「我がマルクト帝国は世界の存続にまで関わる問題を共に解決するべく、キムラスカ・ランバルディア王国とより確固とした和平を望んでおります。世界を滅ぼさんとしているヴァン・グランツの企てを阻止し、オールドラント全ての外郭大地の降下をと、ピオニー皇帝陛下の御言葉です。此方の書状を、ご確認下さい」


何てめぇは説明もせず呑気にルカの隣に立って傍観してんだよ!とまでは流石の導師も口にはしなかったが、にっこり笑って引き下がったと思えば容赦なく舞台に引きずり出したその姿に、憐れみからかシンクは見なかったことにして、頭をど突かれて結果フードが取れたのではなく、自らフードを取って前へ出たと脳内で改竄してから、皇帝の懐刀である軍人の背を見送った。
呆然としている被験者ルークは先程から自分の父親を見たまま動けずに居るが、まあ勝手なことを口にしたり文句を一つでも言えば容赦なく導師から制裁を喰らうと学んだのだろう。
いつまで六神将の鮮血のアッシュで居るつもりだボケ、と身包み剥がされた記憶は、真新し過ぎて鮮明に覚え過ぎている(あの時は本当に可哀想で仕方なかった)(自業自得だとは思うけどマジで鬼だあいつ)。

そんなシンクの思考回路はさておき。
マルクトからの使者。
しかもよくよく冷静に外郭大地の件について考えればキムラスカはマルクトに大きな借りを作ってしまったのだと、流石に分かるからこそ、ひたすら困惑しているインゴベルトを前に、一人導師は頗る楽しそうだった。導師、超笑顔。
目的達成までリーチが掛かっているようなものだから、最早シンクが何を言っても歯止めが効かぬぐらい、我が道を突っ走る気満々である。止まる気など一切無く、そのうちキムラスカの失態をせせら笑いそうでちょっとだけシンクは気が気でない。再び楽しそうに無邪気に笑っているフローリアンは、居合わせた全員が信じられない。
これ以上精神的に追い詰める前に、とある兵士は思った。
愁傷様、インゴベルト陛下。
密かに胸元で切った十字は、僅かに震えてどことなく歪んでいた。



「ピオニー・ウパラ・マルクト九世皇帝陛下が和平を今度こそ預言なんぞの影響で勝手に撤回されないものを望んでいる言葉が真だとは、ローレライ教団導師イオンの名の元に保証致しましょう。オールドラントに住まう全ての人々にとって、和平は必要なのだと、寛大な心でもう一度声を掛けて下さったのです」


痛烈な皮肉どころか、ストレートに心を抉る言葉過ぎて、インゴベルトは最早導師が話す度に目が死んでいた。
頼りになる筈のクリムゾンは再起不能の如く心が折れていて…むしろ、こればかりは元凶が誰にあるのか薄々感付いているだけに何か言える立場ではないのだが、叶うなら今すぐ逃げ出したいぐらいには、良い具合に精神的疲労が溜まりに溜まっている。

どうせ逃げられやしませんが、少しは考える時間を差し上げますね。

にっこり、笑んで言う導師の言葉は慈悲でも何でもなく、単に腹を括るだけの時間を僅かに与えてやりましょう。と上から目線の素晴らしい御言葉故に、インゴベルトの顔色は頗る悪い。
預言を盲信しきっていた愚王であったが、そこまで空気を読めなかったわけではないらしかった。
導師イオン、頗るいい笑顔でシンクを見て、細く白い指先で合図を送る。
完全に首を切れ、とそんな合図だったが、まさかそこまではやれぬものの、打ち合わせ通りシンクは駆け出した。
烈風の名に恥じぬだけの素早さで持って一気に距離を詰め、その背に飛びかかる。

丈夫さだけが取り柄ですから、お構いなくやっちゃって良いですよー。

とこちらはこちらで素敵な笑顔を浮かべた死霊使いを恨むなら恨め、洟垂れディスト。



「教団に断りなく秘預言をキムラスカ・ランバルディア王国に告知し、また教団の資金を横領した大詠師モース!オールドラントを混乱に陥れているヴァン・グランツと意志を同じくする第一師団師団長ラルゴ謡士、第二師団師団長ディスト響士!以上の三名は全ての地位剥奪の上ローレライ教団より破門とする!またマルクトへの引き渡しが決まっている故、大人しく今ここで捕まるかこの場で首を跳ねられるか、さあ選ぶがいい!」


高らかにそう言い放った導師の言葉に、血の気が引いたのは何も名を挙げられた三人だけの話ではなかった。
咄嗟に逃げるべく動きを見せたラルゴに、容赦なくインゴベルトの身を護る為にわざわざ譜術を唱えたマルクトの軍人であるジェイドは導師のえげつなさに引いているし(マルクトにキムラスカ、また借り一つ、と愉快そうに言った言葉は当然聞こえていた)、ナタリアなど今にも卒倒せんばかりの顔色の悪さだったりもする。
なるべく周りに危害を加えぬよう放たれた術を受けながらも、それでもどうにかまだ動こうとするラルゴに追い討ちを掛けたのは、ドスの利いた声で脅され、トクナガの上に導師を乗せたアニスだった。
殺劇舞荒拳?
いや、単に跳ね飛ばしただけなんですけど、とも言えず、玉座に隠れるように怯えて引き下がったモースの前に導師を降ろしつつも、何だかいろいろ恐ろしくて周りを見る勇気はない(ディストがどうなってるか、など余計に怖くて見れるものか!)。



「随分と勝手な真似をしてくれましたねぇ、モース。その首一つで足りるような罪状だと良いですね。まあ、実際に処刑するとなれば、ザレッホの火口に僕自ら突き飛ばして差し上げることになりますが」


手にしていた音叉を突き付け、見下して言う導師の言葉に、モースは青ざめてまるで金魚のように口をパクパクと開くばかりのその姿に、その醜態に、それはそれは綺麗に導師は笑った。
御前にて失礼します、インゴベルト陛下。などと言う言葉は無く、とっくに敬意を払う必要性無しと見なされた一国の国王の姿に、兵士達は泣きたくなり、貴族の連中は頭の中が真っ白になっている。
無邪気に笑って縄を差し出したフローリアンに(どこから出しただとかは恐ろしくて誰も聞けない)、導師は一度頭を撫でたあと、いい笑顔でアニスにモースを拘束するよう指示を出し、玉座のすぐ前にまで立ったことによりとても近い距離にあるインゴベルトに、笑って、言った。



「さあ、とりあえず海戦の準備に回している兵達は全て引き上げもらいませんか?インゴベルトへ・い・か?」



謁見の間でここまで滅茶苦茶なことをされれば抗議を申し立てることも出来ると言うのに、そんなことは誰の頭にも、存在してなかった。


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