月明かりしかない、夜だった。
灯りをつけないから当然なことなのだけれど、つけるにはなんでかそんな気分になれなくて、ただぼんやりと月を眺める。


少年は、一人ぼっちだった。


どうしてこんなことになったかわからない、と嘆くことが出来ればその方がずっと良かったのだけれど、自分自身が何者でどういう存在かわかっているからこそ、少年は嘆くことを許されない。
与えられた知識に与えられた役目を果たさせられ、少年は決して自分自身のものではない、かつてオリジナルが使っていた執務室に居た。
明日もまた、課せられた役目があるだろう。
拒否権などどこにもないのだから、少年はもう寝なければならないかと自分の物ではない私室へ足を進めたのだが、そこで気付いた。
暗がりの、中に。


「誰か、居るんですか…?」


灯りをつけてないから単なる気のせいである可能性も捨てれなくて、恐る恐る少年は暗がりへ問い掛けた。
すると、勘違いなどではないと証明するように、小さな笑い声が聞こえる。
その声に少年が首を傾げていれば、月明かりが差す窓辺に、暗がりから出て来る一つの存在が在った。

緑色の髪と瞳に、自分と同じ服装をした、彼、が。


「あなた、は…?」
「はじめまして、イオン。ああ、先に言っておくけど、ちょっとこの服もらったからね。いつまでも病人が着るようなの嫌だったし」
「ぇ?あ、はい?ええと、あの、その、別に構いませんが…」
「が?」
「あなた、は…僕と同じなんです、か?」


震える声で言った少年に、同じ顔をした少年が、それはそれは綺麗に笑んで答えた。


「違うよ。こんな言い方するのもちょっと嫌だけど、僕は君たち『レプリカイオン』のオリジナルさ」
「!」
「よろしくね、イオン」


手を差し伸べてまで言う被験者に、少年は震える手で口元を押さえながら後ろへ数歩下がった。
現状が全く理解出来ないと言うのか、困惑してしまったのだろう。
すっかり怯えてしまった少年の姿を前に、新たに現れた影が、二つ。


「やめなよ、シオン。あんたのその笑顔は相手怖がらせるだけだって」
「言いたい放題失礼なことを言いますね、シンク。僕としては警戒を解いてもらおうと微笑んでいるだけなんですが…フローリアン、あなたはどう思いますか?」
「僕?んー…慣れたら良いんじゃないかな!」


いや、それ全く答えになってないよ。と心の中で突っ込みを入れたシンクとシオンを前に、フローリアンがにこにこと笑っていたから、一人取り残された少年はただただ困惑した。
わけがわからないながらも、シンクとフローリアンと呼ばれた二人が、自分と同じ存在なのはわかるが、それだけしかない。


「う、嘘です…あなたが、オリジナルイオンな筈がありません…か、彼は死んだ、死んだって…預言に…!」
「ああ、そのことでしたらもう簡単に覆されましたよ。預言なんて外れました。僕は被験者です。死んでない。足ちゃんとあるでしょう?」
「ぇ、あ、は?」
「死の淵にあった僕は預言と言う呪縛から救われた。助けられたんです。その人もここに来てるんですが…ローレライ、」

若干どころか相当置いてきぼりになっていながらも、とりあえずローレライとなんでか第七音素意識集合体の名を呼んだ被験者に、少年は首を傾げるばかりだったが、暗がりから闇に溶けるような黒い毛並みの魔物が現れたから、思わずギョッと目を見開いて固まってしまった。
しかもその背に朱色の髪をした少年の姿が見えるのだから、本格的にわけがわからない。


「ダメだ、シオン。起きそうにないよ」
「それは不味いですね…まあこの際、無理にでも起こしちゃいましょう。イオン、あなたが起こしてあげて下さい」
「え?!」
「ほら、早く」


言うなり、無理矢理手を引かれ、名前も知らない少年の前に出されたから緑色の髪をした少年はひたすら困った。
起こして、起こして、と同じ顔をした彼らは拒否権なんて認めないらしく、少年はおずおずと見知らぬ少年の肩を揺らす。
黒い魔物の背にしがみつくように眠っていた少年は、何度か繰り返す内にもぞもぞと顔を上げた。
翡翠の瞳と、目が合う。


少年は、ふとそんな時にこの目の前の彼は同じ顔をした自分達の区別がつくのだろうか、とそんなことを考えた。

だって同じ顔だ。

連れて来たと言うことは知り合いなのだろうが、レプリカの区別なんて付く筈がないだろう。
自分の顔を見て、少年が何を言うのか身構えていたのだが、彼が放った言葉は、思っていた物のどれでもない、たった一つ。


「お前、誰…?」


返された言葉に少年はきょとんと目を丸くしてしまった。
いや、そりゃあ初対面だけどそう来るとは思ってなかっただけに驚きを隠せずにいれば、隣から声が降って来る。


「あー…やっぱりルークにはわかるんだ」
「それはそうでしょう。僕ら三人を間違えることもないルークが、はじめましての彼に当たり前の反応しかしないと、シンクだってわかっていたでしょう?」
「ま、それはそうだけどね。…ってあんた寝るな!昼に寝溜めしてた筈でしょルーク!」


最終的に頭を叩くと言う実力行使に出れば、ルークと呼ばれた少年はようやく意識を覚醒させれたらしく、ゆっくり目の前に降り立った。
正直なんだこの展開?と少年はわけがわからないまま居るのだが、シオンと呼ばれた被験者が告げた言葉に、一瞬頭が真っ白になってしまった。


「紹介します、ルーク。彼はイオン。僕らの大切な、兄弟です」


被験者がレプリカにそんなことを言うなんて、刷り込まれた記憶に存在しないのに。



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