もう僕が導師を辞めるだけで済むのかな、この首一つだけで足りるのかなぁ、と。
片足分ぐらい現実逃避に浸かったまま、何だか碌でもない結論しか出せないイオンの目には、これまた素晴らしく泣きたくなるような現実しか映っていなかった。
途絶えた艦橋との連絡に、制圧されるのは不味いとジェイドが自分とルークの護衛を部下に託したのはいい。万が一のことを考えて脱出手段がある部屋に案内されたことも、この緊急時だからこそティアの拘束が解かれ、ジェイドと共に行動しているのも仕方ない。
魔物と共に襲撃したにも関わらず、艦内に死者が見当たらないことも、何故か魔物がマルクト兵を浚っているのも…まあ、まだ良い方だろう。最悪な事態ではない。ギリギリ違う。
だが、艦内であの黒獅子ラルゴが襲い掛かって来たのは、これはダメだろうとイオンは本当に本気で人目も憚らず泣き出したくなった。
神託の盾騎士団によるマルクトの陸艦襲撃が、少し前から。
現在、キムラスカの王位継承者であるファブレ公爵子息に、六神将の一人が喉元に鎌を突きつけて人質扱い。
…そんなにダアト滅ぼしたいのかな、と思っても間違いじゃないですよね?これは。


「さあ、導師イオン。こちらに来てもらおうか」
「……ラルゴ、」


淡々と述べる大男…黒獅子ラルゴを前に、マルクト兵に庇われながらも、イオンは震える声で名を紡ぐことしか出来なかった。大人しくしてもらおうか、小僧。などと言いつつルークの喉元に鎌を突きつけるその図は本当だったらかなり不味いと言うのに、預言を盲信しているキムラスカ相手ならば、ダアトとの戦争は詠まれていないから多少のことは大丈夫と考えているのだろうか…あんまりな扱いにイオンは自身の顔から血の気が失せていると何となく、自覚はある。
やること成すことめちゃくちゃな癖に、六神将と言う立場であるラルゴは実力だけは確かであり、ジェイドを欠いたマルクト兵だけでは時間稼ぎにもならないだろうとは明らかだった。
人質扱いとなっているルークの顔色が悪くないことだけがまだ救いかもしれないが、大丈夫だと唇の動きだけで伝えてくるのは少し、悲しかった(命の危険にあるんだと、どうしたら、わかってもらえますか?)。
艦橋へ向かったジェイドとティアが戻って来る気配は、ない。
だからこそ、手の出しようがなかったのだが。


「イオン様!」
「ご主人様ーっ!!」


突如、響いたその二つの声に、膠着状態だったその場のバランスが僅かに崩れた。
ラルゴの背後から駆け寄ったツインテールの少女の乗る…何だかよくわからない巨大な人形を前に、ルークは一瞬だけきょとんと目を丸くしながらも、すぐに我に返り喉元から浮いた鎌の僅かな隙間に逃れ、不意打ちに怯んだその巨体にエナジーブラストをぶつける。
ファイアー!と何だか聞きようによっては可愛らし…くともないその声と共に勢いよく噴き出された炎に若干引きつつ、襲い掛かるラルゴの鎌から慌ててミュウを拾い上げたその瞬間、黒が目の前に躍り出た。
どこへ行ったかと思えば、どうやらツインテールの少女とミュウと共に、ずっと居たらしい。


「レイラ!」


ルークが名を呼んだその瞬間、僅かだったが確かに…イオンから怒気を感じたが、レイラは気付かなかったことにしてルークを庇うようにラルゴと向かい合った。
側にミュウが、あのライガとの通訳係だったチーグルの子どもが「ご主人様をお守りするですの!」と言ってはいるが、なんで一緒になって着いて来ているのか、そこからルークは分かりやしないのだが、まさか今聞けるようなタイミングではない。
レイラだけでなくマルクト兵にまでにも庇われ、イオンに腕を引かれた時には、あのツインテールの少女がラルゴと向かい合っていた。
お互いに狭い通路ではあまり派手に動き回れないのだろう。
最初に繰り出した一撃以外なかなか仕掛けられずにいる少女の背を、イオンは不安げに見つめていた。


「そこを退け!導師守護役が我らの邪魔をするな」
「誰が聞くわけないでしょ!そんなこと!」


言いながら、果敢にも挑み掛かって行った少女の背に、悲痛な声でイオンが「アニス!」と叫んだが、遅かった。
力量差は明らかであるからこそ無謀としか取れないその行動に、しかし少女もまさかここで引き下がるわけにも行かず、人形を操り、その拳を振り上げる。
だが、狭い通路と言う場所が悪かったせいか、次の瞬間少女は容易く退けられ、人形は小さく手元に残り、しかもふわ、と浮いた体が窓の外に…投げ出された。


「アニス!!」


いくら彼女が導師守護役として軍人としてここへ着いて来ていたとしても、まさかタルタロスから振り落とされて無事に済むとは思えなくて、慌ててイオンは思わず駆け寄ろうとしたのだが、何だか聞いてはいけなかったような少女の捨て台詞を聞いてしまい、つい足を止めてしまった。
ルークが首を傾げている。
いまあの子なにか言わなかったか?とそんな疑問を抱えているのがわかるが、まさか答えれる筈もなく、イオンとしては曖昧に誤魔化すことしか出来やしない。
そしてまた再び戻った…とは言えルークが人質となっていないだけ先程よりは少しだけマシな状況に、これと言った打開策が浮かばないからこそ、イオンはどうしたら良いのかわからなかった。
ルークとマルクト兵の身を守る為に、素直に着いて行った方がいいのだろうか?
とそんな考えしか浮かばなくなった、その時だった。


「こんなところで、どうかしたですか?ラル、ゴ…」


通路の奥からひょっこり、姿を現した桃色に、イオンは密かに安堵したのだが、その当人は目の前居る朱色に気付いた瞬間、大きく目を見開き妙に掠れた声しか出せなくなっていた。
端から見ても明らかにわかる程顔色が真っ青になる桃色の髪をした少女の姿を前に、驚いたようにルークも目を見開き、小さく「うそ、」と呟いたが、その言葉を言いたいのは彼女の方ですよ、とイオンは密かに思うだけにしておく。
いろんな意味でその反応になるのは、もう仕方ないことなんだろう。



「………ぇ?」



なんでここに居るの?



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