喧嘩を売った、と言うよりは売られた喧嘩にがっつり乗ってみせた、が正しいような。
アッシュの言葉に、もう我慢ならんと言い放ったルカに対し、実に楽しいとばかりにいい笑顔を浮かべたまま、シオンは別に止めようともしなかった。
にっこり笑顔を浮かべてアリエッタに手の動きだけでルークの耳を塞いでいた手を離すように指示を出し、のんびりと似通ってんだか似通ってないんだか分からない赤毛2人を眺めることにする。
相手がシオンでなくなった。
たったそれだけのことで幾分か和らいだ場の雰囲気に、シンクは溜め息を吐きたくなったのをどうにか、堪える。
その認識は、まだちょっと甘い。


「誰が臆病者だ!この屑が!俺はレプリカが居たから帰れなかった!俺の居場所を、こいつが奪ったんだ!!それのどこが違う!」
「全部じゃボケ!!レプリカは元の『ルーク』の記憶がないってのに、居場所なんか奪えれる筈がねぇっつーの!大体お前が名乗り出ればそれで済んだ話だろーが!そうすりゃあのおっさんだってすぐに認めたんじゃねーのかよ!」
「お、おっさん?!」
「あ?ああ…何って言ったっけ…あの、年のせいか額が禿げ上がってきてる、お前の親父さん」


あっさりと言ってしまったルカの言葉に、これにはルークもシオンも、その場に居合わせた全員の目が点になった。
視線が即座にシオンに集中するが、こればかりはその認識をシオンが植え付けたわけではないので、もうなんかどうしようも出来なくなる。
ナタリアの顔色は悪かった。
きっとこの場にガイが居合わせていたのなら、彼の顔色もきっと悪かった。

密かにメイドや執事が気に掛けているキムラスカ王家の毛髪事情は、既に暗黙の了解の域にまで達している。
誰か良い育毛剤をこっそり贈って下さい。


「レプリカァアアア!!てめぇ!父上を侮辱する気か!!」
「うっせぇなぁ…侮辱も何も事実だろーが。言っとくが他人事でもねーんだぞ?被験者サマ。お前の生え際も鏡で確認して来いボケ」
「だったらてめぇも他人事じゃねぇだろが、レプリカ。全部自分に返って来るぞ」
「サフィールに頼むからいいっつーの。俺まだ15だし?髪上げてハゲ…じゃない生え際強調するようなことしてないし」
「−−−っ!!」
「デコに肉って書いて前髪下ろす理由作ってやろーか?被験者サ・マ?」


プツン、と。
お互いに限界が来たのはまさにその瞬間のことだった。

ぶっ殺す!くたばれレプリカァアアア!!
やれるもんならやってみろハゲ!デコッパチ被験者!オリジナルハゲ!!

と、子どもでもやらないだろう言い合いをして、挙げ句取っ組み合いの喧嘩に発展などしたものだから、これにはシオンが腹を抱えて笑った。笑い過ぎて呼吸困難になっても構わない程、声を上げてまで、笑っていた。
シェリダンの一角で何してんだか、とかオリジナルハゲってなんだよ、とか思ったシンクは別に悪くない。ついでに頭が痛くなるような気分になったのも、わりと正しい反応と言えるだろう。
剣を抜けばそれで済んだだろうに、わざわざ拳で相手するアッシュに、ジェイドは彼もまた薄々自覚はして来ているんだろうな、と思ったが、特に何も言わなかった。
一番間違っている事実を、言いたいだろうに当人の意志を汲んでルカが口を噤んだのだ。
ならば此方としても、下手なことは言えないだろう。



「それで、カーティス大佐。あなた方はシェリダンに何をしに来たのですか?」


仕様もない子ども2人の取っ組み合いは放置し、わりと気が済んだらしく幾分か落ち着いたシオンの言葉に、ジェイドは殴り合いの喧嘩から視線をずらして、似非導師を見下ろした。
身長差がある筈なのにむしろ見下されている気がするのは不思議でならなかったが、まあそこは気にしないことにする。


「外郭大地を降下させるにあたって、魔界の液状化をどうにかする必要がありましてね。原因でもある地核の振動を止めるべく、シェリダンとベルケンドの方々に協力してもらっているのですよ。地核振動停止作戦と言いまして、振動数を測る必要があり、タタル渓谷へパッセージリングの操作を終えた後、こうしてシェリダンへ戻って来たわけですが」
「タイミング悪く僕らと鉢合わせしてしまった、と。それはそれは余計な時間を掛けてしまいましたね。お忙しいのなら僕らのことなど構わずに行って下さっても構いませんでしたのに」


にっこり笑顔でよくもまあいけしゃあしゃあとそんな嘘が吐けるもんだ、とマルクトの似非笑顔VSダアトの似非笑顔のやり取りを、シンクは一歩どころか限界にまで下がってみていたのだが、ふと、車椅子に乗っていたルークが少しだけ俯いていたことに気付き、おや?と首を傾げた。
寂しそうな、とでも言えばいいのだろうか。
伏せた翡翠の瞳が何を映しているのかシンクには分からないが、膝に乗って、ルークの顔を下から見上げている小さな獣は、か細い声で一度鳴いていた。


「…ルーク?どうかしたの?」


周りには気が付かれたくないことかもしれないので、小さな声でシンクが聞けば、俯いていたルークはそこで初めて誰かに見られていたことに気付き、弾かれるように顔を上げたあと、どこか困っているような笑顔を見せた。
カーディガンだけでなくいつの間にやら隙間が出来ないよう毛布を押し込んで行ったらしい某使用人に思ったところは多々あるが、まあ仕様もないことは意識の内から取っ払って、シンクはルークと向き合うことにする。不安そうに見上げてくるアリエッタも居てもおかしくなかったのだが、ネクロマンサー相手にシオンだけと言うのが絶対に嫌だったらしく、ルークの側は任せてシオンの隣に行ったと言うのが、彼女らしくもあった。
ルカは未だにアッシュと殴り合いの喧嘩をしている。
平気で痣ぐらいなら出来るぐらい殴りかかっているから、2人共結構酷いことになっているのだけれど、そんな2人を眺めて、小さな声で、ルークは言った。



「羨ましいなぁ…って、思って」



それはまるで、兄弟喧嘩のようだったから。






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