必死になって涙を堪えながら言った彼の言葉に、ルークは一度だけ目を伏せたあと、穏やかに笑んで、答えた。

無理やりにでも病院に雁字搦めに縛り付けて、少しでもあなたに長く生きて欲しいと願うけれど、あなた自身は何をしたいですか?と。

選択肢だって本当は与えたくなかったろうに。無理やりにでも自分自身を納得させて言った、その、問に。

それはきっと残酷だろう答えになるとはきちんと分かっていたけれど、どうしても、願いたかったのだ。

ごめん、と心の中で謝って。

負担を掛けることになると分かっていても、これだけ、は。



「みんなと一緒に、いろんなところを見て回りたいかな」



世界中、旅をしよう?

いつか、あたたかな時が確かにあったのだと、みんなの心に、残るように。














トンテンカン、と。
どこからか、と言うよりは街中から聞こえてくる何かを造る物音に、相変わらずこの街は賑やかだなぁ、なんて思いつつ、久しぶり訪れたシェリダンの街で、シンクはぼんやりと集会所の…よく分からない歯車を見ながら、今日も今日とて現実逃避に精を出していた。
と、まあこの言い回しではおかしな部分も確かにあるが、シンクとしてはあながち間違ってもいないので、どうしたもんかとフローリアンの首根っこを掴みつつ、アリエッタに車椅子を支えさせつつ、青空でも仰いでいるぐらいしか他にすることはありゃしない。
タイミングが悪かったのかな?と疑問に思うのは自由だったが、現状を把握しようと試みる気も起きず、視界に紅やら金色やらが見える度に、げんなりと溜め息でも吐きたくなった。

ここで鉢合わせかよ、バカヤロー。




「な、なんで貴様らがここに居やがるんだ…!」


集会所の前で呑気に次はどの店でお買い物しましょうか?と上機嫌で話していたシオンの機嫌が、一気に最低レベルにまで落下した、まさにその瞬間のことだった。
怒鳴り散らすと言うよりは純粋に驚いただろうアッシュの言葉に、しかしアニスなんかは「よくもその一言が言えたなオカメインコ…!」と既に顔面蒼白だったりするのだが、分かっていないお姫様とユリア式封咒解除係は困惑どころか厭そうに顔をしかめたので、益々シオンの機嫌がマッハで下って行く。
五月蝿く喚き散らすかと傍観に徹したシンクなんかそんなことを考えていたのだが、アッシュが気付くよりも早く、某主至上主義な使用人がその足の速さを生かして「ルゥクゥウウウ!!」と街の入り口から瞬間移動でもしたんじゃなかろうかと言うスピードで迫って間髪入れず音叉の餌食になったものだから、誰も何も言えなかっただけに過ぎなかった。
また良い音を響かせて壁にめり込んだ使用人は、正直気持ち悪い。
いっそ息の根でも止めてやろうかと音叉を突き刺さらんばかりにぶん投げた似非導師の姿に、サフィールが泣き出しそうな顔をしてアリエッタに宥められていたのは…割に普段と変わらぬ光景だったので、ルカもシンクもツッコミはしなかった。
これにはルークも困ったように笑うしかない。
サフィールお手製のよく分からない譜業が内蔵された車椅子に座るルークの、その膝に掛けられた薄手の毛布の上で一部始終を見ていたミュウでさえ「みゅぅう〜、ガイさん気色悪いですの〜…」と鳴いていた。
あのお兄さんのシャーベットがまた食べたいなぁ、と呟いたフローリアンに関しては、最早ツッコミ切れないと思った。



「おやおや、おかしなことを言いますね?オカメインコさん。僕らがどこに居ようと僕らの勝手でしょう。それともこの街はあなたの許可が無ければ入ってはいけないとそんな決まりでもあるのですか?それはそれは知りませんでした。そんな方法を取らせているとしたら、キムラスカはお先真っ暗ですね。そのうち通行料でも取るんです?」


にっこり笑ってがっつり精神的に追い討ちを掛けにかかったシオンの言葉に、これまでのことが一気にフラッシュバックしたのか、流石にアッシュも顔を押し黙り、ジェイドなんかは壁にめり込んだ使用人を外壁の一部と言うことにし、現実逃避としてシェリダンの街並みを眺めていた。
気持ちは分からんでもないが、いい加減戻って来いよとシンクは睨み付けたりするも、自分のことは完全に棚上げだったりする。
この空気を一切読まずに嬉しそうに駆け寄って来たイオンが、いろんな意味で凄かった。


「それにしても、シンク達はシェリダンにどうして来たの?あ、もしかしてあの作戦の話でも聞いた?」


イオンがルークに駆け寄ってしまった為に、着いて行かざるを得なくなったアニスが小さな声でまずシンクにそう聞いた。
ここでいきなりルークに聞いたらシオンのにっこり笑顔+素晴らしい毒舌の標的になると判断した辺り、割とまともな危機察知能力ぐらいはあるのかと密かにシンクは感心したが、残念ながら今度はアリエッタの機嫌が悪くなったので、これはどうしようもないな、と他人事のように思いつつ、とりあえず答えぐらいは返してやる。


「いや、何も聞いてないけど。シェリダンにはアルビオールの操縦士に用があったのと、ルカとフローリアンが音機関に興味持ったから寄っただけ」
「なら、どこか別のところ行く途中だったってこと?」
「当初の目的はセントビナーの薬膳とか飲茶だったからね。でもいまあそこは魔界にあるし、エンゲーブにしたって同じ理由で無理でしょ?だったらグランコクマにでも行こっかって話になって、途中でそういえばシェリダンに美味しい定食あるって話が出たから」


だから寄ってみたんだけど、ちょっとタイミング悪かったみたいだね。と、平然と言ってしまえるシンクの言葉に、アニスは頭を抱えて蹲りたくもなったのだが、どうにか堪えた。
復活したらしい某使用人がいつの間にやら甲斐甲斐しくルークにカーディガンを着せ、イオンにも同じものを着せたり何かしているから、アニスは素で「うわ、キモッ!」と叫び掛けたのだが、イオンの体に気を配らなければなかったのは事実であるし、そんなことよりもフローリアンにねだられて泣く泣くシャーベットを作りに行ったその背に、何も言うまいと視線を逸らしてやる。
なかなかに嫌な予感ばかりがする現状に、アニスは腹黒さが滲み出ているようなシオンの矛先がこちらに向かないようにと願いつつ、「……シンク達っていま、何してるの?」と旅の目的でも聞こうと口にしたのだが、まさかそれを後悔する羽目になるとは、思いもしなかった。



「オールドラント、グルメツアーだけど」



ぶらり気の向くまま、食べ歩きの旅とも言うけどね、と。
その場に居た全員に聞こえてしまったその言葉に、街中に響き渡るかのような頓狂な声が上がったのは、言うまでもなかった。



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