイドの言葉に、誰も反論などせず偶々近くに落ちていたタルタロスへ乗り込んだ。
引き摺るように足を運ぶルークに対し、誰もが気付いていようと何も言わない。
寄り添うように体を支えるイオンの姿に、アニスは露骨に不満さを露わにしてルークに舌打ちし、ジェイドは何も言わなかった。
誰もが思っていることなのだ。
一体なぜ、こんな目に合っているのか、など。



「貴方は兄に騙されたのよ。そして、アクゼリュスを支える柱を消してしまった……」
「アクゼリュスは消滅してしまいましたわ。一瞬で……」


タルタロスの甲板で、話の流れからルークを責める言葉がティアとナタリアの口から漏れても、止める人間など誰もいなかった。
甲板で一人、呆然と座り込むルークに皆苛立ちばかり感じ、責め立てる言葉に終わりは見えない。
みっともなく無様にこのお坊ちゃまなら醜態を晒すのではと冷めた目を向けたままジェイドは密かに思っていたが、しかし一向にルークは反応と言える反応を何一つ示そうとはしなかった。ただただ呆然と、障気の海と空を、見つめている。


「ちょっと!あんた聞いてんの?!あんたのせいでアクゼリュスは消えちゃったんだよ!なにか言いなさいよ!」


我慢ならないとばかりにアニスが怒鳴りつけるようにこう言ったが、それでもやはりルークは何の反応も示さなかった。
呆然としたままのルークの姿に、最初に見切りをつけたのは婚約者であるナタリアで、「あなたは変わってしまいましたのね」と言ってさっさとタルタロスの艦内へと戻っていく。
続くようにティアもまた「見損なったわ」と冷たい目を向けて、さっさと切り捨てた。
どれもまた、聞こえていないようにルークは振り向きもしないからそれがまたアニスの感に障るのだが、反応はない。


「イオン様行きましょう!こんなサイッテーな奴、相手にしなくていいです!」


腕を引っ張って、半ば力任せにアニスはイオンを連れて艦内に戻ろうとしたのだが、しかしイオンの方が、その手を振り払っていた。


「戻りたいのならアニスだけ戻って下さい。僕はルークの側に居ます」
「イオン様!そいつはアクゼリュスを消滅させたんですよ!優しくしなくったって別に…!」
「アニス!」
「……っ」
「ルークを傷付けるのなら、戻って下さい」
「でもイオン様っ!」
「戻りなさい」


きっぱりとそう言い切ったイオンの言葉に、戸惑ったのはアニスだけでなく側に残っていたガイも同じだった。
口には出していないものの、侮蔑を込めた視線を向けてはいたし、失望したのも否定出来はしない。
渋々と言った形でアニスは引き下がりはしたものの、まさか導師を放って中に戻れる筈もなく、結果扉の前で動くに動けないと言ったその姿に、イオンは辛そうに顔をしかめた。
けれど、もう視線を向けることはしない。
苦々しく顔を歪めたガイと、傍観に徹したまま、それでも冷たい眼差しを向けるジェイドにイオンは怯むことなく見据えたのだが、不意に耳に届いた声に弾かれるように視線を向けた。


「……どうし、て…?」


か細く、呟くように言ったルークの言葉に、イオンは泣き出しそうになるのを堪えて、側に駆け寄っていた。



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