その瞬間に一体何が起きたのか、正確に理解出来た人間は、先に消えてしまった2人以外にはきっと誰も居やしなかった。
真白の光の中。
蹲る朱に駆け寄ったのは鮮やかな紅色で、縋るように握りしめられた剣の柄を掴む手に、そっと手を重ねて、力を解き放つ。
怖いぐらいに澄んだ光が、世界に満ちたのはそれからすぐのことだった。

2人分の光が集って、そして、静寂。

傾いたその体を支えたのは共に力を放った紅色で、今にも泣き出しそうな顔をして何度も何度も名前を呼ぶその姿に、立ち尽くすことしかできない周りもようやく、我に返って駆け寄ることが、出来ていた。


「リアン!目を覚ましてくれ!リアン!!」
「リアン!!」


力無く四肢を投げ出してアッシュの腕の中で目を閉ざしているばかりだったリアンが、ゆっくりとその目蓋を押し上げたのは、奇跡としか言い様がないその瞬間だった。
障気を中和するだけの超振動の力を行使することはリアンの体には耐えられることではなくて、中和を成し遂げたと同時に意識はもう取り戻すことはないと。そうした結論しか弾き出されることがなかった筈なのに、今この時に目を覚ますことが出来たのは、アッシュが最後の最後で間に合って、僅かだろうと負担を背負ったからだろう。
翡翠色の瞳がぼんやりと周りを見回した時に、けれど安堵した人間は誰も居なかった。

分かって、しまったから。
これはアッシュが必死になって繋ぎ止めた、遺される者にとってこそ必要な、さいごの、時間。

ほんの少しだけ与えられた、さよなら、の。



「リア、ン」


どうにか涙を堪えてそれだけを繰り返すアッシュに、ぼんやりと宙を眺めていたリアンの瞳が、体を支えてくれるその相手を映した。
翡翠色の瞳に、紅が差す。
何を言われようと、どう思われていようと、ずっと憧れだった、人だ。
その隣で最初から一緒に歩いていたかった。
今はもう、叶わないと知っていても、それでも。


「…に…、…」
「リアン?!」
「あ……う、…え……ルーク、兄う……え…」


か細い声で、それでも確かにアッシュを、兄であるルークを見てそう呼んだリアンを前に、そこがもう限界だった。
唇が震えて碌に言葉も出ず、情けなくその痩せ衰えた体を縋るように抱きしめることしかルークにはもう出来なくて、止め処もなく頬を伝う涙を見たリアンが、微笑んだままそっと細い指で拭う。

嫌だ、死ぬな、死なないでくれ、リアン。
俺を置いて居なくならないでくれ。
まだ話したいことが沢山ある。
伝えたいことだって何一つ言えていない。
頼む、お願いだ、このままいかないでくれ、リアン。

何度も何度もそう繰り返したいと言うのに嗚咽ばかりが喉から溢れるだけで、何一つルークの言葉は声になりやしない。
そんな兄の姿に、リアンは微笑んでいるだけだった。
そのまま目を瞑ってしまいそうになるのをどうにか堪えて、肩口から見える周りの色に、目を細めて、笑う。
言いたいことは他にもあるだろうに、皆して一様にリアンの名を必死に呼んでいた。
ちっぽけなこの命を惜しんでくれる、大切な、人たちだった。



「ねえみんな!あれ!あそこ!」


必死になってリアンの元に駆け寄ったその中で、不意に聞こえた機械音に対し、空を見上げてそう叫んだのはアニスだった。
この言葉にはリアンの体を抱きしめていたルークもそっとその体を少し離してやって、空を見上げられるよう、体勢を変える。

視線を上げたその先には、犠牲を払ったからこそ取り戻された青い空が、広がっていた。
雲1つない空を、切り裂くように飛ぶのは、白い機体の、あの。


「ノエル…」


一体誰がその名を呼んだのかは分からなかったが、青い空の中には確かに、アニス達が、アリエッタ達がレムの塔に辿り着いて最上階へと急ぐその時に、何を言っても下に残っていたノエルが操縦するアルビオールの姿が、そこにはあった。
リアンの瞳にも、はっきりと映っている。
涙が溢れて、止まらなかった。
その涙を今度はルークが、拭ってくれた。

大好きな、大切な、この世界が、こんなに、も。



「見えましたか?リアン。ノエルが操縦するアルビオールが飛ぶ空は、とっても青いですよ。あなたが取り戻した、空です。あなたが僕らに与えてくれた、綺麗な、青空ですよ」


どこか震える声でそう言ったシオンの言葉に、視線をゆっくりと移せば顔を覗き込むようにこちらを見ているシオンの姿があって、力も込められなくて投げ出すばかりだった手をぎゅっと握ってくれたようだった。
シオンだけじゃなくて、アリエッタだって、イオンだって、ルカだって側に居てくれて名前を呼んでくれて、みんなの顔を見れるようにしてくれたルークには感謝しなくちゃいけないなぁ、なんてそんなことを思ったりもして、どうしてか上手く思考が纏まってくれないらしい。
泣いたままみんな顔を覗き込んで来ようとするから涙ばかりが顔に降り注いで、これじゃあルークがどれだけ拭ってくれてもキリがないやと少しおかしかった。

みんなの涙を拭いたいのに、ごめんな。
ルークの涙は拭えたのに、おかしいよね。
この手はもう、動きそうにないんだ。



「ありがとう、リアン。よく頑張りましたね。障気は無事に中和されましたよ。あなたのお蔭です。でも、こんなに大変なことをしたんです。少し、疲れた、でしょう?」


泣きながら、それでも微笑んでそう言ってくれたシオンに、嬉しく思って、けれど同時にどうしても眠たく感じてもいて、答えたいのに唇はあまり動いてくれそうになかった。
頑張ってくれたんだな、偉いぞ、リアン。
そう言ってくれたのはガイで、他に言いたい言葉を飲み込んでそう言ってくれたと分かっていても、やっぱりどうしても嬉しくて。
少しずつ閉じてしまいそうになる目蓋をどうにか必死に堪えようとしたのだけど、「眠いんですか?リアン」とシオンに聞かれて、素直に小さく頷いてしまった。
「眠ってもいいですよ、リアン。あなたは本当に、頑張ってくれました」そう言ってくれた人も大切な人で、頭を撫でてくれるのが誰なのかは、もう分かりそうにない。
そのことが少しだけ寂しく感じたけれど、霞む視界の中。さいごに目を凝らして見えたのは、たとえ涙を溢していたとしても、それでも泣き顔だけじゃなくて笑ってくれた、大好きな人達の笑顔だった。


(我が儘に付き合ってくれてありがとう、シオン)


そう伝えたいのに言葉は声になってくれないからもどかしいのだけれど、ああ、でもそうしてさいごに、笑ってくれたのなら、もう、それだけで。




「おやすみなさい、リアン」




おやすみなさい、愛しい人達よ。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -