ねぇねぇ、聞こえていますか。
知っていますか。


俺は今ここで息をしています。
貴方の代わりに、息をしています。
少し弱々しいのが不安ですが、それでも生きてここで息をしています。

知っていますか。
届いていますか。


貴方はどこで、息をしていますか?













ND2018、レムデーカン レム 23の日。
空に浮かぶ彼女の祈りの欠片が、譜石がよく見える、穏やかに晴れたそんな日だった。


『リアン、そろそろ起きた方が良いのではないか?リアン』


放っておくと昼になろうと果ては日が沈もうとも構わずいつまでも寝てしまうのだから、見るに耐え兼ねてローレライが声を掛けた。この時点で既に昼近くのことだった。
寄り添うように佇む黒い獣は、ベッドに横たわる朱色の髪をした青年の頬を、犬みたいに舐めてみる。
不快感からでも何でも良いからここらで本当に起きてもらいたかったのだが、厭に蒼白いその顔色に、寝かせてやった方が良いのでは、と思うのも確かではあった。
朱色の長い髪が、シーツの上に散っている。
あまり物のない部屋だった。
いつしか鳥籠のようだと話していたのは、あの緑色の髪をした子どもの、誰であったのか。


「……ん、」
『起きたか、リアン』
「ぁー……ローレライ?おはよう…どうしたんだ?もう、ガイでも来る?」
『ああ、いまこちらに向かって歩いて来ている。先程来た時は起こされなかったが、今度は起こすつもりだぞ。薬も持って来ている。飲めそうか?』
「んー…わりと?平気。そっか、なら起きないとなぁー…」


ぼんやりと見慣れた天井を眺めつつ、ルークはようやく少しずつ覚醒した頭でゆっくりと起き上がった。
途端にふらつきそうになるのはもう慣れたことで、もう仕方のないことだと諦めている。
気遣うように寄り添うローレライに、曖昧に笑みつつ、ルークは自分の頼りない手首を掴んでみた。
ここ1年程は体力作りを兼ねて戯れ程度に剣を教わってはいるものの、細いことには代わりない自分の体に、思わず溜め息を吐きたくなる。


「ムキムキになりたいとは思わねーけどさ、せめて…もうちょっとなんつーの?筋肉つけたいんだけどなぁ…」
『仕方あるまい、リアン。そなたは三食きちんと食べることが出来ないだけでなく、好き嫌いが多いのだから』
「……残飯処理係は根に持ってるのかよ、ローレライ」
『いや、人の食すものに触れられるのは良き機会だとは思っているが』
「それ思ってるだけ、だろ」


にやり、笑って言ったルークに、ローレライはそれ以上何も言わなかった。
ガイがもう部屋の間近まで来ていることと、食事に関してはこれ以上触れられないと察したからだ。
何年経とうと、ルークは食事を三食取ってはくれない。
監禁されていた十年は、未だに濃くその華奢な体に染み付いてしまっているのだ。
無理に食べさせれば、その分必ず吐いてしまう。
吐けば、ただでさえ少ない体力がますますなくなってしまう。
歯痒い、と言うのをローレライはこの子どもに寄り添うようになって、初めて知った。
それ意外の感情も。

音素の分際で、一体何を―――



「ローレライ?」


黙ってしまったことに心配になったのか、顔を覗き込んで聞いたルークに、ローレライはすぐに何でもないと顔を横に振った。そうして突き詰めて聞かれるより先に、『ガイが来る』と告げて姿を隠してしまう。


「おーい、ルーク起きてるかー?」
「ガイ」


コンコンッと一応ノックをして、そうして入って来た金髪の青年、ガイの姿に、ルークはベッドに起き上がった姿勢で名を呼んだ。
一瞬顔をしかめたのは多分あまり顔色がよくなかったせいだろう。
顔色の悪さは寝起きは特に出てしまうから、どうせ起こしてくれるならもうちょっと早く起こしてくれれば良いのに、とローレライに心の中でぼやいてみた(実際に言ったら流石に何かしら言われるだろうから、口に出さないけど)。


「またお前顔色悪いな…熱は無さそうだが、昨日は何時に寝たんだ?」
「別に何時だって良いだろ?んな心配する程じゃねーって。大丈夫大丈夫」
「医者が大丈夫だって言うなら大丈夫だけど、ルーク。お前の大丈夫は信用ならない」
「……頭が痛いわけでもねーし、寝起きなだけだろ。それよりガイ、薬。あれ不味いから早く済ませたい」
「はいはい。わかってると思うが、無理だけはするなよ?」


念を押すように言って、薬を渡すガイに少しだけ不貞腐れたように唇を尖らせたものの、ルークは一度頷いてから、受け取ったそれを飲み干した。

中身は、知らない。
一体何の薬かはよくわかっていないものの、公爵家としても国としても預言が果たされるまでは余程死んで欲しくないとみえ、馬鹿みたいに希少な、効果だけはあるそれをずっと飲ませ続けている。
別にこれが無くても平気なんだけどなー、とルークは一人そう思っているが、長年の監禁生活故の体格は、普通の17歳の体格から考えるとあんまりにも楽観視出来ない問題だった。
苦い薬に対し「げぇ、」と舌を出して不快さを露にすれば、すぐに苦笑いをしながらガイが水を渡してくれる。
別にルークとて寝たきりではないから1から10まで世話をしてもらわずとも良いのだが、なんでかガイが引かないのだから、もう慣れてしまった。


「よし、ちゃんと飲んだな。じゃあ着替えて中庭に出よう。ヴァン謡将が待ってる」
「ヴァン師匠が?今日稽古の日だったっけ?」
「いいや、なんか別に話があるそうだ。公爵様も呼んでるから、中庭に居るのはお前を迎えに来たってこと」


言いながら、クローゼットから慣れた手付きで服を取り出すガイの姿を横目に、ルークはぼんやりと中庭へ続く扉を眺めた。
別に何か見えると言うわけでもないけれど、何となく、そのまま動けない。
服を手渡してくれたガイに曖昧に頷いて、とりあえず自分に出来るだけ手早く着替えて、そうして中庭に降り立った時にまた、何か違和感を感じた。
よくわからない、感覚。
不快ではないものの確かに感じるのは、一体誰の、感情なのか。


(ローレライ?)


ヴァンとガイが何かを話しているのをほとんど無視して、ルークは自分に寄り添っている筈の存在に小さく声を掛けた。その時だった。
なんだか、ぞわぞわする。
不快感ではない。
むしろ歓喜に思えるこの感覚はきっとローレライのものだけど、わかる。
響き渡るは、確かな旋律。



約束の、歌だ。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -