現れた使用人Aと朱色の髪をした少年に抱き着かれている現状と、そうして今現在の自分自身の格好にシンクは叫び出さなかったことが不思議なくらい、愕然としていた。
ぽかん、と開いたままの口はそのままに、これは相当間抜けな顔をしていると自覚はあるが、もうどうしようもない。

自分はいま、メイドと呼ばれる者の格好をしていた。

「なんだルーク、寝ぼけて抱き着いてんのか?」と後ろから若い男の明るい声が聞こえる。
ルークと呼ばれた少年は、肩口からその若い男を見ているようで、ギュッと握る手を更に強くしたのが、感覚でわかった。


「ガイ、俺今日はこいつとご飯食べるから」
「ん?ああ、わかった。でも珍しいな、ルーク。メイドと一緒に食べるなんて初めてじゃないか?」
「ガイ!」
「わかったわかったって。そう怒るなよ、ルーク。じゃあ食事を持って来るから、その子の手を離してくれないか?俺一人で二人分は流石にキツくてね」


当人の意見などお構い無しに話がトントン拍子に進んでいくなか、シンクは呆然と聞いていたのだが、ルークと呼ばれた少年が「わかった」と言って手を離したその瞬間、やっと我に返ったけれどもう遅かった。
ガイと呼ばれた青年が「着いて来て」と言うから、立ち止まっているわけにも行かず、朱色の髪をした少年の部屋から一歩、外へ踏み出す。
目の前に広がったのは、馬鹿みたいに開けた中庭と、使用人が何人も居る屋敷だった。
至るところがいちいち凝った作りをされていて、豪華な、豪勢なそれらは、知識の上でしかない貴族と言うものを彷彿とさせる。
広い廊下を進みながらそんなことを考えていれば、何人か騎士と思われる人間ともすれ違って、その度にバレやしないかとシンクは気が気ではなかった。
無理があるだろ馬鹿ローレライ!と心の中でまるで呪詛のようにぶつくさ思っていれば、ふと気付く。
窓に映った自分の姿が、全くの別人になっていることに。
切り揃えられた茶色の髪、明らかに女性の体となっているのに、全く違和感はない事実。
顔も自分とは違っていて、ただ唯一、目の色だけは緑色のままだったからおや?と首を傾げるも、答えなんてわかりやしない。


「はい、ルーク様の分は俺が持つから、君は自分の分な」


言って、食事の乗ったトレーを渡して来た青年に、「ああ他の使用人達がいる場は流石にルーク『様』って呼ぶのか」と失礼でしかないことをどこかで思いながら、シンクは大人しくそれを受け取り、再び歩いて着いて行くことにした。
こんな広い屋敷の中、置いて行かれたら洒落にならないと進めば、ふと青年が口を開く。


「そういえば君は初めてみるな。新人かい?」
「ぇ、あ、はい…?」
「はは、そんなに緊張しなくても大丈夫さ。むしろ新人でルークに好かれたのは、誇っていい。ちょっと気難しくてな、こういうの珍しいんだ」


笑って言う青年に、いや別に新人なわけでもむしろメイドとしてなら性別おかしいんだけどつーかマジで一回くたばれよローレライ、と絶賛大混乱中な頭でシンクは考えていたが、どうやら無意識の内に曖昧に笑って誤魔化したらしく、気が付いたら再びあの部屋の前だった。
コンコン、とノックをして遠慮なく青年が扉を開ける。
簡易的な机の上に二人分の食事を乗せて、「片付けはよろしくな」と言って青年が出て行ったその瞬間、膝から崩れ落ちるように座り込んだシンクの耳に、聞こえた笑い声は、二つ。


「なに笑ってんのさあんたら!!」
「あははは!いや、だってシンクその格好!」
「――――っ!僕だってやりたくてやったわけじゃない!と言うかフローリアン!あんたさっきまで寝てた癖に、なにこんな時だけ起きてんの!?」
「目が覚めたんだもん」
「だもんじゃないよ!つーかイオン!あんたなに一人だけ逃げてんのさ!」
「冗談はよして下さいよ。二人揃ってメイドとかそんな寒いのは僕はご免ですね」
「僕だってご免だよ!」


ぎゃあぎゃあと喚くシンクと、それを茶化すイオンとフローリアンの三人で少しの間そんな仕様もないやり取りがされていたのだが、不意にクスクスと別の人間の笑い声が聞こえたから、三人の視線はベッドへと向けられた。
そこには寄り添うローレライの姿と、小さく笑っている朱色の髪をした少年の姿。

一瞬、笑ってくれたんだ、とそんな思考が過ったが、それよりも圧倒的に不安や切なさと言ったあまりいい感情ではないものばかりがして、そんな想いを振り払うように、シンクはローレライに詰め寄った。
いろいろ思うところはあれど、とりあえず。


「おい、ローレライ。あんたよくも人にこんな恥をかかせてくれたね…!」
『あの時はそれしかなかったのだ、仕方あるまい。それに実際にその体になったわけではないのだから、心配するな』
「確かにそうだけど…」
『実際に居るこの屋敷のメイドの姿を元に、そなたの音素をいじり一時的に書き換えただけだ。すぐ戻そう』


言うなり、一瞬の内に元の格好に戻れば、びっくりしたのかフローリアンが「わぁ…」となんだか微妙な言葉を呟いたから、シンクは軽く頭を小突いてやった。
なにすんのさ!とフローリアンは言うが、それをシンクが聞くわけもなく、視線は朱色の髪をした少年に向けられる。


「ねぇ、こっちはあんたらに聞きたいこと山程あるんだけど、聞かせてもらえるんだよね?」
「……いいけど、」
「けど?」
「まだ眠たいから寝る。みんなでご飯食べといて。ローレライ、あとはよろしく…」
「え?あ、ちょっと!」


訴えれど、直ぐにまた寝てしまった少年に、シンクはがっくりと項垂れたが今更だった。
イオンが側に寄って何かを確かめるが、「完全に寝てますね」とそう言われてしまえばもうどうしようもない。
机に乗った二人分の食事の匂いが部屋に満ちていた。
誰の腹が鳴ったかなど、そこは気にしない。


「じゃあとりあえず、食事にしましょうか」
「…なんであんたはそんなにすんなりと納得出来るのさ」
「腹が減っては戦は出来ないでしょう?」
「あんたは本当に戦仕掛けそうで嫌だ…」


にっこり腹黒い笑みを浮かべたイオンにシンクは力無く呟いたが、今更だった。




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