この世界は、たった一人が遺した祈りに縋って生きている。
『ND2000 ローレライの力を継ぐもの、キムラスカで誕生する。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を“聖なる焔の光”と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。』
何千年前に、たった一人に詠まれた世に愚かしい程まで巣食った預言の一部。
連なるはそうして死へ誘う預言。
けれどそれは彼によって輝かしい未来が約束されていたから、その手前に死が用意されていようと、その為だけに生かされようと、日溜まりは与えられ祝福を許された。
全ては、たった一人の祈りにそう詠まれていたから。
詠まれていなかった存在がいるなんて、知らないだろう。
そもそも自分にそんな存在が居るとすら知らされていないだろうし、音も届かない、光さえ差さないこの場所に居る身では、判断出来るほどの情報も、知能も何もなかった。
空っぽだった。
全部が全部。
この世の誰もが得ている預言。
たった一人に遺された祈り。
それが、この身にはなかった。だから、生きることを許されなかった。
消された存在。
言ってしまうなら、ああ、それだけの話だ。
「…『ルーク』来なさい」
重苦しく告げたその低い声が、一体誰のものかなど、少年には全くわからなかった。
元々、まともな思考力を得ていないから。
十歳である筈なのに一人で歩くことどころか話すことも儘ならず、声の方を、照らす目映い光を、少年はただ見つめるだけだった。
光さえ差さない、まるで牢獄と言っても間違いではない部屋に幽閉されていたその瞳に、あまりにも光は痛いだけなのだけれど、伸びて来る手は留まることを許さない。
長い自身の髪が、日の光に照らされて初めてあの部屋と同じ色でないことを知った。
眠って起きて、与えられる食事を時々食べて、また眠って。
ずっと暗闇の中でそうして過ごしていたから、自分に色が在ることが、どこか遠かった。
「良いかリアン。今日からお前は『ルーク』としてここで生きるのだ。全ては、来るべき日の為に」
言われたその時は、全く理解出来ない言葉だったが、今になって全てを知る。
告げたのは叔父上、つまりこの国を統べるインゴベルト陛下で、リアンとは過去にたった一度だけ、縋るように抱き締めて、泣きながら母上が呼んでくれた、己の名前。
『ルーク』は。
『聖なる焔の光』は、己の半身、双子の兄の名前。
それがなぜ?と当時は思えなかったし、今となっては理由はわかったからもうどうでも良い話だったが、十歳になったある日、『ルーク』が突如拐われたのか国から『聖なる焔の光』が居なくなったそうだ。
だから、その代わり。
この身に預言がなかった。
その事実に処分される筈だった己を、命だけはと縋った母上に返せる恩だと、父が告げた。
「『ルーク』、来るべきその日が訪れたら、国の為に、その身を捧げなさい」
淡々と告げられたその言葉に、「はい」も「いいえ」も答えなかった。
必要なかった、と言った方が正しいのかもしれない。
断ると言う選択肢がある筈がなかったのだ。
たった一人の遺した祈りに、動かされている世界。
それすらもない。
本来誰もが与えられるものがない。
祈りすらもない俺は、
世界から、捨てられた存在だった。