あまりにも突拍子の無さ過ぎる言葉に、ついつい呆然と目を見張ったまま「なぜ私がレプリカルークの主治医を?」と言おうとして「レプリカルーク」の「レ」の字を言った瞬間、そこから先の記憶が全くなかった。

頭部を襲った覚えのあり過ぎる何だか懐かしい感覚に…2年程前までのダアトでの理不尽過ぎる生活が過ぎったが、何の因果かここにはライガも居るのだから、冗談じゃない。
憂さ晴らしか何か知らないが、あの頃の導師イオンはよくアリエッタの友達であるライガに、人のことを踏み潰させて遊んでいたのだ。
モースはライガの爪とぎ樽だととんでもないことすらも言い出していた気もするが…正直、それが叶うまでダアトに君臨していて欲しかったように、今なら思える。一人でこの状態は、正直辛い(悪乗りか何か知らないが、シンクとアリエッタも居る時点でもう無理だろこれは!)。

悲惨な記憶ばかり走馬灯のように浮かべながら、次に気が付いた時には、何故かあの少年からは考え付かないほど、本当にどうしたことか床に転がされていたのではなく、普通にベッドの上だったから、ディストはきょとんと目を丸くしていた。
神託の盾本部の硬いベッドのような物などではなく、なかなかに上質なベッドに自分は今横たわっており、そうして天井の木目調を映していることが、正直信じられないくらいの出来事である。
あの導師の性格からしたら絶対に簀巻きにされてその辺の外にでも転がされているとばかり思っていたからこそ、ディストは呆然としたまま、目を覚ましたと言うのに咄嗟に何の行動も取れていなかった。


「……ここ、は…」
「あ、良かった。目を覚ましたんだ、ディスト。大丈夫か?どこか痛いとことか、ない?」


無意識の内に放ってしまっただけの言葉に、返ってくる声があったからこそ、ディストは驚き思わず飛び起きようとしたのだが、やんわりと寝ているように戻されてしまい、余計に何が何だかわからなかった。
ベッドの側に椅子を寄せ、わざわざ様子を見ていてくれたのだろう。
体を冷やさないようにとカーディガンを羽織ったその少年の、細い腕やら白過ぎる肌にはディストだって思うところは多々あれど、とりあえず。


「……これは一体、どういうこと何ですか?レ−−−」


レプリカルーク、と。
続く言葉をそのまま口にしようとした瞬間、姿はない筈だと言うのに、一気に背筋に悪寒が走る程唯ならぬ気配を感じて、ディストはまさか言葉に出来る筈もなかった。
気付かなかったらしいレプリカルークは困ったように笑いながら「シオンたちがあんまりにも無茶やってディストが気絶したからさ、ここに運んで貰ったんだよ」と野晒しの危機を救ってくれた言葉を言ってはくれたが……正直、何だかこのまま虐殺されるんじゃなかろうかと言う危険性が丸々残っているからこそ、いっそ泣いてしまいたい。
「あ、今シオン達は夕飯の準備してるから、ここには俺しか居ないんだ」と説明してくれるレプリカルークの言葉に、ディストは「ならさっきの異様な気配は何だったんだ!」と訴えたかったが、すぐに諦めた。

その場に居合わせなくとも、あの導師だ。
地獄耳だと説明仕切れないことでも平気でやってのけるだろう。だって、導師だもの。



「………シオンとは、一体誰のことです?」
「ん?あ、ああ。シオンって言うのは…被験者イオンのことだよ。『イオン』はもうイオンの名前だから、自分には必要ないって。2年ぐらい前の話かな」


被験者だとかレプリカだとか。その手の言い回しがあまり好きではないのか、どこか困ったように言うレプリカルークの説明に、何か不味いことをしてしまったのかただならぬ気配がますます殺気立ったような気がして、ディストはとりあえず慌てて起き上がって、おそらく病人だろうレプリカルークに「私はもう大丈夫ですからあなたがベッドに寝なさい!体を冷やしてどうするんです!」と捲くし立てるように言って無理やり場所を入れ替わり布団を被せとにかく体を温めさせた。
途端に少しは和らいだ気配に、分かりやすいのか分かりにくいか判断し難くはなったものの、ひとまずの危機は去ったことにディストは密かに溜め息を吐きつつ、レプリカルークと向き合う。
ベッドサイドのテーブルには何人かの医師が見たらしいレプリカルークのカルテが山積みにされており…その中にあの幼馴染みの名前があったことにディストは手に取って確かめたいと思ったが、それよりも今は判断一つ間違えると何をされるかわからない状態なので、とりあえず気付かなかったことにした。


「それで、私に一体何の用です?話があるからこそ、あなたはここに一人で居るのでしょう?」


聞けば、ベッドに上体だけは起き上がらせていたレプリカルークは、きょとんと目を丸くしたあと、また困ったような笑みを浮かべた。
言葉を待ちながらも、いつあの導師が出てくるかディストは冷や汗を掻きながら内心かなり焦ってもいるのだが、そこは面に出したら最後、本当に次は息の根を止められそうな気がするので、我慢する。
情けない、話だが。


「お礼が、言いたかったんだ」
「…お礼、ですか?」
「うん。ディストがレプリカ技術を蘇らせたって聞いたから」
「まあ、それはそうですが…」


それの一体どこがお礼に繋がるんです?と、ディストは怪訝そうにレプリカルークを見据えながら、本当に理解出来やしなかった。
むしろ責められるとばかり思っていたから、この言葉は完全に、予想外のことで(これまでのことを考えたら、それは余計に)。
軽く困惑したままディストはただ言葉を待つしかなかったのだが、言葉が返って来たら返って来たで、思わず目を見張っていた。


「ディストのおかげで、シンクとイオン、フローリアンにルカが生まれることが出来たから」
「…………ぇ?」
「だから、ありがとう、ディスト。みんなと出会えて嬉しいから、言いたかったんだ。ジェイドもそうだけど、ディストだって生みの親になるんだろ?」


穏やかに笑んで言ったレプリカルークの言葉に、「いや、それはあなた自身のことだって含まれるでしょうに」と言いかけて、ふと気付いた。
レプリカであることは言ってしまえばもう変えようのない事実だから、あの導師ならば大切な人がレプリカだったと言うのなら、「だから何ですか?レプリカだと馬鹿にする方が可哀想なぐらい馬鹿ですよ」ぐらいは平気な顔をして、言うだろう。
アリエッタすらも引き込んで秘奥技連発してまで否定する必要は、無いのだ。

なら、何故否定するのかと。

ようやくそこまで思考回路が行き着いた時、ディストは一気に血の気が引いたのを自分で感じた。
まだ、仮説でしかないけれど、もし目の前の少年がヴァンの言う『愚かなレプリカルーク』では無いのだと、したら。


「ディスト?」


急に黙り込んでしまえば、心配そうに顔を覗き込んで来る少年の姿に、ディストは一度だけ眼鏡のブリッジをいじった後、ゆっくりと立ち上がり部屋の戸棚を適当に漁ることにした。
どうやら居間に通される前に見た医務室と隣接しているらしく、それならば好都合だととにかく道具を揃えて、もう一度朱色の髪をした少年と、向き合う。
ベッドサイドのテーブルに山積みにされたカルテを…ジェイドが書いたらしいカルテを一通り軽く読んだあと、ディストは溜め息を吐きたくなったのを堪えて、少年の細い手を取って、脈を取ることにした。

それはあんまりにも、細い。



「主治医にと指名されてしまいましたからね。また秘奥技連発されるのは御免なので、どうか私に診させて下さい」



言えば、小さく笑ったその姿に、あの紅い髪をした少年とは似てないことにディストは気付いたが、今更だった。

今更、過ぎた。




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