その瞬間に泣き出さなかったのが、唯一の救いだと、自分で自分を誤魔化した。
そうでも思わないと、耐えきれなかった。




「酷い顔をしていますよ、アニース」
「大佐…」


どれくらいそうして呆然としていたのか分からないけれど、薄暗くなってしまった廊下。さ迷うままに歩いていれば、不意にそう声を掛けられ、ゆっくりと振り返ればそこにあの青い軍服が見えて、アニスはそこで初めてほっと息を吐くことが出来ていた。
意地悪く笑って近付いて来るマルクトの軍人に、あのダアトの胡散臭い科学者の言葉が過ぎって、纏わりついて、離れてくれない。
明日は大切な、失敗の許されない作戦があると分かっているのに、これでは夜眠れそうになくて…無理やり『いつも』に戻そうとしたのに、どうしても上手くいかなかった。


はぅあ!大佐ってばかわい〜いアニスちゃんを待ち伏せなんかしてたんですか?!


そう言えれば、それで済む筈の話だ。
それなのに、出来ない。

言葉が、出ない。




「イオン様の元に居なくても、よろしいのですか?」
「ぇ、あ…イオン様…は、シンク参謀総長とディスト響士が引き受けて下さって…その…」
「やれやれ、2人共『元』が付くでしょうに。まあ、大丈夫だとは思いますけどね。それでアニス。あの洟垂れに、何と言われて来たのですか?」


薄ら寒いような笑みを浮かべて問う軍人に、ジェイドの姿に、アニスは碌に目も合わせれぬまま、ゆっくりと口を開くしか、術はなかった。


「…私も、あなたと同じ結論だと。そう伝えてくれって、ディストが…」
「……そうですか」
「嘘ですよね…っ!大佐ぁ…っ!!」
「ここで私が否定したところで、あなたの慰めにもなりませんよ」
「−−−っ!!」
「今日はもうお休みなさい、アニス」


突き放されるように言われたその言葉に、アニスは愕然と目を見張ったまま、そうしてその瞳に涙を浮かべていても、何も言える筈もなかった。

泣いてはダメだと、自分に言い聞かす。
けれど体の震えはどうしても止められる筈もなくて、ただ、立ち尽くすばかりだった。



『みんなの幸せを、願ってるからかな』


頭の中で、かつて聞いた言葉が、こだまする。
あなたの幸せは、どこだ。



















「今の今までバックレていた馬鹿犬の毛皮を剥ぐ時間でーす。今回はバリカンなどと言う文明の利器はないので、潔くハサミでいざ☆毛狩りターイ、」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよシオン!!無理だから無茶だから!ハサミ振り回すな大体騒がしくしたらルーク達が起きるだろ?!」
「嫌ですね、シンク。あなたの方が十分五月蝿いじゃないですか」
「誰のせいだと思ってんのさ!」
「さあ?妖精さん?」
「んなわけあるか!!」


ドンガラガッシャーン!と。 別に卓袱台でもひっくり返した分けではないからそんな音はしなかったと言えばしなかったのだが、大体それに匹敵するようなけたたましい音が響き渡ったことには響き渡った、そんな夜の話だった。
ノエルをドックへと送り届け、シンクが迎えに行きゆっくり歩いて帰ろうと思えば宿屋の前でまさかの駄犬発見→即捕獲と言う仕様もない展開があの後繰り広げられるとは流石に誰も思っていなくて、部屋に戻りルークとフローリアン、そしてルカの3人が眠ってしまうまでのあの間の妙な空気が、正直居たたまれなくてシンクは何度部屋を出たくなったか片手じゃ数え切れやしない。
何でか知らないか今日は久しぶりに会えたルークに甘えるらしく、ちゃっかり一緒のベッドに入り込んで眠るイオンの姿もあったから、シンクは何だか頗るもうどうでもいいような感じもしないこともなかった。
と言うかこの騒ぎの中で眠ったままなのはどうかと思う。
ルークとイオンはまだしも、ルカぐらいは起きても…ああ、全員変わらないぐらい、子どもだったか。


「まあレイラはとりあえず一旦置いといてさ、アリエッタはまだなの?シオン」


仮にも音素の意識集合体の毛皮は剥げんだろうと考えてシンクは言ったのだが、今でも無言を貫くレイラにとりあえずボディに一発決め込んでやりたかったらしく、腹に拳を容赦なく繰り出してからでしか、シオンは口を開かなかった。


「ええ…思っていたよりもずっと帰って来るのが遅いようですね。アリエッタに危害を与えるのなら地図上からバチカルが消えると念を押したのですが…」
「あんた本当に世界征服でもするの?」
「何を言ってるんですか、シンク。それは最終目的ですよ」
「ごめん、僕が悪かった」
「世界の頂点に立ちたいと言うのは、男だったら誰だって一度は考えることでしょう?」
「似たような地位に立ったことあるんだからマジで止めてよ満足してよ頼むからさぁ…!」


必死に懇願したシンクのことなど何のその。
にっこり笑んだままシオンが楽しそうにレイラをど突いていて、他人事ではないサフィールは血の気が引く思いをしたのだが、まあどうにか喚くこともせずやり過ごした。
頭に過ぎる嫌な記憶があり過ぎて、何だかもう立ち尽くすしか出来やしない。
レイラをど突いてるシオンは超笑顔だった。
碌なことにならないと分かるだけ、シンクはもう泣き出したくなった。



「アリエッタの現状、キムラスカの答え、髭の動向。そしてオカメインコ達が居ると分かっていて何も言わずバックレた理由も洗いざらい全部話してくれるんですよね、レ・イ・ラ?」



こんな作戦前の夜は嫌だなぁ、とシンクは思ったが、輝かしいばかりのシオンの笑顔と、完全服従の証か寝転がって腹を見せるレイラに何も言えず、思わず目頭を押さえるばかりだった。






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