走って走って走って。
予め泊まる予定だった宿屋に駆け込んで、周りの目なんて気にせず部屋に入って、そうして勢いよく扉を閉めて、そこに背を預けて座り込んだ。
朱色の髪が揺れる。
肩で息をする度に込み上げて来る何かがあるけれど、それには目を瞑って知らないフリを貫き通す。
ぐちゃぐちゃに絡まる思考回路が嫌で、ルークは膝を抱えてうずくまったまま動こうとしなかった。
側にレイラが寄り添ってくれているのがわかる。

ミュウはいなかった。
多分、途中で置いて来てしまったのだろうけど、今は、ただ。


「……レイラ、」
『どうした、リアン』
「どうして、シオンはあんなに辛そうな顔をしてたんだ?どうして、シオンはあんなことを聞いたんだ?」


膝に頭を埋めたまま聞くルークに、レイラは少しばかり顔をしかめて、答えることが出来なかった。
側に寄り添うことしか、出来ない。
人であれたなら、もっと違った選択が取れたのだろうけど、意識集合体でしかない自分には、出来ないことだった。


「…アクゼリュスで俺が『聖なる焔の光』として死ねば、預言から外れ始めるんだろ?俺は、母上にもシオンにも、イオンにもシンクにもフローリアンにもアリエッタにも、ミュウ達にも死んで欲しくない。俺が死ななくちゃ、預言のまま星が滅びてしまうんだろ?そんなの嫌だ。皆には、生きてて欲しい」
『リアン』
「なのに、なのになんでシオンはあんなこと言うんだ?俺が死ななくちゃ皆が生きていけなくなるのに、どうしてあんなこと言うの?」
『…リアン』
「わからない、わからないんだレイラ。どうしてシオンはあんな顔をするの?俺が死んだら皆笑って暮らせるんじゃないの?アクゼリュスで預言通りに動いたら滅びてしまうんじゃないの?だから俺が行くんだろ?父上だって言ってたのに…なんでシオンはあんなこと言うの?アクゼリュスで死ぬのが俺が生かされた意味なのに、どうして否定するの?俺はいらないの?間違ってるの?」
『違うんだ、リアン』
「ならなんでシオンはあんなに辛そうにしてたんだよ!わからない!わからないんだよレイラ!」


まるで泣き叫ぶように言ったと言うのに、実際に泣くことも出来ずにいるのは、レイラもわかっていることだった。
だからこそ、黙ったまま、寄り添うことしか出来る術がない。
ルークは泣くと言うことを知らなかった。
それも、欠如してしまったものの一部。

自分の境遇に対し、誰かを憎むことも恨むことも悲しむことも、涙を溢すことも知らないままここまで来てしまった。
だからこそ、レイラはわからなくなる。
必要のない犠牲までも払って、ユリアの願いを叶えることが、本当に正しいのかと。


「……アクゼリュスのパッセージリングに着いたら、レイラは地核に戻るんだよな?」


顔を伏せたまま、静かに聞いたルークに、レイラは『その通りだ』と頷いてみせた。
アクゼリュスで、自分は一度地核へと戻る。
そこから先の話はあるが、シオン達から口止めされている以上ルークには話すことではなく、レイラはただ言葉を待った。
下手に口出ししてはいけないと思ったからだったのだ、が。



「俺も連れて行って」


伏せていた顔を上げて、真っ直ぐに見据えて言ったルークの言葉に、レイラは思わず目を見張って何の反応も示せなかった。
なんて自分は愚かだったのだろう。
歓喜など欠片もない。
どうして自分は、もっと早くから、それこそ初めから、この子に寄り添っていなかったのだろう。
死にたい、と直接的に言われるよりも、酷く悲しく、穏やかに笑んでまで言うその姿に、全てが手遅れだと突き付けられた気もした(私が代わりに感情を覚えて、一体どうしろと言うんだ)。



「…ルーク、開けて下さいませんか?ルーク」


一体どれくらいの間、言葉も返せず呆然としていたのだろうか。黙ったまま硬直していれば、不意に扉の外からこう声を掛けられたから、ルークはゆっくりと立ち上がって扉を開けた。
開けたくない、ともしかしたら思ったかもしれないが、ルークが彼らに対して優しいのは知っていたので、レイラは何も言わない。
扉を開けた先に居たのは、案の定イオンの姿だった。
両手にカップを持っていて、ノックしなかったのはそのせいだろうと容易にわかるからこそ、ルークは何も言わない。


「ココアを淹れてもらったんです。良かったら飲みませんか?ルーク」


にっこり笑んで言ったイオンに、ルークは少し俯きがちに視線を逸らしたものの、やがて静かにそれを受け取ってイオンを部屋へ招いた。
二人部屋の宿屋で、本当だったらガイが一緒に泊まる筈だったのだが勝手にイオンを招いたところで何の問題もないだろう。
ベッドに腰を掛けてココアを飲もうとすれば、そのすぐ隣にイオンがちょこんと腰を掛けた。
思わず目を丸くしてしまったが、すぐにルークは穏やかに笑んでみせる。


「ありがとう、イオン」
「いいえ。お礼はガイにも言ってあげて下さい。彼が淹れてくれたんです」
「そっか」
「はい」


言って、静かにココアを飲むルークの姿を横目に、イオンは言いたかった言葉の数々をどうにか飲み込んで堪えた。
沈黙は苦にならないけれど、イオンは聞きたいことが確かにあったし、予定になかったシオンの行動に対し、言わなくてはならないことがある気がする。
ジェイド達がどう解釈したかなど、ルークの後を走って追いかけて来たイオンは知らないので、ルークの側に居ることしか出来ないのだ。
空っぽになったカップを、ルークは机に置いて、再びベッドに戻る。
膝を抱えて座るのではなく、背を向けて横になった姿に、イオンは何も言えず寄り添うことしか出来なかった。


「……イオン、」
「はい。なんですか?ルーク」
「シオンに、謝っておいて」


思ってもいなかった言葉に、思わず押し黙って、目を背けてしまえばその先に顔を伏せたレイラの姿が見えた。
何となく、同じ心境なんだろうな、とわかるからこそイオンは再びルークに視線を戻して、その華奢な体に縋りつくように額を押し付ける。
聞きたくなかったよ、そんなこと。
諦めたように言わなくて、自分の口で、どうか。



「ごめんって、シオンに伝えて欲しい」



謝らなくちゃいけないのはこちらだと、どうしたら、伝わってくれるんだろう。




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