「ノームリデーカン・ウンディーネ・31の日には帰って来ますから」と。
そう言ってグランコクマから出て行ったアスランが、キムラスカ軍の襲撃を受けて負傷したと言う知らせに、気が付いたらルカは屋敷を飛び出して、がむしゃらに街を駆けていた。

傷が深そうだったと。
出血が酷くて、もしかしたら、と。
教えてくれたのはそれこそ軍の人間ではなく、2人がいつも揃って広場のベンチに座って過ごしていたのを知っていた街の人間の方で、どういうことだと警備をしていた兵士を問い詰めれば、知らせないでくれと、本人からそう口止めをされたのだと、教えてくれて。
ふざけるな!と、思わず怒鳴り散らしてやりたくなった気持ちをぐっと堪えて、ルカは走り出すしかなかった。

息が切れても、足を止められない。
ふざけるなふざけるなと何度繰り返しても、それ以上に涙が溢れそうになって、前がよく見えない。

いつの間にこんなに想っていたんだか、なんて鼻で笑うような余裕もなければ、考え事をする余裕だって、何もなかった。


どうして、こんな。
ルークとこれからの話をするって、言った癖に!





「−−−っアスラン!!」



バンッ!!とけたたましい音を立てて教会へ駆け込んで来たルカに、アッシュもティアもぎょっと目を見張ったのだが、あんまりにも必死に、今にも泣き出しそうな顔をルカがしていたのだから、特に何を言うでもなく、そっと場所を明け渡すしか出来なかった。
治癒術を掛けた跡も、包帯やガーゼで処置はしたけれどどうしても滲む血液にも、癒やすことが出来なかったと言う事実を前に、ルカの顔から血の気は引き、けれどそれでも、アスランの手を掴む。
まるで祈るように両の手で包み込んだルカに、アスランは見えているのか見えていないのか、ぼんやりと眺めたまま、何も言わなかった。
ティアの顔が、歪む。
アッシュもまた、苦々しく顔をしかめることを、堪えることは出来なかった。
……ティアの時はまだ、アスランは微笑むことだって、出来ていたのだから。




「…っおい!!ふざけんなよアスラン!!なに勝手に死にかけてんだよ!お前ルークに会うって言ったじゃねーか!!挨拶するって…約束だって言って出掛けたんじゃねーのかよ!!なに怪我なんてしてんだよ!なに倒れてやがんだよ!!聞いてんのか!アスラン!!」



怒鳴り散らすルカの声に、アスランはぼんやりと朱髪を見つめて、黙ったままだった。
ルカが掴んでいる手が時折ピクリと…痙攣ではなく、アスラン自身が意志を持って動かそうとしているから、まだそこに在ると分かるだけで……これが痙攣であったとしたら、アッシュが止めに入っていただろう。
何も言わないアスランに、最初こそ怒鳴っていたルカも次第にその勢いもなくなって、待って、いくな、いかないで、と小さな声で何度も繰り返した。
とっくにぼろぼろと涙は溢れて、止まらない。

お前のせいだ、とルカはアスランを罵った。
お前のせいだ、お前のせいで、こんなに苦しい。
涙で前だって見えない。
お前が俺を、泣かせたんだ。
お前がどうにかしろ。
お前がこれを、止めろよバカ。
思い付く限りなんだってルカは口にした。
けれどいつもだったら優しく微笑んでルカを宥めてくれる存在が、いつまで経っても一度も名を呼んでくれないことを認めざるを得なくなって、ひたすら泣きじゃくった。




「…死ぬなよ、アスラン…っ」



縋りついてそう言った。
まさにその時だった。



「ルカ!!」



ガシャァンッ!!と派手な音を立ててライガに教会のステンドグラスを粉々に破らせ、名を叫ぶように呼んで飛び込んで来たのは、アリエッタだった。
辺りに飛び散ったステンドグラスを踏まない位置までライガで寄れば、思わずギョッと目を見張っていた3人の目に、そうしてもう1人、朱が映る。
思わず呆然としてしまうぐらい、ティアとアッシュは1ヶ月振りにその姿を見るからこそ、何も言える筈がなかった。
明らかにやせ衰えた体で、朱が、微笑んでいるから。



「ルーク…」



泣き腫らした目で見上げてくるルカに、ルークは穏やかに微笑んで、そっとアスランの元へと歩み寄った。
「間に合って良かった」とそう口にしたルークに、しかしよく理解していないからこそアッシュが眉を寄せたのだが、知っているからこそティアはハッと目を見開く。
「フリングス将軍」と呼んだルークは、そっとアスランの胸元へと手を伸ばし、目を伏せた。


大丈夫、命の音は、まだ続いている。
まだ、消えてない。


消させは、しない。








「これは…っ!」



心底驚いたように声を出したアッシュの目の前で、今までティアが何をしようと癒やすことの出来なかった傷が全て消えたのだから、俄には信じられない光景だった。
ぼんやりとルカを見つめていたアスランの瞳は今閉ざされているからこそ見えないけれど、それは彼が息絶えたからではなく、規則正しい寝息が、聞こえているからで。

アスラン・フリングスは、生きていた。

有り得ないだろう、と思ったのがアッシュの心境だったのだが、慌ただしくこちらへ駆け寄って来る数人分の足音に、細い手が押さえた箇所から見えた原色に、そんな思いはどこかへ消えた。




「ダメです!ルーク!!」



崩れ落ちるように倒れたその華奢な体を咄嗟に受け止めたアッシュの瞳に映ったのは、真っ青な顔色と、夥しいほど溢れる、何度だって見た覚えのある、それ。
ルカとアリエッタが悲鳴染みた声で名を呼んでいた。
引き攣ったような声を上げたのはティアだったろうか。
「急いで運んで下さい、アッシュ!」そう叫ぶジェイドの声は遠く、「早く!!」と促すシンクの声も、何十も重ねた外から聞こえているような気がする。
感覚を遮断したみたいに、アッシュには全てのものが遠く感じて仕方なかった。



「アッシュ!!」



名を叫ばれても、溢れた一色から、目が離せない程の。



口元には、赤。








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