シオンとリアンが辿り着いたレムの塔は、一体何があったのか何をしたのか、一万ものレプリカが居ると聞いていたにはそんな様子もなく、むしろ魔物すらも居ない、2人しか居ないそんな場となっていた。
訝しげに周りの様子を窺うシオンに、リアンが「レイラが連れて行ってくれたと思うんだけど…」と話す辺りそれなりに前からどうも障気を中和する方法を話し合っていたらしく、益々眉間に皺が寄るも、リアンに指先でツン、とつつかれてしまえば、それ以上は不機嫌さを露わにするわけにもいかないだろう。
天に届くまでなどとは最初からシオンも思ってはいなかったが、高く聳え立つ塔の最上階にまで続く昇降機が途中で止まってしまえばいいのに、と無茶苦茶なことを思うぐらいには未だに誰か止めてくれとそんな想いも抱えたままだった。
らしくなくその痩せ衰えた細い手を繋いだまま離せないのは、リアンの気持ちを理解していて尚、たとえ長く時間が残されていないとしても、まだ生きていて欲しいと、そう思ってしまうからで(それなのに何も言えない僕自身が、情けなくて仕方ないのに)。



「一緒に来てくれてありがとう、シオン。…それじゃあ、やるから」


にこりと微笑んでそう言ったリアンの手が離れて、ローレライの剣を捧げるように祈るように掲げて地面に突き刺すその瞬間までが急に怖くなって、シオンは咄嗟に離れゆくリアンのその背中に抱きついてしまった。
行かないで、と言葉にするその代わりの行動に、驚いたようにリアンが振り向いてくれたのなら。目を見張ってシオン?!と声色に焦りを含んでくれたのなら、きっとそれだけで良かったのだろう。そうしたらシオンも一切の躊躇なくリアンをあの優しい場所へと連れ戻すことが出来たし、明確にこれからのことが変わる筈だった。
けれど縋ったと言っても変わらないこの行動に、返されたのはどこまでも凪いだ翡翠色の瞳と、微笑みだけで。


「笑ってよ、シオン」
「……っ無理難題吹っ掛けるとか、ずるいですよ、リアン」
「うん、でも今じゃなくていいからさ。空が晴れたら。笑ってな、シオン」


どうか、みんなと幸せに。

そこまでは言っていないと言うのにどうしてかそう続いたように思えて、呆然として何も言えずに居ればリアンがそっと手を解いたのだけど、シオンはもう何も出来る筈がなかった。
全てを受け入れた瞳で、リアンは自分自身の望む未来を紡ぐ為に、ローレライの剣を掲げ世界を繋げる。
頼りない華奢な背中に未練がましく伸ばし掛けた手をどうにか自身の胸元を握り締めてシオンが耐えたその瞬間、眩い光がレムの塔の最上階を包み込み、思わず目を細めてしまったその先に、地面に剣を突き刺して必死に耐えている親友の姿が霞んで見えた。

その隣に立って、僕も共にいきたかったと泣き喚けば一体何が変わったのか!!



「なに情けない顔してんのさ、シオン」
「えへへ、やったー!僕ら一番乗り!」


光の中心を見つめることしか出来なかったその時に。いきなり聞こえた声はあんまりにも場違いな聞き覚えのあり過ぎる、聞き間違えようのない、兄弟の声だった。
弾かれるようにシオンが顔を上げれば、にやりと笑ったシンクと満面の笑みを浮かべてはしゃいでいるフローリアンの姿があって、シオンは一瞬、状況判断が出来なくなってしまう。
そうして呆然としたままのシオンに対し、シンクもフローリアンも表情を曇らせることもなければ別になんてことのないように一歩、リアンの元へと足を踏み出したのだから、これにはシオンもギョッと目を見張るしかなかった。


「シンク?!フローリアンまで何を…っ!」
「言っとくけどうっかり口を滑らせてくれたのはレイラ経由でシルフだからね。ま、そのお蔭で間に合ったみたいだし感謝してるけどさ」
「シンク!!」
「見送るなんて柄じゃないんだよ。リアンの奴どっか抜けてるし?とてもじゃないけど1人になんてさせられないね。あんただってそうなんじゃないの?シオン」
「またねー!シオン!ぼくリアンと一緒にいるから!!」
「あー!もう!走るなら前を向いて走りなよフローリアン!転んだって知らないからね!!」


第七音素で構成される肉体を持つレプリカである彼らが今まさに障気を中和させる為に放たれている超振動に巻き込まれて無事で済む筈などないと言うのに…行きつく先は、弾き出される結論はたった1つしかないと言うのに、シンクもフローリアンもあんまりにもいつもと変わらなかったのだから、シオンは何1つ言葉を掛けることも出来ずに見送るばかりだった。
泣き出しそうな顔をしている自覚もあれば、感じることなんてシンクとフローリアンに対する嫉妬ぐらいだけで、手を伸ばすことも出来ずに立ち尽くすしかない。
いくら真似をしてあんなに嬉しそうに駆け寄ったところで、シオンは取り残されるだけなのに。


「…ずるいですよ、本当に。本当に、あなた達は、酷い」


泣きながらそれだけを呟いたその視界の先に、2人の姿はほとんど淡く融けていて、祈りを捧げる親友の姿が彼らのその背を透けて見えていた。







出来る限りの補助をレイラが第七音素を通じて行ってくれているとは言え、これだけ衰えた体では、本当に最後まできちんとやり遂げられるのかと言う不安だけはどうしても拭うことが出来なかった。
ここで考え直す気もなかったからこそ無理やり気にしないでおこうと自分自身に言い聞かせて、そうして祈るように剣を掲げ、超振動を解き放つ。
真っ白な光に包まれたその時に、寄りかかるように剣を支えに使ってしまったからこそリアンはほんの少しだけもしかしたら、と考えてしまって血の気が引く思いをしたのだが、考えてはダメだと慌てて首を振って障気を中和することだけに集中することにした。
ああ、けれどどうしても自分の体すら支えられそうになくて、足が震える。
この後に及んで、死ぬことが怖いとは思わなかった。
最初から死を望まれていて、受け入れたのはもうずっと昔の話で、この体が丈夫ではないことも知っていた。アクゼリュスで死ぬ覚悟も出来ていたから、もっと生きていたいと思わないわけではないけれど、受け入れなければならないことで、強がりでもなく死ぬことは、怖くない。

怖いのは、このまま障気を中和することも出来ずに失敗して、この世界が未来を失ってしまうことだけ。


大好きな人が、大切な人が生きていく為にはどうしても世界は必要なんだ。
シンクやアリエッタ達には黙って出て来てしまったからきっと怒るかもしれない。ルカは絶対に怒鳴り散らしてでも許してくれないだろうし、ガイだって似たような反応しかしないかもしれない。
母上に会えたことが本当に嬉しかった。
抱きしめて悲しんでくれた。
この命を惜しんでくれた。
父上に名前を呼んでもらっても怖いと思うより早く嬉しくてこれでもういいと思えた。

もうあと数か月生きることが出来るかどうか分からないこの命で、それでも数か月後を生きて歩んでいくみんなに、どうか、青空を。


そう思うのに、この土壇場で体は言うことを聞いてくれなくて、意思に反して情けないぐらい震えていた。
中和を成し遂げるまでは死ねないのに。
力尽きることは許されないのに、もう立っていられなくなりそう、で。


「頑張れ、リアン!リアンなら出来るよ!大丈夫!ぼくらも一緒に居るから!!ずっと一緒だよ!」


指先の感覚もなくなって来たその時に、幻聴なんかではない、今までだって一緒に居てくれた大切な家族の声が聞こえて、リアンどうにか顔を上げたのだけれど、目の前から聞こえ筈なのにそこには誰の姿もなかった。
ただ、あたたかな光が寄り添うように体を包み込んでくれた後、頬を撫でて天へと、還っていったのが見えた、だけで。
これ以上は動かせそうにない体を酷使して今の状態だったから、一体何が起きたのかリアンは理解することが出来なかったのだが、真っ白な光の中、それでも自分が今涙を溢していることは何となく分かった。
思考が上手く働いてくれない。
けれど頑張れと声が聞こえて、そうして大丈夫とも言ってもらえたから、ここで倒れることだけはダメだと思考はかろうじてそう働いてくれて。そし、て。


「なにボーっとしてんのさ、リアン。もう少し頑張ってみなよ。そしたらあんたにとって嬉しいこと、待ってるんじゃないの?聞きたいならもう少し、もう少しだけ踏ん張って。1人じゃないんだ。僕だってフローリアンだって支えてる。あとちょっとだよ。あんたなら出来るさ、リアン」


言って、ふらつく体を支えるように肩を掴んでくれたのが誰かなんて流石にどれだけ飽和した頭でも分かることで、でも今はそれより先を考えることが出来なかった。
後ろからギュッと抱きしめるように支えてくれるその腕に全て体重を預けてしまいそうになったけれど、少しずつ少しずつ希薄になっていく指先に、その腕に、そうすることは出来なくて、だからこその踏ん張り所に必死にローレライの剣を掴んで、力を振り絞る。
淡く輝いて最後まで側に在ろうと寄り添っていてくれた光が天へと昇って行った時に、どうしても涙は溢れて止まりそうになかったのだけれど、まだ終わっていないから拭うことも出来ずにただただ祈るように目を瞑った。


これだけは、どうか、お願い。


祈って、願って、そうして必死になって自分が守りたい大切な人達のことを思い出して倒れるわけにはいかないと自分自身に言い聞かせていた。
その時だった。



「−−−リアン!!」



もうきっと叶うことなどないと諦めていた。
名前を呼んでくれる、兄の声が、今。







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