「あなた達、今の世界の状況を分かっていてそんなことを言っているの?!非常識にも程があるわ!」
「そうです!そんなふざけたことをしている場合ではありませんわ!!このままでは世界が滅びてしまうかもしれませんのよ!」


キャンキャンとダブルで喚き声が上がったその瞬間、ぱっと見は凄く穏やか笑顔を浮かべているシオンから、凄まじい勢いで口にするのも憚れるような言葉が副音声で聞こえたような気がし、シンクは即座にルークの耳を塞ぎ、アニスは顔を背けジェイドは青空を仰いだ。
悪鬼でも背負っているんじゃなかろうかと言うそのいい笑顔でどす黒いオーラを放つ似非導師に、偶々近くにあった店の店員は瞬く間にシャッターを下ろしベッドに駆け込んで布団を被って震える羽目になった。その判断は間違ってはいないが、締め出しを喰らった客が哀れでもある。一番可哀想なのは誰かなんてそんな問いは割愛しよう。全員可哀想。

オンオフの切り替えが激しいシオンの笑みに、これには言い放ったティアとナタリアの顔は青褪め、巻き込まれたアッシュは顔面蒼白を通り越して、もはやその顔色は白くもあった。
なかなかお目に掛かれない鮮血のアッシュともあろう姿を前に、音叉をへし折ったシオンは超笑顔である。
木製ですか?いいえ、音叉は鉄製です。



「まさか貴女のような人間に非常識と言われるとは思っていませんでしたよ。ND2018、レムデーカン レム 23の日に公爵家で何があったか、まさか覚えてないわけではないでしょうに」


鼻で笑って言ったシオンの言葉に、これにはティアも何も言えずに、ただただ顔を青褪めて俯くばかりだった。
よくもまあ日付まで把握していたもんだと、ジェイドなんかは空を仰いだまま思っていたりするのだが、今ここで振り返ったりなんかしたら、全員無能な非常識人間の集まりだボケぐらい言われ兼ねない予感がしたので、振り返ることはしない。
ティアが即座に心をべっきり折られたことにより、引っ込みが付かなくなったのはナタリアの方だった。
本当に追い込まれたらアッシュが庇おうとするだろうが、シオン相手にアッシュが参戦したところで旗色は悪くなるばかりだろう。
シャーベット視察!と言って無邪気に駆け出して言ったフローリアンは大物だとアニスとジェイドは思った。
イオンは連れて行くなよと思ったが、言えるわけもなかった。


「世界が滅びてしまうかもしれない。ああ、確かにそれは僕らも知っていますよ?ですが劣化したレプリカより被験者様達の方がしっかり出来るのでしょう?まさか出来ない筈はありませんよね?あなた方は被験者なんですから」


いや、言ってる当人も被験者だろうが!とは誰しも思ったが、まさか口に出来る筈もなかった。え、あなたって確か被験者イオ…いや、何でもないです。とまあこんな風になるのは目に見えているし、しかしじわじわと追い込んでいくものだから、ますますナタリアは二進も三進もどうしようも出来なくなる。
青褪めて少しずつ足を引いている幼馴染み(仮)の姿を前に、ルークは耳を塞いでいるシンクに「離してくれないか?」と訴えたが、シンクが離した瞬間アリエッタが耳を塞いだので、諦めた。
多分アリエッタに訴えたところで、次はルカが耳を塞ぐのだろう。抜群のコンビネーションに、喜んでいいのか悪いのか、ちょっと複雑なところである。



「で、ですが…協力して下さっても良いので、は…」


しどろもどろになりながらも、それでもどうにか口を開いたナタリアに、アニスは心の中で拍手を送ったが、現実では目も合わせはしなかった。
後ろはそろそろ壁になりつつあるが、今にも似非導師の音叉が眼前に突き付けられそうで、心の底から本当に怖い。
もうなんかどこぞの髭よりも目の前の少年の方が世界をどうにでも変えられるような気がしてならなかった。
余談だが、いち早く似非導師の不機嫌さに気が付いたサフィールは、シャーベット視察に逃げようとしてどこからか飛んで来た真っ二つに折れた音叉を後頭部に思いっきり喰らい、地面とお友達になっていました。
ルークが見ていない一瞬で行い、ライガで隠した似非導師、今回は本当に機嫌が悪いらしい。



「協力、ですか?アグゼリュスの民を無事に避難させルグニカの大地の崩落を防ぎ、戦争も回避した僕らにまた更に協力を要請するとでも?馬鹿も休み休み言いなさないな。預言すら覆してみせたと言うのに、これ以上何を望むつもりです」
「預言を覆したなんて、レプリカは人の居場所を奪っただけだろうが…っ!」


うわぉ、苦し紛れとは言えそれ言っちゃうんだ!とシンクはこれでもかと言う程冷や汗を掻き、アニスは「いけない!イオン様!」とわざとらしく言って、そこから普段なかなか目にしない速さで駆け出し、一瞬でその姿は見えなくなっていた。
普通にバックレました。
ちゃっかりしてんな、とシンクはその潔い逃げっぷりに感心したのだが、入れ替わるように隣に立っていたジェイドの姿に心臓が止まるところだと思った。
驚いたように目を見張っているミュウと対照的に、気付いてもいないルークにはついつい呆れてしまうしかない。
もう誰でもいいからこの空気をどうにかしてくれ、とシンクは現実逃避で青い空を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。本来の目的が、何一つ達成出来ていない。
このままアッシュがシオンにボロクソに言いたい放題言われる哀れな、そして自業自得でしかないやり取りを見なければならないのかとシンクだけでなくジェイドも密かに思っていたのだ、が。



「レプリカレプリカうるっせぇなぁ…取り返しにも行かなかった臆病者が、今更ゴチャゴチャ喚いてんじゃねぇっつーの!」


ある意味その通りのことを言った朱色の姿に、まさかシオンより先にルカがブチ切れるとは、思ってもいませんでした。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -