初めての時のことを、覚えている。




『ふふ、ほら、あなた。また蹴った。この子たち、元気一杯なのね』
『ああ、もうすぐだからな。どんな子が産まれて来るのか、本当に楽しみだ』


穏やかな春の日差しの中。
邸の庭の、少し日陰の差す場所にテーブルやら一式を設けて、2人も居るのだと嬉しそうに腹を撫でていたシュザンヌの姿を、覚えている。
双子なんだと微笑んだ彼女に、どんな名前を付けよう、服は、部屋は、思い付くだけいろんなことを考えて、とにかく無事に産まれてくれればいいと、溢した言葉に、頷いたのはラムダスであっただろうか。

楽しみだ、と。
ああ、確かに自分は、産まれて来る子ども達にそう言った。
言っておきながら、今日この日までに一体何をした。

泣き叫び、張り裂けんばかりの声を上げながら、床に頭を擦り付けて、命だけは助けてくれと、彼女はそう言った。
それを聞いて、自分は、自分達は、あの子を地下の座敷牢に閉じ込め、国から『聖なる焔の光』が居なくなった後に、何をした。



『早く会いたいわ、私たちの大切なこの子たちに』
『ああ、会えるのが楽しみだ』



楽しみだと言った口で、そうだ、私は、言ったのだ。

『死ね』と、あの子に。

そう、言った−−−





「まあ、あんまり公爵を…と言うのか、シュザンヌ夫人をも苛めるのは可哀想ですからね。一つ、あなた方に良いものを返して差し上げましょう」


にっこりにこにこ、微笑みながら言った導師の言葉に、最早クリムゾンはその場に立っていることすら危うい状態だったと言うのに、次の瞬間突き付けられた新たな事実に、しっかり留めを刺された気がした。
少しばかり後ろに居た、ナタリアに寄り添うフードをかぶった青年の近くに立つシンクに視線だけを送れば、その意図をきちんと理解している元参謀総長は一度だけ溜め息を吐きながらも、少々荒っぽい手付きで頭をひっ叩いてやるが如く、フードを払い落としてやる。
見えた深紅の髪と碧の瞳、そしてその顔容に、クリムゾンは喜びやら安堵やら、様々な感情が入り混じったが、全てを知った上でこの子を差し出した導師の行動に、己の罪だけを眼前に突き付けられた気がした。
許されるなら、謝りたい。
楽になるのは自分自身だけだとそんな咎を受けようと、今目の前に居る子に、二度と会わせるつもりはないと言い切られたあの子に、そして己の妻に、許されるものなら、謝りたかった。
楽になりたいと、身勝手なことだと承知だったが、それでも耐えられなかった。



「現在では元となりますが、神託の盾主席総長ヴァン・グランツ謡将に拐かされ七年前から行方不明となっていた、預言に詠まれた『ルーク・フォン・ファブレ』ですよ。あなた方が喉から手が出る程、たかが刹那の繁栄の為だけに欲しがっていたキムラスカの人柱です。アクゼリュスはもう消えたと言うのに、『聖なる焔の光』も見事に生き延びていますね。どうします?そろそろ現実を直視して下さると此方としては楽なのですが」


さらっと言ってのけた導師の言葉に、これには意識を飛ばし掛けていたモースも我に返り驚き目を見張っていた。
どこぞの土下座したままの体勢からピクリとも動かない死神…と言うか何だかゴキブリにでも見えて来たディストのように大人しくしてくれると(被験者イオンがこれ以上毒づかなくて)楽なんだけどなぁ、とシンクは密かに思っているが、こちらに飛び火しない限りは放っておこうと、さっさとルカの隣へと下がる。その時ふとキムラスカ側の重鎮共に負けず劣らず顔色の頗る悪い導師守護役が見えたが、その少女は今にも卒倒しそうだと言うのに、本当に改心したのか彼女の中での導師(腹黒くはない方の)イオンを護る為に、それでも背に庇うように立っていた。
…45点と言ったところか。
必死に主君を庇うその姿に点数を付けたシンクは、ちゃっかり修復不可能なまでに、混乱してたりもする。





「ルーク…、」


厭にか細い声で息子の名を紡いだ瞬間、紡いでしまった瞬間、クリムゾンは気付いてしまった。今ここで名を呼んだ。
その事実に。
もう一人の子を、優しいあの子の名を、呼ぶ資格すらももう無いことに。
呼べる機会を、今自らの手で切り捨てた。

七年も離れていた我が子だ。
行方の知らない、知ることの出来なかった、たとえ行方不明にならずとも生き延びれた、子どもだ。
冷ややかな導師の目が突き刺さる。
縋るような息子の目が、向けられている。

クリムゾンは今この瞬間、自分が倒れなかったことが不思議でならなかった。
気付いて、しまった。
ああ、それも全て考えた上で、この導師はこのタイミングで、差し出したのだろう。

今、目の前の子どもを『ルーク』を呼んでしまった、その意味に。
2人を望むならば、クリムゾンは名を呼んでは、いけなかったのだ。



「さあ、感動の親子の再会は後程して頂くことにして、インゴベルト陛下。現在我々の住む外郭大地と呼ばれる地に限界が差し迫っているのはお伝えしましたよね?ルグニカの大地は崩落でなく、マルクトのピオニー陛下のご決断で被害が最小に食い止められたことも。開戦などを考えるでなく、民を第一として考え、パッセージリングの操作をマルクトだけでなくケセドニア、キムラスカの為に許可して下さったことを。ルグニカだけでなくこのままではいずれ全ての外郭大地が魔界へ崩落することでしょう。戦争などと…言ってる場合でないのは、賢帝と謳われるピオニー陛下はきちんとわかっていて、和平をとの声もありますよ。勿論、偉大なるキムラスカ・ランバルディア王国も同じ考えですよね?」


暗に、どころか露骨にそこまで愚かじゃないだろ?とにっこり笑んで言った導師の瞳に、愕然と目を見張るクリムゾンの姿など、映ってすらいなかった。
容赦ないな、とシンクは思ったが、まさか言える筈もない。

感動の親子の再会?馬鹿を言うな。
預言に詠まれた『ルーク』の帰還により、アクゼリュスへ向かった『ルーク』は公爵がどう足掻いても『ルーク』の偽者としてしか認識されないか、なかったことにされるしか、なくなったのだ。
ルカが否定していなければまだ何とかなったかもしれないが、『ルーク』を認め、ルカがアクゼリュスへ行っていないとすれば、向かった『ルーク』の説明がつかなくなる。

『聖なる焔の光』でないと知っていて、キムラスカは彼を送ったのだから。
『ルーク』を『ルーク』として扱った以上、どの面を下げてマルクトに偽者を送ったと言えるものか。
そして真実を告げることも出来ない。


どのみち彼らは、手を差し出す術を自ら、切り捨てたのだから。




「………シオン、相当怒ってますね」



小さく呟くように言ったイオンの言葉に、シンクは呆然と立ち尽くした公爵に一度だけ視線を向けてから、頷くばかりだった。




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