シェリダンを襲撃した神託の盾騎士団の兵達を捕縛し、魔弾のリグレットとヴァン・グランツこそ逃がしたものの、住人を無事に守り抜いたことに歓声が上がったその場で、響き渡ったのはパンッ!と小気味良い誰かが叩かれた音だった。
一気に周りが静まり返り、雰囲気が凍り付いたのは言うまでもないことだろう。
集会所前に居たシンクも、この時ばかりは凄まじく本気で胃に穴が空くんじゃなかろうかと言うぐらい、冗談ではなく血の気が引いた。
寄り添うように居たレイラの存在が頭の中からマジで消え失せる程、ちょっと本当に泣きたくなっていた。



「−−−いい加減にしなさい。あなたは人をバカにでもしているんですか?」


結構な距離にまで響き渡った音に加えて、何だかちょっと灼熱の太陽でも凍り付かせるんじゃなかろうか、と現実逃避したくなるぐらいの、声色だった。
報告に来ていたセシル将軍でさえ、この光景に動くことが出来ないのは、多分叩かれた当人が甘んじたと言うことと、叩いた当人が、射殺さんばかりに憎悪を込めた目をしていたせいだろう。
一段落が付いたその時に、渾身の力を込めてシオンがファブレ公爵の頬を、叩いたのだ。
キムラスカ兵と白光騎士団が周りに居ろうと、殺気を消すことも、しないままに。



「今この場であなたが彼に行ったことを全て暴露しても構わないんですよ?大体僕は言いましたよね?あなたと彼を会わすつもりはない、と。あなたはそんなに彼を追い詰めたいのです?傷付ける傷付けて、そして自分の勝手で求めるんですか?……都合良く振り回すのも大概にしなさい」
「…………」
「今更なぜその名で呼んだ!!あなたが捨てさせた癖に!あなたがその名を許さなかった癖に!あなたは与えさえもしなかった癖に!!どこまでバカにすれば気が済むんだ!」
「…………」
「あなたの居た位置からならさぞ見えたでしょうね?彼の怯えたあの顔が!!」


胸ぐらこそ掴み上げることは出来なかったが、一方的に罵倒するシオンに、けれど公爵は否定することも何もしなかった。
黙って、聞いている。
目も背けぬままに。
痛いだろうに、突き刺さるばかりの言葉を、止めようとはしなかった。


「……シオン、あんた…もうやめなよ」


そんな言葉を吐き捨てても、他ならぬ彼が望まないと。
そう込めて止めに入ったシンクに、シオンは一度ギュッと拳を握り締めてから、サッと踵を返した。
ここに留まる理由はもうないと分かってはいるのだろう。
意味のないことだったとシオンもきちんと理解してはいるのだ。ただ、感情を押し殺せなかっただけ、で。


「クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ。あなたに親である資格なんてとっくにありません。今更足掻くのはやめなさい。とても醜悪です。−−−見苦しい」


吐き捨てるように言い切ったその言葉に、シンクは黙って先を行くシオンを追い掛けようとしたのだが、


「…それでも、私は諦めない。許されないと知っていても、許されることでないと分かっていても……私はあの子たちの父親で在りたいと、そう誓ったのだから」


目を逸らさずに真っ直ぐ見据えて言った公爵の、クリムゾンの言葉に、シンクは思うところは多々あったが、機嫌が一気に急降下したシオンに黙って着いて行くことしか、出来なかった。












「実はですね、アリエッタは公爵とセシル将軍がバチカルを離れている間、ファブレ邸の警護にお友達と一緒に雇われている形になってたんですよ。そろそろ彼らもバチカルに帰ると思うので、それまでは合流出来そうにないですね」
「お、そりゃあいいアイデアだなぁ。アリィとアリィのお友達を雇ったなら思う存分お前らを愛でれそうだ。と言うわけで次は宮殿の警護でもしてみないか?」
「陛下相手にならいくら積まれても生理的に嫌ですね」


にっこり笑んで言ったシオンの言葉に、「そりゃ酷い言い種だな」とカラカラと笑えたピオニーの神経がとりあえずシンクには全く理解出来ないことだった。シェリダンの件があってからと言うもの、絶賛機嫌が最高に悪いシオンに、こんな反応が出来るのはピオニーぐらいなだけであろう。
シュウ医師が居るからとルークも診てもらおうと言うことで現在ピオニーの膝には代わりでフローリアンが居座っているのだが、危なかっしい手付きでケーキなんか食べているのだから、気が気でないのはシンクだけだった。
放置を決め込んだジェイドは診察に立ち会いに行ってこの場にはいない。
更にルークを抱き抱えてガイが席を外しており、ティアの様子を見に行くと言う面目でナタリアとついでにアッシュも席を外しているのだから、何とも言えないメンバーしか残っていなかった。
無の境地に達しているアニスに助け舟を求めたいシンクだったが、凄まじい勢いで顔を背けられたので諦めた。
窓ガラス越しに不気味な笑みを浮かべてアニスを凝視しているシオンにこそ顔を背けるべきだとシンクは思うが…出来る限り気付かないままでいた方が幸せな気もする。軽くホラー。



「そう言えばルカ、だったか?新しい家族は。こっちに来てるって聞いたから楽しみにしてたんだが、どこか出掛けてるのか?」


わしゃわしゃとフローリアンの頭を撫でつつ、生クリームを服に付けられているのも気にも止めずにそう聞いたピオニーの言葉に、地味にアニスに対し嫌がらせをしていたシオンが一旦中止してピオニーと向き合った。
硬直したアニスは気付いてしまったのだろう。悲鳴を上げなかっただけシオンの癇に障ることはなかったのだが、ピオニーが居合わせている時点で意味はあんまりなかったようにシンクとイオンは思った。
誰でもいいから、こっちに戻って来て下さい。


「あなたに僕らの家族を紹介する気はなかったんですけどね…ルカなら街に出てます。少し考えたいと言って」
「1人で出歩かせてるのか?」
「まさか、バカ犬が着いてますよ。危なかっし過ぎてグランコクマを1人で出歩かせれる筈がありません」


マルクト側を一切信用していないとばかりのシオンの発言に、シンクは血の気が引く思いをしたのだが、そのマルクトの皇帝陛下は笑うばかりだったから、もう気にしないことにするぐらいしかなかった。




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