にっこりと良い笑顔で「一週間以内にロニール雪山のパッセージリングを操作して戻って来ることが出来なかったら、陛下から頂いたスパでの格好でグランコクマを歩かせますからね」とある意味死刑宣告よりも惨たらしいことを言ったシオンの言葉に、血の気の引いたジェイドが死に物狂いで作戦を考えて即座にケテルブルクを出発して早5日。
ダアト式封咒を解く為に共に行ったフローリアンと護衛としてシンクが着いて行ったその代わりと言うべきなんと言うべきなのか。
「ならルークの為に出来ることは全てやりたいから俺が残る!」と言い張って本当にガイが残った時にはケテルブルクの公園で雪が全て吹き飛ぶような事態にも陥ったのだが、結局本当に残ってしまったせいでシオンがイジメに虐めまくって今日も派手に公園で雪ごとガイが吹っ飛ばされた頃、ロニール雪山へ向かっていた一行は無事に帰って来ることが何とか出来ていた。
どれだけ必死になって進んで来たのだろう、と思えばイオンやサフィールは苦笑いしか出来ないのだが、碌に休憩を挟ませることなく問答無用にシオンがホテルの一室へ連れて行くのだから、もう何とも言えない話である。
本当はこんなことさせたくないんですが、と。
部屋へ通すまでに5回や6回では利かない程繰り返したシオンにティアは顔を引き攣らせ、「本当に来たんです、か」と心底嫌そうに言ったアリエッタにはジェイドですらも顔を背けた。
なんでこんなことを…、とぶつくさ繰り返すシオンにシンクはもう黄昏るしかないが、理由はシオンがティアの治療についてぼやいていることにあるのではなく、どう言った手段を用いたのか完全にシオンもアリエッタもケテルブルクのあの高級スパの帰りだとありありと分かるせいである。
何かもう全力で艶々していた。
羨ましがったフローリアンが「後で絶対に行こうよシンク!」と駄々をこねていたが、シンクとしてはその2人分の会員証をシオンが一体どのような手段で手に入れてくるのか。そこのところが不安で仕方ない。




「入りますよ、ルーク」



コンコンッと。
先頭を行くシオンが軽くノックをすれば案の定と言うべきか、開けてくれたのは一緒に残っていたルカだった。
某使用人が世話をしたのだろう、ポタポタと雫は垂れていないものの彼もまたスパに行った帰りのようで、僅かに上気したその顔にアッシュがほんの少し眉間に皺を寄せる。……心境としては、ロニール雪山へ行った組のほとんどが似たようなものではあったか。



「お、なんだもう戻って来たのかよ、お前ら。ぞろぞろ入ってくんの?ルークさっき起きたばっかなんだけど」
「その点については僕もかなり不満なんですけどね、とりあえず用事をさっさと済ませないとケテルブルクに捨て置くことも出来ないので。カール三世の銅像に括り付けても面白いと思いはしましたが」
「は?んなことしたらネフリーとか言うあの知事に迷惑だっつーの」
「なかなかに面白そうなんですけどね」
「後ろ手で縛ってスパにでも沈めれば?清掃入るし死にはしねーだろ」
「それはなかなか良い意見ですね。ロニール雪山での疲れもしっかり癒やしてもらいましょうか」



にこやかに会話するにはとんでもないことを言い出したシオンとルカの会話に、ジェイドやアニスは今すぐ宿を飛び出してアルビオールの元へ逃げたいと思ったが、奇しくも逃走手段は現在メンテナンス中でもあった。
これは死んだかと疲労感を益々積み重ねているジェイドは遠い目をしたが、ようやく帰って来れたとフローリアンが部屋の中へと駆け出してしまったから、とりあえず気まずい空気だけは些か軽減したわけであって。




「ただいま!ルーク!僕頑張って来たよー!」



ぼすん、とベッドに飛び込んで行ったフローリアンに、「埃が舞うから暴れないでよ!フローリアン!」と注意しながらシンクが続き、その後をルカやシオン、そしてジェイド達が着いて歩いた。
静かに閉めた扉と、明らかに広過ぎるだろう部屋に、「これって多分VIPルームとかじゃありませんか?大佐ぁ」と顔を引き攣らせながらアニスが言ったものの、ジェイドはひたすら無言。多分じゃなくて絶対だと思ったところで口にしたら最後、部屋の片隅で叩きのめされた使用人と同じ末路を辿る羽目になるのは、目に見えた事実過ぎて流石に御免だった。



「お帰り、フローリアン。よく頑張ったんだね、ありがとう。シンクもお疲れ様。大変だったんだろ?」
「雪山自体は大したことなかったけど、フローリアンの面倒みるのが大変だったね。こいつすぐ雪玉作って投げつけるんだもん。ほんと、疲れたよ」
「えー、でもシンクだって楽しかったんじゃないの?」
「限度って言うものをあんたは覚えなよ」



ぺしっとフローリアンの額を小突いて言ったシンクに、ベッドの上で上体だけを起き上がらせて枕を間に挟んで背を凭れていたルークがくすくすと笑ったが、あまり良くはない顔色にジェイドは思わず顔をしかめてしまった。
入って来た面々に気付いて「お疲れ様」と声を掛けるルークは、お世辞にもあまり体調が良いとは言えないのだろう。
会話の時間も負担になると判断したのか、ベッドに寄せた椅子にシオンは容赦なくティアを突き出して座らせ、ルークが手を伸ばして届く位置にまで強制的に向き合わせた。
これにはアッシュやナタリアだけでなく、アニスも多少怪訝そうに顔をしかめるのだが、残念ながらそんなことはシオンもお構い無しである。



「良いですか、ルーク。完治はさせなくていいんです。日常生活に支障が出ないよう、それだけを意識して力を使って下さいね」
「分かってるよ、シオン。大丈夫だって」
「ルーク?あなたが大丈夫だと言って大丈夫だった試しはありましたか?」
「…あんまりないデス」



思わず、と言ったように最後でカタコトになって返したルークに、シオンは溜め息こそ吐いたものの、しかしそれ以上は何も言わずに黙って先を促した。
すれば困惑した様子のティアに、ルークは一度「ごめんな」と断りを入れてから、すっと延べた左手で、ティアの胸元へと、触れる。
ギョッと目を見張ったアッシュに、すかさず「スケベ」とルカが呟いたことでいつしかのシェリダンでの取っ組み合いの喧嘩が勃発しかけたのだが、ルークが延べた左手が光を持てば、流石にそれどころではなかった。



「これは…っ!」



驚いたように目を見張った声が一体誰のものか認知する前に、不意にルークの体が傾きかけたから慌ててティアも支えようとしたのだが、その手をシンクが遮った。
アリエッタが慌てて枕の位置を整え、意識が朦朧としているルークをシンクが横たわらせて、サフィールが脈を取る。
血圧計を用意しているのはジェイドだった。
そして今、最も冷たい目でティアを見ているのは、シオンで。



「自覚もあるでしょうが、今のでお前の治療は終わりましたよ、ティア・グランツ。分かったのなら早く出て行きなさい。罪人と同じ部屋に居る趣味は僕らにはありませんからね」



バッサリと切り捨てるように−−−いや、実際に切り捨てているのだろうが。容赦なくそう口にしたシオンに、ティアは何も返せる筈がなかった。
震える唇で何か紡ごうとするも失敗して、まともに言葉も出そうにはない。
そんなティアの姿に、部屋の隅でルカと喧嘩しているアッシュとついでに追い出してやろうかとシオンは思ったのだが、掠れる声で「ティア」と確かに呼ぶ声があったから、それは出来なかった。
隠すこともせず溜め息を吐いたシオンに、ティアは少しばかり怯えながらもベッドへと突き出されたのだから、逆らう方が有り得ない。



「…ルーク?」



上から覗き込むように翡翠色の瞳を見て呼べば、ルークは心の底から嬉しそうに微笑んで、言った。



「良かった…もう、障気に苦しむことはないよ…ティア」



穏やかに笑んで言ったルークに、「ルークが助けてくれたからよ、ありがとう」とどうにか取り繕って言えた自分自身をティアは信じられないほど、本当は泣き出したくて仕方ない気持ちでいっぱいだった。



私は、もうあなたの前に現れてはいけないのね。


そう言い掛けた言葉はおそらく正しくて、この場に居る誰よりも一番罪深いことをしたのは自分だと気付けたところで、今更だったのだ。
兄のしたこととまともに向き合えないまま、アクゼリュスを崩落させたとルークを責めた。
言ってはいけないことも平気で言って。
それでもルークは、嫌悪対象であろう自分を助けてくれた。



優しい、人なのだ。
そんな彼を無意味に傷付けたのだと、今更気付いた自分に、話し掛ける資格だってある筈がなかった。





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