レイラが言うには、焼けてしまった森一帯にある譜陣を描き、そこにシオンの病を治した力を用いることによって森そのものを癒せば、元に戻ることが可能らしいとのことだった。
まあこの提案を受けておいて何だが、かなり無茶苦茶な話だと思うし、本当にそれをやろうとするのは無謀だとも思うのだけど、元に戻ると言うのならどれだけ突拍子のないことでも、それに賭けたい。
どうしても掛かってしまう負担を最小限に抑える為にと、レイラがノームとウンディーネ、シルフの力を借りると言ったから、心配性だなぁと返したら『ではシオンに伝えておこう』と洒落にならないことを言ったから、慌てて止めて謝っておいた(知られたら絶対、怒られる)(シンクの耳にまで入ったら本当にどうしよう)。

森一帯に描く譜陣をライガ達に頼み、レイラの指示通りにチーグルの森から持って来た小さな苗木をそっと植える。
次はどうするんだ?と口には出さず聞けば、まさかマルクトの軍人さんを呼べ、と来るとは、思ってもいませんでした。


「あー…えっと、ジェイド?だっけ?」
「ええ、そうですが。どうかなさいましたか」
「あの…ちょっと力貸して欲しいんだけどな、って言ったら、協力してくれるか?」


何でか着いて来た…と言うか、イオンの護衛の為に着いて来て興味深そうに譜陣を眺めていたジェイドに、少しだけ目線を逸らしつつルークがこう聞いた。ライガの群れのおかげでほぼ出来上がりかけている譜陣を前に、今更このタイミングで頼めと言うのだから質が悪い、と密かにレイラに対し恨めしく思うのだが、とにかく今は死霊使いと呼ばれてもいるジェイド・カーティス大佐に頼まなければならなく、苦々しく思いながらルークは話をするしかない(イオンから話を聞いてうっかり逃げ出したくなった程、嫌だ)(…やっぱり不法入国なんだろうな、きっと)。
胡散臭いどころかここに来て嫌味ったらしい面も続出なジェイドに、未だライガクイーンに対して蟠りがあるのか不機嫌そうなティアと、正直、ルークはどうしたら良いのかわからなかった。
……彼らにとって我が侭坊っちゃんである方がきっと後々楽になるんだろうけど、今はもう、森を元に戻すことを第一に考えなくては、取り返しのつかないことになってしまうのだから。


「内容にもよりますが、一体何をですか?」
「……ライガが案内してくれる場所で、順番に第二音素、第三音素、第四音素を使役した譜術を唱えて欲しいんだ」
「それは簡単に出来ますがねぇ…私が居なかったらどうするつもりだったんですか?必要なことなのでしょう?」


必要なことと言えば必要なことなのだが、ぶっちゃけ負担を軽減する為のノーム達の道標なだけだから、省くことも自分で出来ることなんだけどな。
とは思いはしたもののまさか言える筈もなく、じゃあ自分でやる、と言うには突き刺さるようなレイラの視線に、まあ無理だった(ここで押し通したら、何がどうなるかなんて想像に難くないんだ)。


「僕からもお願いします、ジェイド」


どうやって答えるか黙って考えていれば、側に居たイオンが助け船を出してくれたから、ルークは安堵から小さく息を吐いた。きちんと名乗り出てもいなければその場の流れで同行している相手からでは承諾してはもらえないだろうが、導師であるイオンが頼めば、ジェイドはどうしたって断れない。
そして思った通り、仕方なく、と言った形ではあったがジェイドは了承してくれて、そう時間も経たぬ内に戻って来てくれた。
広大な地に描かれた、譜陣が見た目のみ、完成する。


ライガクイーンに頼んでジェイドは無理だとしてもティアからは見えないよう側に寄り添ってもらい、そうして一度イオンへと振り返った。
他の音素意識集合体に干渉しているから、ここにレイラの姿はない。
不安そうに見つめてくるイオンと、目を合わせた。
心配そうな顔をしながら、震える唇で呼ぶ名前を遮って、ただ。


「悪い、イオン。後のこと頼むな」
「ですがルーク…!」
「大丈夫だって。平気だから、よろしくな」
「…………はい」


交わされた二人の言葉に、ティアは結局イオンに頼るのかと非難めいた声を上げたが、ジェイドは黙ったままとりあえず口出しはしなかった。
ゆっくりと苗木に手を翳すルークの姿を、ジッと見据える。
目を瞑り、意識を集中させたルークの手から、仄かな光が溢れ出した。

橙色の、光。


導かれるように溢れた光が、譜陣を辿り、いま。




「これは…!」


一際強い光が放たれ、その目映さに目を瞑り、次に目蓋を押し上げたそこには、先程までどこにもなかった、樹々の織り成す森が広がっていた。
ライガ達が順々にその中へと姿を消していくのを、ティアだけでなくジェイドですらも、呆然と見送るしか、出来ない。

どうせ出来やしない、と。

目の前の朱髪碧眼の貴族の子どもに対し、そう高を括っていただけに、ジェイドは目を見張って俄には信じられなかった。
それでも、頬を撫でる風が、樹々が揺れる葉のざわめきが、木漏れ日が、夢だともまして偽りだとも、そう認識することを許してはくれない。



「ルーク!!」


今にも泣き出しそうなイオンの叫び声と、力無く倒れるルークの姿を突き付けられるまで、ジェイドとティアは現実に引き戻されずに、呆然としたまま立ち尽くすばかりだった。




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