これでもかと言う程には、気分は最高に最悪に、かなり悪かった。
絶賛不機嫌中。
お前これはないだろうと言う程にまで部屋を荒らすのは簡単で、けれど本当にそうしてしまうには流石に自分の兄弟の部屋を修復不可能にまで破壊するのは気が引けた為、シオンは椅子に座って頬杖を付きながら不快そうに顔をしかめるばかりだった。
一体どういうつもりなのか知らないが、本当にキムラスカは人の神経を逆撫でするのが得意と見えて、あのそろそろどころか帽子の下は危険区域な生え際目掛けて音叉を振り下ろしてやりたいと思いつつも、実際にやれることでもないので益々鬱憤が溜まっていくしかない。
かつて自分も使っていた、今はもう二度と使用することのないだろうと思っていたローレライ教団導師の部屋へ通されたことも、アリエッタと引き離されたことも、部屋の外へ一歩も出してもらえないこの現状も。トリプルコンボどころの話ではない胸糞悪い時間の中で、しかし強硬手段を用いるには、もっと胸糞悪い行為をされているのだから、さっさと滅べキムラスカと思うしかなかった。

シオンの目の前に今、鮮やかな桃色の頭髪が、リボンに結われて机上に置かれている。
元々長かったからそんなに大した長さを切ったわけではないだろうが、これに加えてよく見たことのある、むしろ今自分も着けさせられている髪飾りを前にしてしまえば、迂闊に行動に出るわけには、いかなかった。



アリエッタの髪に、レプリカは何も残せないからこその装飾品とは、よくもまあここまで人を虚仮にできるものですね、と。



苛立ちも相当にピークに差し掛かっていたが、これは別行動を取っているシンクに期待するかとどうにか自分なりに対処しようシオンも思ったのだが、ダアトに居るにも関わらず見張りはキムラスカ兵、食事の用意担当キムラスカのメイド、もうなんだここいつの間に侵略されたんですかしっかりしろよトリトハイム!!追い出せよ!!なんて考えにすぐ至ってしまうため、あんまり意味を成していなかったりもした。本当に意味はわからないのだが、さっさとキムラスカは滅んだ方がいいとシオンは思いつく限りの呪詛を唱えてみたりもしている。3分と保ずに飽きてしまったが。




「失礼します、導師イオン様。お待たせして申し訳ありませんでした。では、こちらへ」



言葉遣いこそまあまあ丁寧だとは思ったものの、また新たに桃色の髪をわざわざ手渡してなどくれたキムラスカ兵を前に、シオンは怒りを露わにするどころかむしろうっすらと笑んで立ち上がったのだから、これには流石に大の男でも裸足で逃げ出したいような気分を味わうこととなるのだが、さっさと連れて行けと導師自らに顎でしゃくられれば、そのまま案内することしか出来る筈がなかった。ほんの少し前までこちらこそが有利だと思っていた自分自身をぶん殴ってやりたいような心境でもなりつつあるのだが、高々一兵卒の境遇などこの導師が考慮する筈もなく、笑みを浮かべている癖に不機嫌だと言うのがひしひしと伝わるのだから、その他大勢が哀れである。
笑みだけは貼り付けていたものの、シオンは不機嫌さを隠すこともせず、案内されるままにただ足を動かしていた。
目的地など言われなくてもさんざん歩き尽くしたダアトだ。
知らない場所などはないと言い切れてしまうからこそ、行先に対して怪訝そうに顔をしかめてしまいそうになるが、そこはどうにか堪えておく。
…礼拝堂になど、一体何の用があると言うのか。




「これはこれは導師イオン、御無事で何よりです。皆心配しておりましたのですぞ」



踏み入れてまず最初にそう言ったテオドーロの言葉に、シオンは一瞬だけ笑みが引き攣った自覚はあったが、それよりもと間髪入れずに「そうですね、3日も掛けて人を監禁などなされなかったらもっと元気でしたけどね」と容赦なく言い放っていた。とりあえず空気が凍った。
硬直したテオドーロのことは放っておいて、シオンはさっさと状況を把握すべく礼拝堂内を見回す。
障気のせいで淀んだ視界の中ではステンドグラスも輝きが鈍って見えて残念ではあったが、それよりもどうしてかこの場にキムラスカの国王とマルクトの皇帝の姿の方があるのだから、そちらの方がよっぽど残念だとシオンは頭かち割ってやろうかとちょっと本気でそんな物騒なことも考えつつ、思った。
マルクト皇帝の顔が凄まじく苦々しく歪められていることから何やらキムラスカ王と揉めているようではあったが、どうにもキムラスカ王の方は余裕が見え、最高に不愉快に感じる。元々の印象がこの王に対しては最低な部類のものしか抱いていなかったのだ。
問答無用にド突いてやらなかっただけまだマシだと、感謝でもして貰いたいところである。




「シオン!」
「その呼び名は失礼だろう、マルクト皇帝よ。導師イオンはレプリカに名を奪われていたのだ。正しき名を呼ばねばあまりにも惨い話ではないか。永らくローレライ教団はレプリカに騙されていたのだ。真の導師と共に、これからのことを話さなければなるまい」



つまりお前それは苦しんで死にたいと訴えていることと同じ意味なんだよな、あぁん?と、もう常の言葉遣いなどお構いなしにシオンはそう口にし掛けたのだが、どうにもマルクト皇帝の様子を見るにそれどころではない問題のように思えて、強制的にぶん殴って終了と言うことだけは何とかやめにしておくことにした。
とっくにもう笑顔を貼り付けれている自信は全くないので今相当冷たい目をして…場合によっては不敬だと咎められる目つきでキムラスカ王を見ている自覚はあるが、キムラスカ兵によって監禁されていたこの数日の鬱憤はどうにも抑えていられそうにない。
シンクの動きが分からないので下手に動くのは不味いかと思ったが、もし捕まるような展開になるのなら、その前にこの愚王だけはぶん殴ってやろうとは決意して両国の王の前にシオンは近付いた。
今更この僕に導師をやれと言うのなら謹んでお断りするのだが、これはどう考えてもそういうわけではないだろう。
あれだけキムラスカで恐怖を味わっただろうに、学びもせずわざわざ三国の代表を集めたのだ。
どんなバカでもこの場で嫌な予感がしなければ、愚か者では済まない話だとは、思えるのだが。



「これはこれは面白いことを仰いますね、インゴベルト陛下。私を導師だと仰るのなら、なぜ導師守護役のアリエッタ響手の髪をこうもわざわざ送って下さったのです?ダアトをしかもキムラスカ兵が導師を監禁していたとあれば、お困りになるのはそちらの方でしょうに」



うっすらと笑みを浮かべてそう言ったのだが、それでも態度を崩さぬキムラスカ王の姿を前にシオンは思わず舌を打ってしまいそうになったが、それでも気付くことはできた。
おそらく同じようなやり取りはマルクト皇帝と既にしていたのだろう。それでもキムラスカ王が動じていないことにもっと気に掛けるべきだったとシオンは笑みを崩しそうになったのだが、返って来た言葉にうっかり音叉をへし折ってしまった。



「我が国の兵はレプリカ達の襲撃を受けたダアトへ力を貸しているだけに過ぎませぬぞ、導師。そしてアリエッタ響手はローレライ教団を謀ったレプリカイオンを愚かにも庇い立てした為に捕えせさせて頂いただけ。身の潔白を証明できたとあれば、すぐに釈放しましょう」
「ふふふ、なかなかにユーモアの溢れた方だったのですね、インゴベルト陛下は。ローレライ教団の導師はあなた方が捕えたと言うイオンですよ。私は彼に全てを託しましたので。これ以上不当な扱いを強いると言うのなら、信者の方々も含めて黙ってはいられないかと思われますが」
「それは我がキムラスカの兵の恰好をしてマルクトを襲ったレプリカと同じ存在であるレプリカイオンを、導師だと仰るのですか?」



あ、やばい。問答無用にぶっ殺してしまえば良かった。
と、シオンが思って即座に実行しようとしたことに気付いたのかそこは流石に慌ててマルクト皇帝が止めに入ったのだが、その皇帝ですらも次の瞬間には腸が煮えくり返る程、冗談じゃないような展開しか、用意されていなかった。



「時間もないので本題へ進むことにしましょう。導師イオン、そしてマルクト皇帝にここダアトへお集まりして頂いた理由は、現在オールドラントを覆う障気について、我がキムラスカのベルケンドよりある結論が出たからでしてな。レムの塔、と呼ばれる地に元大詠師モースが作り出した罪深き道具、レプリカ共が大量に集まっていることはご存じですかな?」



もうこの時点でシオンは全力でへし折った音叉をキムラスカの王に向かってぶん投げる一歩手前だったのだが、重苦しい音と共に開かれた礼拝堂の出入り口の扉と、その先に見えたここには居ない筈の、居てはならない筈の朱色を前に、目を見開いて動ける筈がなかった。




「このオールドラントを覆う障気はレムの塔に集まっている一万のレプリカと、我がキムラスカ王家を謀ったレプリカルークの持つ超振動の力で消すことが可能だと、結論が出たのだ。さあマルクト皇帝、導師イオン」



言葉を理解したくない。
聞いてない、そんなバカみたいな中和方法なんて。
どれだけの犠牲の上に、屍の上に、仮初の平和を築くつもりなのか。
待って、待て。
どういうことなんだこれは。
一体、なにを。


この男は、誰に、なにを。





「罪を犯したレプリカに、障気中和を成すことを贖いをする、その了承を願おうか」






痩せ細った体で、それでも微笑んだあなたを、この世界から、奪うのか。








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