シオンは溜め息を吐いた。


そりゃあもう全身全霊を込めて、不愉快さを露にして。
実際に重みとして変換されるならば、床なんて簡単に沈むぐらい、心底嫌気が差したかのように盛大に、溜め息を吐いていた。
ある意味、呪詛のように次から次へと溢れ出て来る言葉を口にしないだけまだマシなのだが、ここまで苛立ちを露にしているのは無言だろうと近寄り難く、シンクは部屋の狭さを恨むしかない。
何を考えているのか知らないが、時おり本当に机を叩き割るんじゃないかと思う時があって、フローリアンは困ったように笑っているだけだった。
そんな三人を前にローレライは同じ顔をしてこうまで違うかと密かに思っているが、口に出したら本当にシオンがダアト式譜術を唱え兼ねないので(ノーダメージだが、彼らの存在が露見するのは困る)黙っていた。
ルークは眠っている。
昼近くになってはいるが、起きそうにない。


「……………ねぇ、シオン」
「なんですかシンク」
「あんた、さっきからなに怒ってんの?めちゃくちゃ怖いんだけど。胃に穴が空くからさ、頼むからやめてよ」


このままでは埒が明かないとシンクがこう切り出せば、シオンは爽やかな笑みを浮かべて指先が真っ白になるほどにまで力を込めて、拳を握りしめた。
ぶん殴っちゃうぞ★などとそんな程度で済むわけがない雰囲気にシンクは顔を引き攣らせるが、まさかここで引ける筈もない。
ベッドに横たわるルークの髪を一度撫でて(現実逃避)、改めてシンクはシオンと向き合ったのだが、すぐに後悔した。
なんか、負のオーラが半端ないんですけども。


「いやですね、あの男の肩書きとかその他諸々を思い出していたらなんかこう顎に蓄えた素敵な髭を下顎ごと取ってやりたくなりまして。謡将ですよ謡将。主席総長がダアトほったらかしでなにしてんだアホって話ですよ。確かに僕は昨日までローレライ教団のこと知ったことじゃないしお前の計画とか好きにしろよとか思ってましたけど、ルークの体調見て剣の稽古とか頭腐ってんじゃないですかね?あんな細い腕で木刀振ったら折れますよ。複雑骨折しますよ。いくらアクゼリュスの預言が来年?あれ再来年でしたっけ?とにかく迫ってるとしてももうちょっと考えることあるでしょうにもう馬鹿と称するのが馬と鹿に失礼レベルです。いっそ髭とパイナップル頭剃ってハゲにしましょうか。ダアト式譜術で一発」
「…鬱憤溜まってんのはわかったけど、それより説明求めて良いわけ?あの髭はなに企んでんのさ」


相当膨大な量の悪態を吐くだけ吐いたシオンに、直ぐ様聞けたシンクは勇気を通り越して無謀だったが、単なる自棄だった。
こうまで清々しく言うその姿に病人が着る簡素な服は相当浮くなぁ、と暢気に考えていたが、自分も囚人服のような、どうでも良さそうな服を着ているだけなので、シンクもそこまでは突っ込まない。
そんなシンクを横目に、シオンはなにやら少し考え事をしているようだった。
名前の件で思い知ったが、ルーク以上にシオンも突拍子のないことを言い出しそうで、シンクは内心気が気でない。


「あの髭は預言を憎んでいるようでしてね、預言を消す為にレプリカを使った計画を立てている…だったかと思います。多分」
「多分ってそんなアバウト過ぎるでしょ」
「いやですね、だって髭が計画立てようが僕としては聞いた時点で死が確定されてたんですから、正直一切興味なかったんです。レプリカルーク作ろうとして失敗してたのは知ってますけど。あの髭の汚点でしたからね」


人間死んだらそこまでだ、と言う考えに基づいて自分の死後は興味ないとそんなごもっともなことを言われてしまえば、流石にシンクも何も言えなかった。
大人しく、黙って先を促す。
ユリアの預言に関してもローレライの願いに関しても、ルークにしても、情報があまりにも足りなさ過ぎる上に混乱してるのだ。
お願いだから、説明をして下さい。


「あの髭は…ヴァンは、当時十歳だったルーク本人を拐ってダアトに連れて来た張本人です。聖なる焔の光が単独で超振動を使えるのは周知の事実でしたからね。預言を消し去る為、既に詠まれていたアクゼリュスの件を本人にではなくレプリカを生み出しやらせるつもりだった」
「それが、肝心のレプリカが出来なかった、と」
「失敗に失敗ばかり重ねてましたからね。いい気味です。ただ、それで一旦ここの様子を見に来た時に、彼をレプリカだと思い込んだのはあんまりにも愚か過ぎて頭痛いですが」
「まあ、でもなんであの男はレプリカって思い込んだのさ?そりゃあ確かにこいつは話すことも歩くことも出来なかったろうけど…なに?判断出来ないくらい頭いっちゃってるわけ?」


言いたい放題のシオンにとうとう感化されたのか、平然と酷なことを言い始めたシンクに、フローリアンは全部聞かなかったことにした。
ローレライが立ち上がるのを見ている。
ちょうどいい枕がなくなった分困るが、フローリアンはとりあえず黙っておいた。


『それは恐らく、我がここに居たせいだろう。レプリカは第七音素で出来ている。欠片とは言え、我もまた、第七音素の塊。故に勘違いしたのだろう』
「……それ、あんたが居なかったらヴァンの方はどうにかなったんじゃない?」
『いや、シオンの話からしてリアンがレプリカかどうかなどその男には関係ないのだろう。聖なる焔の光の代わりさえあれば、それでいいと考えているように思える』
「……」


確かに、ローレライの言う通りのような気もした。
何を考えているか知らないが、ルークが居なくなったその時、誰もが望んだのはルークの代わりだったんだろう。
ヴァンの方はレプリカ製作に失敗したが、キムラスカには双子の弟と言う絶好の代わりが居た。
元々殺す予定だった命が亡くなろうと、痛手がない。


「…ローレライ、あなたに頼みがあります。今からダアトへ飛ぶことは出来ませんか?」


少しの間黙って考え事をしていたシオンが、にっこり笑って言った頼みにシンクは嫌な予感がした。
こういう予感ほど当たるとなんとなくわかるからこそ、冷や汗が伝って眉間に皺を寄せることしか出来やしない。


『ルークの体力さえ保てば可能だ。しかしなぜ、ダアトへ行く?無闇に行くと預言成就の為に狙われ、命を落とし兼ねんぞ?』
「その点ならあまり危険な場所に出ないよう、あなたが出現場所を決めてくれるんですよね?ローレライ」


暗に、下手な場所に飛ばしたら殺すぞボケ、とそんな無茶苦茶な言い分が込められていたのだが、シンクは気が付かなかったことにした。
『では、ダアトでなにをするんだ?』とローレライが余計なことを聞いたのがどこか遠くで聞こえる。
シオンは笑っていた。
それはそれは綺麗な、笑みだった。


「シンク、あなたにはこれから六神将になってもらいます」


はぁあ?と妙な声を上げて「なに考えてんだ」と訴えたが、拒否権なんてどこにもなかった。




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