目に映る全てが初めてのものだった、と言うわけではなかったけど、久しぶりに目にする世界は、相変わらず綺麗だと思った。

咲き誇るセレニアの花を見た。
満天の星空を見た。
海の漣を聞き、頬を撫でる風を感じた。


大切な人達が生きる、世界。
やっぱり、失いたくないよ。
そう言ったら、そうか、としか寄り添う存在は返してくれなかった。
その声がどこか哀しみを帯びていたから、だから、言えなかった。


(どうか、預言通りにちゃんと、死ねるといいんだけどな)













タタル渓谷で目を覚ましてから、何が困ったと言えばまず手元に武器が一切ないことだった。
思わず途方に暮れてしまう。
まあ仮にあったとて自分のこの腕ではあまり意味を成さないだろうけど、丸腰よりはマシだろうとルークは思えば思うだけ頭が痛くなるような気がした。
加えて、体の重さが拭えない。
どうしても遅くなってしまう歩みに、前を行くティアがちらちらと振り返ってきたけれど、これ以上早く歩くことは出来そうになかった。
ローレライが第七音素を送ってくれているとは言え、後衛で譜術を唱えている分、上手くいかないのだろう。術を行使している間は、どうしても第七音素の流れを断ち切ってしまって、どうしようもなかった。


「…ルーク」
「あ?なんだよ」
「あなた…もしかして体調が悪いの?」


なかなか進むことが出来ない現状に、ティアは後ろに歩いているルークにこう声を掛けた。
返って来る反応はどこかぶっきらぼうと言うのか…貴族らしい、傲慢な物言いに普段だったら腹が立つのだが、ティアは苛立ちを露にすることも不満を表に出すことも出来ずにいる。
手を貸してくれと言ったルークのその手を掴んだ時、自分とあまり変わらない歳の青年の手首にしては、彼はあまりにも細かった。
病的な、とはまでは言わないが、それに近い程には細く、嫌な予感がする。
公爵家の一人息子が軟禁されていると言う話は、単に彼がこの世界で稀少な第七音譜術士だからと思ったのだが、もしかしたら違うかもしれない。


「…別に。ただ、こういう道を歩き慣れてないだけだ」
「それにしては動きがおかしいわ。ルーク、あなたどこか悪かったりするの?」
「うっせーっつうの!何ともねぇもんは何ともねぇんだ!俺は別に病気持ちじゃねぇ!」
「だったら、もう少し早く歩いて頂戴。このままのペースだったらいつまで経ってもここを抜けられないわ」
「…ちっ、言われなくてもわかっ、て」


癇癪でも起こしたような言い方に、こればっかりはティアも腹が立ってならさっさと行こうとペースを早めようとしたのだが、不意にルークが話しかけていた言葉を途中で切ったから、思わずあからさまに溜め息を吐いてしまった。
一体今度は何だと振り返ってみて、しかし一瞬で血の気が引く。
後ろをついて歩いていた筈のルークが、地面に膝をついて踞っていた。


「ルーク!」
『リアン!』


二つ聞こえた呼び名に、“ルーク”は顔をしかめた。
立ち上がれない。
目眩か、他にどうかしたのか。
わからなかったけれど、ティアが呼ぶ。
その名に、ルークは呼び戻されたかった。


(…おい、聞いてないぞローレライ!)


立ち上がることが出来ないまま、眉間に皺を寄せて頭痛に耐えつつ、ルークは心の中でそうぼやいてみた。
こんな状態じゃ説得力がない。
譜術を使ったからこうなったのはわかるが、もうちょっとなんとか第七音素を送り込んでくれとローレライに言ってやりたい気分になった(理不尽なのは承知の上でだ)。

視界が、霞む。
ああ、ティア。
こんな奴に術を使かったって、お前が疲れるだけだろうに。


(………あ、ダメだ)


ぐらりと傾く、自分の体がわかる。
こんなところで倒れるのは危険なだけなのに、抗えない。



まだ、死ぬわけにはいかないのに。





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