目の前の白いベッドに横たわる少年に、「ああ、あの声はこの子だったんだ」とは思ったけれど、そこからどうしたら良いのかわからなかった。

何を言えば良いのか、わからない。

思えば、自分より年下の子どもを見るのは、初めてだった。





「……どうしたの?」


霞む視界の中に、どうにか捉えることが出来たその姿が、人を見るなりそう言ったから、緑色の髪をした少年は隠すでもなく露骨に顔を歪めた。
なんだこいつは、と素直に思った感想はそんなところだけれど、人を呼んで追い出すこともまして自分で追い出すことも出来やしない。
長い朱色の髪をした、自分よりいくつか歳上だろうそいつは、しかしどこか幼くとも見え、ただただ真っ直ぐなその瞳で見下ろされているのがますます癇に障った。
早くどっか行けよこいつ、などといくら思ったところで、状況は何も変わりそうにない。


「…それは、こっちの、台詞だよ。あんた、どうやって…ここに、来たのさ。普通は…ここまで、入れないって…言うのに」


本当は喋るのも辛かったから無視を決め込みたかったのだけれど、誰かにこの状態の自分を見られているのが嫌で、少年は渋々そう言った。
けれどいくら何を言おうと、朱色の髪をした少年は、決して目を逸らそうとはしない。

嫌だ、と緑色の髪をした少年は思った。

それは出て行けと声を張り上げることすら儘ならない自分に対してなのか、誰に対してなのか、わからないけれど。


「…声が、聞こえたから」
「は?」
「楽しいとか悲しいとか、辛いとか…どれなのかわからないけど、声が聞こえたんだ。だから、来た」


いや、そんなこと言われても全くわかんないしつーか楽しいと悲しいじゃ真逆だろ頭大丈夫かこいつ?
と、言うのが少年の素直な感想だったのだが、あんまりにも驚き過ぎてなに一つ言葉にはならなかった。
馬鹿馬鹿しい、と吐き捨ててしまいたい。
声が聞こえたって、一体どういうことだよ、とか沢山暴言を交えて言ってやりたかったのに、真っ直ぐ見下ろしてくるその翠色の瞳に、上手く言葉を返せそうになかった。


「…どうしたの?」


朱色の髪をした少年は言う。
緑色の髪をした少年は諦めたように溜め息を吐いた。
嫌に蒼白い、顔色をして。


「見て、わからないの?僕は…もうすぐ、死ぬ。病気、だから」
「病気?治らないの?」
「さあ?治る病気…だろうが、治らない、病気だとか…そんなのは、関係…ない」
「なんで?」
「預言に…詠まれてるから、さ」


憎しみすらも込めて、そう言ってやった。
ああ、腹が立つ。
こんなわけのわからない奴に説明している自分も、何もかもが、憎らしくて仕方ない。


「導師イオンは死ぬ。…預言に、そう書かれていたから、僕は…死ぬんだ」
「イオンは、死にたいの?」
「は?」


突拍子の無いにも限度があるだろうそいつの言葉に、少年は思わず不快感を益々露にして声を上げてしまった。
調子が狂う。
こいつ、いま何を言いやがった?


「俺は…預言に詠まれていたからどうするって言うのが、よくわからない。預言に詠まれてたからってイオンは死んで良いの?預言に詠まれてるなら、イオンは死にたいの?」
「お前、なにわけのわからな…」


言い掛けて、そこで少年はようやくハッと気付いた。
朱色の髪に、翠色の瞳。
最初に気付かなかった自分の間抜けさに今更頭が痛くなるが、そうだこいつの色は、キムラスカ・ランバルディア王国の王族に連なる者の証、だ。

となるとこいつは、あの『ルーク・フォン・ファブレ』だろう。

本物の『ルーク』には会ったことがあるから知っている。
こいつは、あの男が言っていた『レプリカルーク』だ。


「ふ、ふふ…なんだ、お前…偉そうなこと、言ってる癖に…レプリカじゃないか」
「レプリカ?」
「ああ、レプリカだ。人間じゃ、ない…お前は、ただの代用品。本物の代わり、偽物なんだよ」
「偽物…」
「馬鹿馬鹿しい、レプリカの分際、で…よくも僕に、そんなこと言えたな。傑作じゃない、か」


くくく、と小さく笑ってやって、さあとっとと出て行けと言ったと言うのに、しかし朱色の少年は、レプリカは動こうとしなかった。
苛立って仕方ない。
お前は僕の短い命をここで断ちに来たのかと言ってやりたかったと言うのに、しかし次の瞬間返って来た言葉に、思わずきょとんと目を丸くしてしまった。


「俺は…レプリカじゃないよ」
「…は?」
「うん、違う。だけど…偽物ってことは、変わらない。レプリカと一緒かな」


簡単にそう言ってしまった朱色の髪をした少年に、今度こそ本当にわけがわからなくなった。
思い描いていた反応とはどれも違う少年を、緑色の髪をした少年はただただ見上げるしか出来ない。
朱色の髪をした少年は、真っ直ぐに見据えてもう一度聞いた。
濁りなどどこにもない、澄んだ、瞳だった。


「イオンは、死にたいの?」


言われた瞬間、緑色の髪をした少年は目を見張って、それから怒りのままに顔を歪めた。
答えなんて、そんなのわかりきってるじゃないか。


「死にたくないに決まってるだろ?!僕は、僕はっ!預言に詠まれているからって、そんなことで死にたくなんかない!!だけど、お前らが僕を殺すんじゃないか!預言に詠まれているから死ねと、僕を殺すんだ!!」


今までずっと押し込めていたことを、怒りのままに吐き出したその瞬間、体の方が先に耐えられなくなったらしく、喉から込み上げてくる自身の血液に咄嗟に体を捩り口を覆った。
咳き込めば、嫌って程の現実しかない、血。血液。悲鳴を上げている命。

死にたくなんかなかった。

まだ、生きていたい。
死ぬのは怖い。
やりたいことだって沢山ある、伝えたい言葉だって馬鹿みたいにある。
預言に詠まれているからと言って、死にたくなんかなかった。
生きたいんだ。



「―――わかった」


無様に血を吐いて苦しんでいるその時に、聞こえたのはたった一言それだけだった。
霞む視界の中に、朱色のそいつの、手が伸べて来る。
何がしたいのか全くわからなかったが、その手が胸に触れたかと思った瞬間、突如目映い光に包み込まれ、目を開けていられなくなった。

一体、何が?


疑問に思いつつもどうにか恐る恐る目を開ければ、そうして気付いた事実に、思わず目を見張って固まってしまった。


「ぇ?」


血を吐いたばかりだと言うのに、先程までの痛みも苦しみも、どこにもなかった。




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