予感はしていた。
絵に描いたような青空がどこにもなくなった時から、ずっと。
抗おうとは思わなかった。
決めていた話だ。
今更もう、迷ったりなんか、しない。







「なんかすっげー、むかつくんですけどぉー」



ぶーぶー、と口を尖らせてそう言ったルカの言葉に、上体だけは起こして窓の外へと視線を向けていたルークは一度きょとんと目を丸くさせたあと、思わず苦く笑ってしまった。広々とした部屋の中に居るのはルークとルカ、そしてフローリアンとサフィールだけで、いつものような騒がしさがないからこそ、余計につまらなさそうにルカは口を尖らせている。その癖ベッドの側から離れようとしないのだから、「治療の邪魔になるんですけどねぇ」とサフィールはぼやきたくなるのだけれど、下手なことを言ってあの腹黒代表元導師と似通ったえげつない攻撃をされたくなかったので、大人しく口を噤んでおいた。
ぶーぶー文句を言う癖に、ルカはそこから、離れようとはしない。
部屋にはベッドは2つあった。
1つはルークが使用しているもの。そちらはそちらでフローリアンが付きっきりになっていて、何の嫌がらせだとサフィールは頭を抱えたくなるのだが、ルカが引っ付いて離れないベッドには、もう何を言っていいのか判断がつかなかった。
マルクト軍第二師団師団長、アスラン・フリングス少将。
キムラスカ軍に扮したレプリカ達の襲撃を受け、命を落とすところをルークの手で救われた、軍人。
ルカにとってその人物が大切な存在だと言うのは、入室許可を出した瞬間、駆け寄って無事を確認してからずっと、その手を握って離そうとしないことから容易に知れたから、サフィールも何も言わないことに決めていた。
ルカが何を思ってその軍人の、2度と動かないと言われた左手を握りしめているかは知らないが、当事者同士の問題ならば目を覚ました後で話し合えばいい。
問題は現在ここに居ない人間同士の不仲についてだ。
これに関してはサフィールも頭が痛い話なのだが、溜め息を吐いた瞬間、ルークと目が合って困ったように微笑まれては、苦々しく笑い返すしかないだろう。
よく理解していないのはフローリアンだけと言ったところか。
「ルークにりんごのうさぎさんあげるんだ!」と満面の笑みを浮かべて言ったかと思えば、そこからぶつ切りのりんごしか作っていないのだから、なんだかな、と呆れるしかない。



「むかつくって、何をだ?ルカ」



ジョリジョリ、ざくっ、ぶしゃーっ!とまではいかないものの、りんごを切り分けるよりも着々と血染めのりんごを作り出しているフローリアンの指にその都度、実はこの場に居ましたなレイラがファーストエイドで治療しているのを横目にルークが聞けば、ぎゅうっとアスランの左手を掴んだまま、視線だけをルーク達に向けて、ルカは言った。



「いろいろあるけど…一番はシオンのこと」
「シオン?」
「ルークはむかついたりしねぇの?だってあいつ、絶対に逃げたんじゃんか。そりゃあ俺だって悪かっけど…最近ずっとピリピリしてるし、それに…ここに居なかったら、何にも言えねぇし」
「ああ、シオンは今ダアトに行っちゃったしな。謝ろうと思っても、ちょっと言えないか」
「だっ、だれが謝ろうなんて言ったんだよ!ルーク!」
「ん?違うのか?ルカ。ルカはシオンときちんと話をして謝りたかったんだろ?そうやって、仲直りしたかったんじゃないのか?」



にこりと微笑んでそう言われてしまえば、ルカも反論は出来なくて、口を尖らせたまま一度アスランへと、視線を向けた。未だ眠り続けているからこそまだ話をしたわけでもなくて、いつものあの蒼い瞳を目にしていないからどこかまだ不安に感じている部分があるけれど、アスランに対してはルカはそんなに、心配しているわけではない。
本当はルカも分かってはいたのだ。
アスランを助けた為に、ルークから何を奪ったのかなんて。
シオンが怒った理由もきちんと理解している。シオンは別に全部が全部ルークと過ごす時間を、アスランを助けたことで削ってしまったことに怒っているわけではないのだ。シオンがああも怒った理由。冷静になった頭で考えてから気付けた、その理由。
ルークがみんなと過ごせる時間を奪ってしまった。
そのことにシオンは怒ったんだ。
ルークの為を思って、きっと、あんなに怒ってた。




「…ルークはさ、」
「ん?」
「ルークはさ、シオンと喧嘩とかした時って、どうやって仲直りしてた?つーか、なんであんな性格悪いシオンと仲が良いんだよ。反り合わねぇんじゃねーの?タイプ全然違うし。なんで?」



それを当人だけでなくその他が居る前で聞くんですかー!!?と。そろそろもう一度バイタルでもチェックしようかと動こうとしたサフィールは思わず床に突っ伏してしまいそうになったのだが、そこをなんとかギリギリ「そう言えばルカはまだ3歳にもなっていないのでしたね…」と思い出してどうにか留まった。こんなことならシュウ医師と一緒に投薬の準備に回っておいけばよかったと心の底から後悔しそうではあるのだが、病室から目を放すと何が起きるのか分かったものじゃないので、泣く泣く受け入れるしかない。シオンが居ないとは言え、ここにはまだ何をするのか全く予測不可能なフローリアンが残っているのだから(とかなんとか思っていることがバレたら、誰に殺されるか分かった話じゃありませんが)。
ルカの問いに、ルークは目を丸くした後、それからくすくすと小さく笑った。
そのことにムッと眉間に皺を寄せてルカは怒ろうとしたのだが、すぐにルークがからかうつもりで笑ったのではないと気付いたから、言葉の方を、待って。




「シオンはさ、誰に対してもそうだけど。不器用なんだよ、昔っからさ」



歩く恐怖政治に対してそんな言葉を向けれる人間は後にも先にもあなただけですよ、ルーク。
と、思わずそんなことを感想としてサフィールは思ってしまったのだが、なんでかゾッと背筋が粟立ったので、もしかしたら次に会った時に殺されるんじゃないかとそんな嫌過ぎる未来予想にちょっと本気で泣きたくなった。ザクッと自分の手を切り刻んでいるフローリアンにもう何度目となるのか分からない程ファーストエイドを掛け続けているレイラは溜め息を吐きたいところだったのだが、「もう!一回レイラがお手本見せてよ!難しいようさぎさん!」ととんでもない無茶なことを言われたので途方に暮れるしかなかったりもする。ぶっちゃけルカとルークの会話どころの話ではなかった。期待を込めた眼差しで見つめてくるフローリアンの言動は、下手な拷問よりも効果は抜群だろう。この肉球の手で一体何を掴めると言うのか。



「不器用?シオンが?」



そんなこと有り得ぬぇー、と今にも言い出しそうに顔をしかめて言ったルカに、ルークはにこりと笑ったままだった。
笑って、そうしてギュッと胸元を掴んだ手に力を、入れている。
その仕草にすぐに反応したのはサフィールで、どこか痛むのかと心配したように声を掛けようとしたのだが、ちょうどシュウ医師が戻って来たところだったので一度話を中断させ、薬を飲ませることにした。
申し訳なさそうに困ったような笑みを浮かべるのはもういいから、とサフィールは思うが、実際に口にしたりなどは、しない。
行動を共にするようになってから、時間が経てば経つほどに、ルークの飲む薬の量は増えていた。
そしてどんどん痩せ細っていく。それはもう抗いようのない現実だと知っていても尚、受け入れられていない自分自身の心境に、サフィールですらも、苦々しく思うばかりで。



「そう、不器用なんだよ、シオンは。本当は誰よりも優しい癖に、いつもああして態度に表してくれないからさ。勘違いばっかされて」



流石にそれはルークしか思わないことですよ、と。サフィールだけでなく話を聞いていたルカもおんなじようなことを思ったのだが、口に出すにはルークが本当にそう思っていると分かるから、とにかく話を聞くべきかと黙って視線だけを向けることにした。
アスランの手だけは放そうと思えないからルークの側に寄ることは叶わないが、どのみちフローリアンが陣取っているから無理だったと思うので、気にはしないことにする。



「喧嘩だって何度もしたし、言い合いだってよくしたけど、でもそれは結局お互いにお互いのこと優先し過ぎてるせいだって分かってるからさ、本当に大喧嘩して仲直りしないてってことは絶対にない。俺、シオンのこと好きだからさ。それなのにいつもいつも迷惑かけてたし心配もさせてて…申し訳ないって思う時も多かった。全部理解は出来てないかもしれないけど、シオンが俺の為に力を尽くしてきたこと、知ってるよ。そこのところはフローリアンの方が詳しいかもな?シオンと一緒に、あっちの邸で暮らしてたんだろ?」
「うん!ぼく、シオンとずっと一緒だったから、シオンがルークの為にいろんなことやってたの知ってるよ!豚さんの貯金箱にいっぱいゼロがあったのをいっこだけにしてお家買った時とかぼくも見てた!」



注釈を入れるのならば豚さんとは気のせいでもなんでもなく元大詠師モースのことであって、貯金箱はもしかしなくともモースの資産のことだろう。どうしてこんなに金回りがいいのかサフィールは以前から気になっていたのだが、なるほどそこから分捕っていましたか、と思った瞬間、血の気が引いていた。サフィール自身はまだいい。研究だとかの費用で給料だとか言うのは全て注ぎ込んでしまっていたのだから。
今となってはもう完全に袂を分かっているから別にどうでもいいのだが、これは下手するとヴァンやリグレットはタダ働きだったんじゃないのかと思えば…なんだかちょっと哀れに感じないこともなかった。気の毒過ぎると言うことと、やはりあの元導師、容赦なさ過ぎる。幸いなのは、ルカもフローリアンもまだまだ幼いから、きちんと分かっていないと言うことだけだろうか。




「シオンは優しいんだ。ルカのこともきちんと考えてるよ。仲直りだってすぐにできるさ。シオンは、ルカのことだって大好きだから」



微笑んだままそう言ったルークの言葉に、茹蛸みたいにルカは耳まで真っ赤にして、そうして「そういうことを聞いてたんじゃない!!」と喚いたが、結局どのみち恥ずかしいことだったと思ったのかベッドに顔を突っ伏して撃沈していた。しかもフローリアンが重ねるように「ぼくもルカのこと大好き!シオンもルークも、みんなみんな大好きだよ!!」と言うのだから、話はズレているわ恥ずかしいやらで暫く顔を上げてなどいられないとすら、思う。
聞いていただけのサフィールもシュウ医師もこれには苦笑いで、どちらかと言うとルカの気持ちの方が理解できるからか同情するように見ていたのだが、不意にレイラに服の裾を咥えられて引っ張られれば、途端に憐みの眼差ししか向けられなくなっていた。
最初からその手でりんごが剥けれることはないと、分かっていただろうに。



「…ルークはさ、あのガイって奴と親友なんだろ?」
「うん、ガイとはずっと、親友だけど」
「ならシオンは?俺たちは、ルークの中で何なの?」



それは本人に聞くような話題ではなかったのだが、そうやって続く会話の流れに、サフィールは思わず眉間に皺を寄せて押し黙ってしまうしかなかった。
ルカは本当に、幼い。
内面と外見の乖離が激しすぎる、子ども。
そう言った存在を生み出してしまったのはジェイドの理論であって、ルカやフローリアン達に関してはサフィールの、『ディスト』の責任だった。



「ルカたちは家族だよ。こうしてみんなで家に住んで、時間を共有して過ごす、大切な家族」
「シオンは?」



ルークの答えに対し、間髪入れずにこう返したルカに、聡い子だな、とサフィールとそしてレイラは思ったのだが、口を挟むことはしなかった。
ルカは、純粋にルークの答えを、待っている。
ルークがルカたちと築いた関係とシオンと築いた関係はどこか違うように感じるのは、決して気のせいでなければそれこそシオンと近い場所に居るのはフローリアンと、ここには居ないシンクでもあって。




「ガイとは違うけど、シオンも親友だって、俺は思ってる。初めて会ったんだ。邸の外で。隣に並んで一緒に歩いてくれる人。みんな大切な人だけど、シオンはどっちかって言うと悪友って方が近いかもな」



くすくすと笑って言ったルークの言葉に、それこそ自分が出会う前からの話じゃ妬いても仕方ないかとルカは思おうとして、けれどやっぱりどこか悔しかったりもして、ぐりぐりとアスランの腕に頭を押し付けて臍を曲げたみたいに態度で示そうと思ったのだが、すぐにやめた。
こればっかりはどうしようもない話で、変えようがないからとそこは口を挟んでいい話でもない。
それよりもルークに家族だと言ってもらえたことの方がやっぱり嬉しかったのでルカは耳まで赤くなった顔を誤魔化すように背けようとして、ふとガシャガシャと耳障りな音が近付いて来ていることに、気が付いた。
それはサフィール達も同様だったようで、急に張り詰めた空気にルカも怪訝そうに顔をしかめるも、音は止まない。
それどころか部屋の前にまで近付いて来たようにも思えてついつい身構えてしまったのだが、いきなり開け放たれた扉の先に見えた赤い軍服を来た存在の姿には、困惑する気持ちの方が、勝った。




「あなたは…」



呆然としながらも最初に反応出来たのは、シュウ医師だった。
ベルケンドで医師として働いていたのだから、すぐに分かる。
赤い軍服を身に纏った女性が、キムラスカ国軍少将、ジョゼット・セシル将軍だと言うことに。
そしてルークもまた彼女のことを知っていた。
拳を握りしめ、何かに耐えるように、必死に身を奮い立たせて訪れた彼女に、微笑んでいる。
軍人らしくない表情に戸惑うばかりの人間がほとんどだったが、それでもルークは笑みを崩さなかった。
動揺したのは、ジョセットの方だろう。
キムラスカ軍がマルクトのグランコクマに兵を引き連れてこの場所へ訪れたのだ。
ジョゼットとの交流はルークだけでなくシオンともあって、そうしてアスランとも何度か交流あったと言うのだから、何かしらどこかで知る機会があったのだろう。
ファブレ公爵から聞いていた可能性が一番高いが、しかし彼女は軍人だった。
疑問に思えど、一度命令が下れば、軍人はそれに従うしかなくなる。
優秀な軍人だった。
だからこそ今から告げなければならない言葉は、彼女にとって血を吐くように告げなければならない、言葉だったろうに。




「…我がキムラスカ・ランバルディア王国王位継承者、ルーク・フォン・ファブレ様に成り代わることでキムラスカ王家を誑かそうとしたレプリカルーク。インゴベルト六世陛下より見付け次第捕えよとの命が下っています。レプリカがキムラスカ王家の人間と摩り替ったのは赦し難き罪。よってレプリカルーク、あなたを連行します」




どうにか言い切ったジョゼットの言葉に、あなたのせいではないと、痩せ細った体でルークは、微笑むのだ。






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