「焼き餅を焼くのはお好きになさって構いませんが、彼らがあなたの思っている形にはなりませんよ」
「……今の僕の気分はダーツです。あなたを的に音叉でやっても構いませんか?」
「お願いですから最後までお聞きなさい!」
「簡潔に言・え」
「怖いですよ!」
「では、どうぞ」
「……彼は知っているからです。自分が、もう長くはないのだと」


告げられたその言葉に、シオンが壁に突き刺さった音叉を引き抜き、医師として連れて来た男の首筋に突き付けたのはあまりにも一瞬のことで、シンクが止めれるような隙も与えてはくれなかった。
「シオン!」と名を叫ぶことも許されない。
手を伸ばすことさえも出来ないぐらい、そこに込められた感情は、ただ。


「言ったのか?!彼に、医師であるお前が、口にしたと言うのか!!」
「馬鹿なことは言わないで下さいよ!私が言う筈がないでしょう!」
「ならどういうことだ…っ言え。説明しろ。ふざけていると判断したらその目をまず潰す」
「話がしたいのならまずあなたが落ち着きなさい!…弟達が怯えていますよ。あなたが困らせて、どうするのですか」


淡々と。
あくまでも冷静に返すサフィールに、シオンはその顔をぶん殴りたいとまで思ったが、どうにか手は出さないでおいた。
突き付けた音叉をゆっくり、下ろす。
シンクとイオンが戸惑っているのは分かっていた。
それと同時に、フローリアンとルカが居なくて、良かった、とも。


「…人間とは、不思議なものです。いえ、生きているものは、と言い換えても良いのかもしれません。医師よりもずっと、自分の命の終わりと言うものを、当人がきちんと知っています。誓って私は何も言わなかった。たとえ、このままでは1年保つかどうかも怪しくても、私は口にはしなかった。けれど、きっと彼は分かっているのでしょう。明確に口にされなくても、知ってしまった。これで猫みたいな真似でもされたら、堪ったものじゃありませんよ」


どこか自嘲気味に放ったサフィールの言葉に、シオンが手を振り上げたのと、部屋の扉が開いたのは、きっと同時だった。
パンッ!と叩かれた音と同じに、ゆっくりと、軋んだ音を立てて扉が開く。
そういえば部屋の外に立ってたな、と気付けたのはシンクぐらいだったが、彼もまたどこか呆然としてしまっている部分もあって、碌な対応が出来そうになかった。


「それ…本当のことなんです、か…?」


胸元を握り締めて、震える声で聞いたのは、小さな黒髪の導師守護役だった。
息を切らしたシオンは、叩いたと言うのにちっとも動じないサフィールに苛つきを隠さず、少女のことなど相手にもしないが、ここには少女の名を呼ぶ存在が、居合わせてしまっていて。

それは、少女を無視出来ないことに、繋がって。




「−−−貴女はそれを聞いて、どうなさるつもりですか」



落ち着いた声の出せる彼の主治医だけが、『大人』だったのだ。
















「すみません、ルークさん。こんな荷物持たせてしまって」


申し訳なさそうに言うノエルに、何かの資料らしい紙の束を腕に抱えたルークは、気にすることではないと言う代わりに、笑って首を横に振っていた。
大量の荷物を粗方持って先に行ってしまったルカとフローリアンは、それでもきちんと見えなくなるまでは離れてはいなくて、ちらつく朱と緑が気になりつつも、ルークはゆっくりと、足を前へ進めていく。
日が暮れきってしまう前にノエルを彼女の祖父達が集まっている飛空挺のドックへと連れて行かなくてはいけないのだが、少しだけ歩みを遅くしたい気持ちもあって、ルークはちょっとだけ困っていたりもした。

だからと言って早く歩くには、無理なんだとは、分かっているのだけれど。



「ルークさん、本当に車椅子使っていなくても、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。ここに来たばかりは、アリエッタのお友達に乗せてもらった直後で少し疲れてただけで、そんなに心配する必要はないんだ。シオン達が、過保護なだけで」
「シオンさん達、本当にルークさんのことが大好きですからね。バチカルに皆さんをアルビオールで運んだ時、いっぱい話してくれました。フローリアンもルカさんも、ルークさんの自慢ばかりだったんですよ?」


くすくすと小さく笑って言ったノエルの言葉に、思ってもいなかった内容過ぎてルークが顔を真っ赤にして慌てふためいたが、やがて諦め、困ったように笑ってみせた。
紙の束を両の手に抱えるルークの、その手首の白さと細さに、ノエルは言いたいこと。気になることは確かにあったけれど、口には出さないでおくことにする。
出歩かせていいのか、ノエルは正直不安で仕方なかったのだが、ダメだと判断されているのならばルカとフローリアンも居合わせるこの状況は有り得ないとは分かっていたので、何も言わなかった。
言えなかった、と言う方がむしろ正しいのかもしれないが、そこはあまり、考えはしない。
考えていい、時ではない。



「明日が作戦の日だってな」
「はい。お爺ちゃん達も、明日の為に凄く頑張ってて…私も明日は、皆さんの為にしっかり頑張らせてもらいます」
「アルビオールの操縦?」
「はい。アルビオール2号機のパイロットは、私なので。あ、そう言えばルークさんはまだ、アルビオールに乗ったことはありませんよね?」
「え?あ、うん。そうだけど」
「明日が終わったら、シオンさん達ともみんなで、アルビオールに乗ってみませんか?とっても気持ちいいですよ。人が鳥に憧れるの、アルビオールに乗ると私、よく分かって…」


言いながら、途中でノエルは「私、なに言ってんだろ…!」と恥ずかしくなって俯いてしまいそうになったのだが、穏やかにルークが微笑んでいるのが分かるから、それ以上は動揺しなかった。
出来なかった、と言った方が正しいのかもしれないけれど。
ルークは微笑む。
穏やかさは、何に似ているのだろう。



「きっと、そういう気持ちを持った人がたくさん集まって、そうしてアルビオールを作ったんだろうな。人は、空を飛んでみたいと願うから。あの鳥に、憧れるから」




(その鳥も行けぬ地へ、あなたはいってしまうのか。)




「待ってるね、ノエル。アルビオールに乗るの、楽しみにしてるから」



笑って言ってくれたその言葉に、泣きたくなるような約束は、初めてだった。





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