朧気な視界の中に、色鮮やかな紅を見た気がした。
実際にそんなことがある筈はないのだけれど。

それは、一つの予感。
抗い難い流れの中
手を伸ばせば触れ合える筈だった半身に逢える、


そんな、夢のような、








「―――…ク、ルーク、」


どこか焦りも混じったような声に、ゆるり、目蓋を押し上げてみた。
見えたのは、霞む視界の先に、緑。
数回瞬きをして、そうしてはっきりとし始めた輪郭に目と目を合わせれば、泣き出しそうな顔が、見下ろしているのを、知った。


「良かった、なかなか目を覚ましてくれないから、心配だったんですよ」
「……イオン?」
「はい、ルーク。どうかしましたか?」
「大丈夫、か?」


泣き出しそうな顔をしていた癖に、無理に笑顔を貼り付けてイオンが声を掛けていれば、自分のことなど省みずに、目を覚ましたばかりのルークはこう言った。
一瞬、理解しきれなかったその言葉の意味にイオンは驚き目を見張るが、咄嗟に言いたいことは口に出来ず、唇を噛み締めてこつり、額を小突いてやる。
きょとんと目を丸くしたルークの手を有無を言わさず握り締めて、イオンは縋るようにその手を自分の額に押し付けた。
両の手で包み込んだ彼の右手は、あんまりにも、細くて。


「それは僕の台詞ですよ、ルーク。わかってたことですけど、もう嫌です。絶対嫌です。もう、止めて下さいね」
「うん。ごめんな、イオン。もうやらないから」
「……信用出来ないです」
「ははは、ごめんって。……あの、さ…ところで、ここどこなんだ?」


全く見覚えのない天井と、何故かベッドで横たわっていることに当然不思議に思ったのか、困ったように笑いながらルークがそう聞いた。
その言葉にイオンは一瞬だけ握っていた手をぴくりと動かすが、それでも結局は額に押し当てたまま、離さないまま、答える。


「マルクトの陸上装甲艦、タルタロスの一室です。チーグルの森で会った、ジェイド、と言う軍人を覚えていますか?」
「あ、ああ…あの眼鏡かけた…大佐、だったっけ?」
「はい。ライガクイーンの森を戻したあなたは気を失ってしまったので、彼に保護してもらうよう頼んだのです。その際にルーク、あなたの身分を僕の口からですが、説明させて頂きました。…事後承諾と言う形になって、申し訳ないのですが…」
「別に気にすんなよ、イオン。気を失った俺が悪いんだし。……レイラは?」


今ここに居ない、見えない黒に対しルークはこう聞いた。
すればそっと、イオンは額に押し当てていた手を離す。
手は握ったままだった。
握ったまま、素晴らしくいい笑顔で、答えた。


「逃げました」
「………は?」
「尻尾巻いて逃げた、と言うよりは本当に犬みたいただ逃げただけみたいです。やることはやってるみたいなんですけどね…僕と顔を合わせたくないのか、そりゃあもう、この部屋のベッドにあなたを寝かせたのを確認したら即ですよ」
「…………」
「ルーク?どうしたんです?顔色が悪いです…今すぐに第七音譜術士を呼んで、」
「いや、いいから。大丈夫、大丈夫だから呼ばなくていいからイオン…!」


今にも血相変えて部屋から飛び出して行きそうな勢いだったイオンに、ルークは慌てて大丈夫だと言い張ってどうにか止めせさた。
そうですか?なら、いいんですけど。と言ってほっと息を吐くイオンは心配半分、怒り半分と何ともまあ、微妙なところらしい。
これはレイラ相手に相当怒ってるんだな、とそう判断したルークはイオンが暴走してしまうようなことにはならないよう、咄嗟に話を逸らすことにして、「そういえばティアは?」と何気なく見えないマロンペースト色の髪をした少女のことを聞いたのだ、が。



「ああ、彼女なら牢屋に入れてもらいましたよ」


さらっとにこやかに笑んで告げたイオンの言葉に、ルークの顔が更に青ざめたのは、言うまでもなかった。




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