そこは、名も知らない白い花が咲き誇る場所だった。
空には星が、遠くからは漣が聞こえるそこが一体どこか、なんて判断はつかないけれど、不思議と不安はなかった。



(……ローレライ、居るんだろ?ここ、どこかわかるか?)


白い花畑の中、寝転がったままルークはとりあえず心の中でローレライにそう訊ねた。
一体どういう理屈か知らないが(以前聞いたことはあるが、途中で寝てしまった)これで通じるのだから、状況を把握する為にも聞かずにはいられない。
一体なにがどうなったのか、ルークはこうして花畑の中に寝転がっている前後の記憶がどうにもあやふやになっている気がした。
体が、重い。
指先すら動かす気にもなれないのは、果たしてこの現状を認めたくないからか、そうでないのか。


『目を覚ましたか、リアン』
(うん。で、ここは?)
『タタル渓谷と呼ばれる地だ。…少々厄介なことになったな』
(どういうこと?つーか俺なんでこんなところに居るんだ?)
『屋敷に栄光を掴む者を討たんと現れた襲撃犯との間で超振動が起きた。それによってこの地へ飛ばされた。厄介なのは、ここがマルクト領と言うこともあるのだが…』
(ローレライ?)
『そなたの体に負担が掛かり過ぎている。一応こちらから第七音素を送り続けているが、無理だけはしないでくれ』


心配そうに言うローレライに、ルークは思わず困ったように笑ってしまった。
そんなに気に掛ける程でもないのに、とは流石に起き上がる気にもなれない今の状態では言えないが、それにしたって地殻に閉じ込められた身でよくこれだけ第七音素を送り込もうとするな、と少しだけ呆れてしまわずにはいられない。
頬を撫でる風に暫く目を瞑ったまま甘んじていれば、不意に近くで何かが動く気配がした。
魔物でも居るのだろうか?
疑問に思いつつも目を瞑ったままでいれば、答えが返ってくる。


『リアン、気を付けろ。襲撃犯が目を覚ました』
(………居たんだ)


うっかりそんな暢気なことを思ってしまいながらも、ルークは自分の側に近付いて来て肩を揺するその存在に、ゆっくりと目蓋を押し上げた。
長いマロンペースト色の髪をした少女(?)の姿が見える。
ぱちぱち、と数回瞬きしてみて、それがやはり屋敷に襲撃しに来た人物とわかった瞬間、本気で頭が痛くなるような気がした(おーい、第七音素より鎮痛剤でもくれローレライ)。
少女はほっとしたように息を吐いている。
その姿を横目に、けれどルークは起き上がろうとはしなかった。


「良かった……目を覚ましたのね。私はティア。貴方は?」
「………ルーク。ルーク・フォン・ファブレ」
「ルーク…なら、貴方があの屋敷の…そう、巻き込んでしまってごめんなさい。どうやら私と貴方の間で超振動が起こってしまったようね。随分遠くへ飛ばされてしまったみたいだけれど、必ず貴方をバチカルの屋敷まで送り届けるわ」


そう言ったティアに、ローレライが何か言いたそうにしていたが、無視を決め込んでルークは静かに口を開いた。


「……お前、屋敷でヴァン師匠を襲った奴だろ?」
「それは…確かに、貴方からしたら私は信用出来ないでしょうけど、私は必ず屋敷まで、」
「そうじゃねぇよ。理由は聞かない方が良いかって話だ」


横たわったままそう聞けば、ティアは一度驚いたように目を見開き、そして静かに「そうしてもらうと助かるわ」とそう言った。
ローレライが何やら警戒しているようだが、これ以上は無意味だろう。
危害を加えるつもりがなく、そうしてバチカルまで送ると言うのならばそれに越したことはないので、理由さえ聞かなければ悪いことにはならないだろうとルークは「わかった」と了承した。
ヴァンには悪いが、さんざんシオンの溢すヴァンの仕事での無能っぷりを聞かされてきた今、体のいい話し相手ぐらいにしか認知してないため、命を狙われようと然程興味がない(公爵家にいつまで入り浸っているつもりなんでしょうかね、あの髭はと笑って言ったシオンの持っている音叉が歪んでいた)(俺になんか構わず絶対ダアトで仕事してた方が良いのに、師匠)。


「……どうかしたの?」


横たわったまま起き上がろうともしないでいれば、さっさと渓谷から立ち去ろうとしていたティアがこう声を掛けた。
夜でなければすぐにルークのその顔色の悪さに気付いただろうが、知らないからこそ、その声色はどこか冷たい。


「いや…悪いんだけどさ、ティア」
「なに?」
「手、貸してくれねーか?」


言えば、呆れたように溜め息を吐きながらも、ティアは手を貸してくれるようだった。
かなり情けない姿だと自覚はあるが、こればっかりはルークもどうしようも出来ないと諦めるしかない。
事実ティアも、手を貸さなければ起きれないルークに情けないと思っているようだった。
馬鹿にした、と言っても違いあるまい。


その手の細さに、目を見張ることになるのは、もう少し後の話だけれど。





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