水の都だと言うグランコクマは、初めて訪れることとなった己の目にも綺麗な街だと映りはしたけれど、とてもじゃないが楽しめそうにはなかった。
皇帝陛下から貰ったらしい邸から出て、港へ向かったのは単に近かったからと言うだけであったし、特に理由のある行動ではない。
後ろをシオンが常々バカにしきっているレイラが着いて来ていると分かっていたが、ルカは気にもせずグランコクマの港で海をぼんやりと眺めていた。
足元に寄り添う犬は何も言わない。
そしてこちらも何も言わないから益々憂鬱な気分になるのだけれど、こればっかりはどうしようもなかった。



「……なあ、お前ほんとに何考えてんだ?」


ぐりぐり、と足先で黒い犬をいじりながらルカはこう言ったのだが、その問いも半分以上が単なる八つ当たりであった為に、答えも期待せずとりあえずレイラを弄くり倒すことに決めた。
端から見ると幼い子どもが犬と戯れているようにも見えなくはないのだが、肉体的には15の体なので…下手すると時々本当に首が締まっていたりして、若干レイラの動きが怪しいのだが、まあ、そこを気にするようなルカではない。
憂鬱と言うのか、頭の中がモヤモヤしてルカの機嫌は頗る悪かった。
だから、ぐりぐり、レイラに八つ当たる。
その感情にもっと明確な名前でも付けば良いのだろうが、いかんせんまだ生まれて5歳程度…しかもきちんと自我を持って目覚めてからは1年程度のルカでは、そう易々と分かるようなことではなかった。



(………あんなに辛そうだったのに、俺には頼ってくれなかった…。)


ぐるぐる思考が廻る度に、ルカは眉間に皺すらも寄せ始めるのだが、口を尖らせて拗ねたようにも見えるその姿に、レイラは気付かなかったことにしてやるぐらいしか出来なかった。
何を思っているのか、などレイラだけでなくそれはシオンも分かりきっていたことで、だからこそ好き勝手にしてやっているに過ぎない。

ファブレ公爵が、名を呼んだこと。
そのせいでぐらつき軽く恐慌状態に陥ったあの子どもを、宥め、落ち着かせることが出来るのは、シオン達の中では新顔のサフィールか、かろうじてシンクぐらいで、ルカやフローリアンではダメなのだ。
そしてあの時、あの場ではガイが適任であった。
ガイがダメだったとしても、次に適任であったのはジェイドで、自分ではない。
そのことを、ルカはきちんと分かっている。
分かっているからこそ、それでも、どうしても釈然としないのだ。



「……腹立つ」


ぽつりと呟いたかと思えば、その直後脳天にチョップを喰らったレイラとしてはさんざんなことだったのだが、しかし何か声を掛けるには、近付いて来る気配にそれも儘ならなかった。



「どうかなさったのですか?」


聞こえた知らない声に、咄嗟にルカは勢い良くその場から飛び退き、腰に差していた剣の束を握り締めた。
睨み付けるように見据えればそこにはこの国の…マルクトの軍人らしい姿があり、思わず顔をしかめるも警戒は決して解こうとしない。
飛び退いた拍子にうっかり蹴飛ばしたレイラは放置するとしても、相対した軍人の男は、放置なんか出来なかった。

銀の髪。
褐色の肌。


見たことのない組み合わせの色を持つ人間の、被験者の、同胞ではない、男。
驚いたように目を見張った、その瞳が何に気付いたのか。
そこを察することが出来ないほど、ルカは別に愚かではない。
嫌な程似通った被験者を、この男は知っているのだろう。
それが血のような色の髪をしたあの男か、あたたかな色の髪をしたあの優しい人かは分からないが、それにしたって厄介なことには、変わりない。



「……すみません、驚かせるつもりはなかったのですが…失礼しました」


ぺこりと頭を下げた男に、ルカは少しばかり呆気に取られながらも、それでも剣を握ったままどうにか睨み付けることが出来た。
礼儀正しいと言うのか…マルクトの軍人=あの眼鏡、と言う方程式が頭の中で成り立っていただけに、無意識の内に礼儀を尽くされていると認識出来なかったりしているのかもしれない。
それでもキムラスカやダアトの軍人よりは、ルカの中での認識はマシではあるが。


「……あんた、何者だ」


いつでも剣を抜くことは出来る姿勢を崩さないままルカはそう言ったのだが、それに対し気分を害した様子もなく、男は微笑んで、答えた。


「私はマルクト軍第二師団師団長、アスラン・フリングス少将と申します」
「少将…?マルクトの軍人が、俺に何の用だ」
「用、ですか?」
「……あんた、俺の顔を見て驚いたってことは知ってるんだろう?何が狙いだって聞いてんだっつーの」
「狙い、と言われるとあるとも言えますし、ないとも言えますが…そうですね、驚いたのは少々理由がありまして」
「理由…?」


訝しげに睨み付けながらもルカが問えば、困ったように笑って(……全く目は笑っていないが)アスラン・フリングスと名乗った軍人は、答えた。



「『ちょっくらルークの弟だって言うあいつらの新しい家族に会って来るわ!』と書き置きだけ残して出て行った皇帝陛下を連れ戻しに街へ出たら、私の方が先にルークさんの弟さんに会えてびっくりしたんですよ」


陛下を連れ戻したいので、お屋敷まで一緒に行ってもよろしいでしょうか?と言ったアスラン・フリングス少将の言葉に、家に帰ったら皇帝陛下が居んのかよ…!とルカは血の気が引いたのだが、家に帰ったら玄関が消し飛んでいるとは、この時はまだ思いもしていなかった。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -