本当だったら心配で心配で気が気でないまま待つしかない筈だったのだけれど、行った面々を思い浮かべても不安なんて欠片もなくて、のんびりお茶会をしてゆったりとした時間を過ごしていた。
親友だと言い切った金髪の使用人は甲斐甲斐しく主の世話をしつつ、甘いお菓子を作り着々と準備をしたその手際の良さはアリエッタも感心するばかりであるし、何よりルークが楽しそうに嬉しそうに顔を綻ばせている時間は、アリエッタにとって何物にも変えられないものとなっている。

みんなが帰って来たら、一緒にお茶会をしたいな、と。

そんなことを思いつつ、穏やかに過ごしていた午後の一時を突如ぶち壊したのは、聞いていて何だか憐れみしか誘わない、そんな声でした。



「いぃやああああ!!!!ごめんなさい許して下さい本当に申し訳ありません助けて下さい助けてジェイドぉおお!!」


ドス、ボカ、ドコ、ガスッ!ずるずるずる…と。
続く物音に一瞬だけ驚いたのはバチカルに断固として着いて行かなかった某使用人だけで、しん、と静まり返ったその後に、アリエッタは嬉しそうに玄関へと駆け出していた。
ぱたぱたぱた、と走って扉を開ければ、そこには案の定大好きな緑があって、アリエッタは満面の笑みで抱き付きに行ってしまう。
たとえそのすぐ側に簀巻きにされた元同僚の姿が見えようと、エリマキトカゲのような服が無惨にも引き千切られていようと、帰って来た大好きな人達の前ではアリエッタにとって道端の石ころ以下だった。
付き合いの浅いルカの顔が引き攣っているが、その理由を察することが出来る人間は、生憎この場には居合わせていない。

家の中から甘いケーキの匂いがした瞬間、隣に居たフローリアンがアリエッタにただいま!と笑顔で抱き付いたあと、簀巻きにされた物体を悪意無く蹴っ飛ばして駆け出して行った。
「フローリアン!手洗いとうがいちゃんとしなよ!」とシンクが叫ぶが、それでいいのかとルカは思いつつも、口に出来る程までは流石に命知らずではなかった。



「3人共お帰りなさい、です。キムラスカ制圧、上手くいったです、か?シオンさま」


小首を傾げて聞いたアリエッタの言葉に、あんたそんなこと言ってたのかよ!とシンクが喚いたが、あっさりとシオンはスルーして足元の蓑虫を蹴り飛ばした。
泣き喚くなうるせぇな、と副音声が聞こえた人間は顔を真っ青にさせたが、ある程度やはり慣れているのかシンクは特に動じた様子は無く、ルカはもうこれは不味いと判断して、フローリアンを追い掛けることにする。
「ルカ!あんたも手洗いとうがい忘れないでよ!」と叫んだシンクは何だかお母さんのような気もしたが、アリエッタとルカは黙っておいた。
まあどのみちシオンが容赦なく口にするのだが、それはさておき。



「な、なぜ私がこんな目に…!」
「死んだ方がマシだと思うような目に会いたくなかったら下手なこと言わない方がいいよ、洟垂れ」
「キィイーッ!誰が洟垂れですか誰が!!」


喚くだけ元気はあったのか威勢良く言い放ったディストに対し、アリエッタは「居たです、か。ディスト」と呑気に呟き、シンクは「あんたの幼馴染みがそう呼べって言ったんだよ」とは口にしたものの、「あんたの身柄をこっちに売ったのはあんたの幼馴染み2人だよ」とまでは流石に可哀想だったので言わなかった。
ドンマイ、ディスト。
生きてりゃそのうち良いことあるさ。
と言えたらおそらく良かったのだろうが、残念ながらシオンに捕まった時点で諦めるべきだろう。
儚いばかりの夢など、見ない方がいい。


「やかましいですよ、ゴキブリ眼鏡。黙って着いて来なさい。あなたには今からたっぷりと馬車馬の如く働いてもらいますからね」


いい笑顔で死刑宣告を言い渡された錯覚に陥ったディストは、導師イオンがなぜシオンと言う名で呼ばれているのかだとかその手のことを一切すっ飛ばしてただ泣いた。これでもかと言うほど簀巻きにされたまま、泣きじゃくった。いい歳してみっともないだの情けないだの言われるかもしれないが、洟垂れディストの名の如く、鼻水垂らして周りからの体面など気にも出来ず、ただただ泣き伏した。
これがまた導師に言われてなければまだ我慢出来た部分もあったろうが、もう何だか過去のトラウマだとかその手のことが景気良く溢れ出て、もういっそのことマルクトにでも突き出して処刑してくれとディストは思うが、まさか魔王相手に言える筈もなかった。
蛇に睨まれた蛙より惨い状況だと思う。
自分の足で歩かせても貰えず、ずるずると引き摺られながら入った邸に、ディストはこれは死んだ方が既にマシだな、と思ったがやっぱり言えなかった。




「ここ、は…?」


喚くな騒ぐな黙ってろ、と言われて引き摺られるまま引き摺られて通された部屋に、ディストは思わずきょとんと目を丸くしてそのまんまの感想を口にして、思いっきりシオンにど突かれてしまった。
痛みに堪えながらも再度顔を上げて部屋を見回してみて…しかし上手く現状を把握出来やしない。
その部屋は、おそらくキムラスカでも最先端のものと思われる医療機器ばかりが所狭しと並んでいた。
ここまでの物はそれこそベルケンドにでも行かなくては揃っていないだろうとそこまで考えて、ふと気付く。
そういえば比較的最近、あそこのヴァンの私室が吹き飛んでなかったか?と。


「まさかあんたがあのハゲ頭苛めて終わりだとは思ってなかったけど…よくもまあ、こんなけの機材脅し取ったもんだね、シオン」
「人聞きの悪いことを言わないで下さいよ、シンク。導師として正式にお借りしたまでですよ?ベルケンドの知事は素直に頷いて下さる方で良かったです」


にっこり笑って言ったシオンの言葉に、それを脅したと言わず何と言うんだ!とシンクは思ったが、まあ何も言えやしなかった。
真っ青な顔をして呆然としているディストを簀巻き状態から解放してやり、少々小汚い格好はしているものの、無理やり立たせて、場所を変えるべく促してやる。
目を見張ったまま固まってしまったディストを嫌々ながらもシンクは腕を仕方なく引き、満足そうにシオンが頷いたのを確認してから、一階の居間へと続く廊下へと出た。
今の時間ならばきっと其処にいるのだろう。
彼の為に綺麗なセレニアの花畑が見えるよう大きな窓を設け、負担を掛けぬよう置いたソファベッドに座って今頃フローリアンとルカ達と一緒に、お茶会でもしているに違いない。


「サフィール・ワイヨン・ネイス博士」
「な、なんですか?」


急にシオンに名を呼ばれ、慌ててひっくり返りそうになった声で答えつつ、ディストは冷静であれない自分の脳内を密かに恨めしく思った。
打開策も何も浮かばない。
自分の本当の名を呼ばれたこともそうだが、何で自分はこんなところに居るのかそこから説明が欲しかった(言う勇気なんてどこにもないですけどね!)。


「あなたのそのデキだけは良い頭をこれから僕らの大切な人の為に使ってもらいます。拒否権は無いですので、その辺はよく理解しておきなさいね」


超笑顔でそんなことを言われても…と思いつつ、ディストは頷くしかなかったのだが、引っ張って歩いていたシンクが不意に手を離し、ある扉を開けた、その先に見えた色に、ディストは目を見開いて立ち尽くしてしまった。
アッシュの紅とは違う、色素の抜けた朱色の髪に、翡翠の瞳の、あの、存在は。



「レプリカルーク…?」



呟くように言ったその次の瞬間、まさか疾風雷閃舞を喰らうとは、流石に思ってもいませんでした。




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