「着いたわ…ここがライガの住処のようね」


チーグルが住処としていた大木より少し離れたその場所に、ライガが寝床としている洞穴はあった。
中央に佇む一匹の大きなライガ、ライガクイーンを前にティアが警戒心を露にそう言ったが、そんな言葉など一体何処吹く風やら。
平気な顔をしてその地へ足を踏み入れたイオンとルークの姿に、ティアは非難めいた言葉を上げようとしたのだが、ライガクイーンに対し一度頭を下げた二人の行動に、そして続くイオンの言葉に、愕然と目を見開いていた。


「お久しぶりですね、ライガクイーン。お元気そうで何よりです」
『ああ、本当に久しぶりだな。そちらこそ元気そうで、何よりだ』


放たれたそのイオンの言葉に、また通訳係として連れて来たチーグルの子、ミュウの訳に、ティアは自分の耳を信じられなかったが、にこやかに談笑する導師と魔物の姿に呆然と突っ立っていることしか出来なかった。
いやいやいやいやなにこの光景?と、事情の知らない人間ならば混乱に陥るだけだが、何だか和やかな雰囲気になっていくその中で、あの、ルークすらも特に動じずライガクイーンの側に寄っているのだから、ティアはもう訳がわかりやしない。
ニコニコと笑いながら話すイオンに、ティアはとうとう我慢ならないとばかりに慌てて駆け寄って声を掛けた。
その手がいつまでも武器を掴んでいることにルークは不愉快そうに眉を顰めているのだが、ティアが気付きそうにはない。


「イ、イオン様!こっこれは一体…!」
「ああ、大丈夫ですよ、ティア。僕と彼女は友人みたいな関係ですから」
「友人?!」
「はい、ですから何の心配もありません。わかったら武器を掴むのをやめてくれませんか?ライガクイーンに失礼です」


にっこり笑って言うイオンの言葉と雰囲気に、有無を言わさぬ圧力がある筈なのだが、それでもティアはぼそぼそ何か呟いて、結局武器を離そうとしなかった。
その様子にルークは思わず溜め息を吐いてしまったのだが、すぐにティアが鋭く睨み付けて来たから、もう少し堪えれば良かったとうんざりとする。
まあ分からず屋は放っておけ、とばかりに再びライガクイーンと向き合ったイオンに習って、ルークももう一度あの桃色の少女、アリエッタの母親を見つめた。
本当は自分も少し話したかったのだが、初めて出会った体を装っている以上、迂闊な真似は出来やしない。


「ライガクイーン、今回のことは全てチーグルに非があり貴女方は被害者なだけなのですが、どうかここから移動してはもらえませんか?」
『………チーグルに説得しろと頼まれたのか』
「頼まれはしましたが、僕がここに来た理由はそれではありません。エンゲーブの村でチーグルによる食料泥棒が発生していまして、もし僕が犯人がチーグルだと突き止めなくてもやがて別の人間がチーグルへ事情を聞きにここへやって来てしまう。すれば人間のチーグルの話による勝手な都合の良い解釈でこのままでは討伐隊が組まれてしまうでしょう。僕はそれが嫌なんです。せっかくアリエッタの弟達が産まれるところなのに…悪影響は与えたくありません」
「そんな…っ、繁殖期だと言うの?!」


辛そうに告げたイオンの言葉に、本当に都合の良い解釈をした人間代表と思えるような、ティアがナイフすらも構えてそう叫んだから、ルークはもう本格的に頭が痛くなって気を失ってしまいたかった。
どうか話を聞いて下さい。と言うかイオンの雰囲気に気付けよバカ!と言ってやりたいぐらい、空気読めない代表にイオンが段々と怒りを露にしていくのがわかる。
シオン相手じゃないだけマシだが、ライガクイーンは言ってしまうと友人関係ではなくアリエッタにとってもイオンやフローリアン、シンクにとっても母親のような存在なのだ。
理由を付けてあくまでライガクイーンを殺そうとする姿勢を崩さぬティアに、イオンがどう思うかなど、想像に難くない。


「…繁殖期だからと言って、何のです?ティア」
「お言葉ですがイオン様。ライガは繁殖期には人肉を好んで食らう害獣です。とてもじゃないですが、このまま野放しにしておくわけにはいきません!」
「ティア、僕は言った筈です。ライガクイーンとは友人だと」
「ですが!」
「危険はありません。そもそも事の発端は全てチーグルに非があります。繁殖期だからと言って、元々は人間が口出し出来る問題ではないのですよ。ライガクイーンの温情で、交渉させて頂いているにすぎないのです」


はっきりとそう言ったイオンに、それでもまだ納得いっていないのか不満そうにティアが押し黙ったから、ルークはもう卒倒してしまった方が楽になれる気がした。
ライガクイーンの毛並みに戯れて寝てしまいたいなぁ、なんて現実逃避すらもし掛かっているのだが、実際にそんなこと出来る筈もないので、この立ち位置はちょっともどかしい。


「ライガクイーン、お願いします。どうかここから移動してはもらえませんか?」


ちょくちょく入る横やりにいい加減疲れたのかもう次からは無視をすることに決めて、イオンはライガクイーンにこう聞いた。訳して伝える間、チーグルの子がみゅうみゅうみゅうみゅう言ってるのが若干鬱陶しいな、とルークは密かに思っていたりするのだが、口は挟まず答えを待つ。


『…別に移動するのは構わない。だが、住処を移すにしても新たな土地が無いのだ』
「それは…すみません、僕もこの辺りの地は詳しくありませんので…」
『そちらが気にすることではない。森さえ焼かれなければ…失われたものを言っても、もう仕方のないことだがな』


溜め息混じりにでも言ったように聞こえる言葉に、訳し終えた瞬間、ミュウが額を地面に擦り付けてごめんなさいごめんなさいと何度も繰り返した。
正直、チーグルの長に関してはどうだろうかと思っていただけに、必死にただただ謝るこのチーグルには少しだけ好感を持てて、ルークはそっとミュウを抱き上げてやる。
事ここまで及んでは、言い方は悪いがミュウがいくら謝ろうとそういう問題ではないのだ。
必要なのは、新しいライガの住処。
なら、ば。


(―――レイラ、)


心の中で呟くように名を呼べば、傍観に徹していたレイラがそっと寄り添って来た。
注意を払ってわざと視線は交わさない。
お互いにライガクイーンとイオンを見据えたままでいれば、やがて『なんだ』とレイラが静かに聞いた。
それに迷うことなく、ルークは答えた。


(ライガクイーンの森を、元に戻すことって出来ないか?)


無茶な提案だとはわかっていたが、他には何も、思い浮かびやしなかった。



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