預言にその死が詠まれた、導師イオンとルーク・フォン・ファブレが生きている。


その事実だけで最早キムラスカ側の重鎮共の頭の中は各自勝手に蜂の巣でもつついたような大騒ぎになったと言うのに、更に追い討ちをかけるが如く、それはそれはいい笑顔で導師イオンが消滅預言まで暴露したものだから、謁見の間に居合わせたほぼ全員の脳内が真っ白になっていた。
えぇー!!?と叫ばないだけ偉いものだったが、居合わせた貴族が一人また一人と卒倒していくのを横目に、にこにこと笑う導師は紛れもなく鬼だろう。いっそ魔王とでも言った方が正しいかも、しれない。
ユリアの預言にそんなことが詠まれているわけなどない!と喧しいメタボ…じゃなかったモースが喚き散らすとばかりシンクは思っていたのだが、自称大詠師殿は目の前に居るレプリカだとばかり思っていた少年が本当にあの『導師イオン』だと認知した瞬間、泡吹いて卒倒せんばかりによろめき目を回し、それどころではなかった。
ディストなんかは最早顔など上げずに全身全霊掛けて土下座している。二年前に何をされていた。

異様な光景にツッコミ所は山程あったのだが、消滅預言の内容やら世界の成り立ちやらをいっぺんに説明されたキムラスカ側はそこまで余裕がなかった。
これはもう戦争などと言ってる場合ではないだろう。
と言うより、戦争起こすより早く、現段階で何かやらかしてしまえば死ぬより恐ろしい目に会うような気がするのは、果たして気のせいかどうか。



「おや、どうしたのですか?皆様方。ああ、世界の終わりが詠まれた預言の存在を知ってしまいましたからね…都合の良い部分ばかりを信じていたとすれば、これほど衝撃的なことはないとは、思いますよ。あ、それとも何を今更、とそんな驚きの方でしょうか?そうですよね。彼の偉大なキムラスカ・ランバルディア王国の方々が、導師ではなく、僕らのうち誰を送ったか区別も付かぬ、たかが大詠師ごときの預言を、鵜呑みにするわけがないですよね」


にっこーり、笑顔でなぜ導師イオンのレプリカが3人もこの場 に居るのか、だとかその手の疑問を一切すっ飛ばして言った導師の御言葉に、とうとう謁見の間に居合わせた書記官がぶっ倒れて強かに床に頭を打ち付ける音が響き渡った。
そしてすぐさま臨時で代理を努めた年若い貴族は、将来大物にでも…ならないな。完全に涙目でへっぴり腰になっていて、そのあまりにも可哀想な姿に、シンクだけでなくナタリアの側に居るフードをかぶった青年と、ルークの側に居るフードをかぶった背の高い男は、心の中で合掌してたりもする。普通に不憫でした。相手が悪い。

溜まりに溜まった鬱憤をようやく晴らせるとばかりに、導師は笑みを絶やすことはない癖に周りに恐怖しか与えていないと言うのがまた、凄かった。
『導師でなく大詠師ごときの預言をよくも信じてくれたな愚か者かてめぇら、馬と鹿に失礼なレベルで馬鹿だ能無し共が!』
二重音声のようにそう聞こえた重鎮がまた一人、失神してしまっていた。
「医務室にでも運んで下さいね」、とばかりの笑顔の裏に「墓地にでも埋めて差し上げましょうか?」と見えたのは残念ながら、気のせいではない。
ぶっ飛ばしまくる導師さま素敵ですねー。
と、どこか遠い目をしながらシンクはそんなことを考えていたりもした。
後日キムラスカから書状届いたらどうしよう、と次いだ思考は、参謀総長だった時の癖だったりもする。


「う、うむ…導師イオン。死を詠まれていたそなたが生きていることが、預言が絶対ではないと繋がるのはよくわかった。だが、ルークはどうしたのじゃ?儂は今、そなたと共にここへ来たのがルークではなくレプリカだと聞いている。マルクトの地である、アクゼリュスへ行ったルークはどうしたのじゃ?もしアクゼリュスの消滅とその命を共にしており、レプリカルークが替え玉として送られたとなるのなら、我がキムラスカは黙っておれぬ」


言っていることはモースよりも余程筋が通っているようにも思わないこともない言い分だったが、あの導師相手によくぞ言ったなインゴベルト陛下ー!!と警備として立っていた兵士達の血の気が兜の下で一斉に引いた。彼らは別に政の内容にまで関わるような立場でないからそこまで戦争を望んでいるわけではないのだが、諦め悪く自国の国王が預言に倣って戦争を起こそうとしているのは、何となく察している。
あ、これ終わったな、キムラスカ。と兵士だけでなく若い貴族も何人か思っていたのだが、にこやかに笑む導師の前且つここは一応謁見の間。ファブレ公爵レベルまでなきゃ陛下に発言権求めることもまず無理だったので、どうしようもなかった。


「へぇー、よくわかったな。確かに、俺はルークじゃない。ルカだ。アクゼリュスへ向かったルークじゃないからんなこと知らないし、ついでに言うならあんたらの顔も初めて見るけど。気付くとは思ってなかったな」


どうでも良さそーに言うルカの言葉に、ならやはり戦争だとそんな思考がちらついたのか若干持ち直したインゴベルトと対照的に、ファブレ公爵の血の気が一気に引いたのが見えたから、これにはルカだけでなく導師もきょとんと目を丸くした。
レプリカであることをさんざん引き合いに出されたルカに寄り添うようにしていたイオンも、この公爵の反応には不思議そうに首を傾げたが、導師の雰囲気が更に変わったのに気付き、もう何も言えない。
楽しそうに笑っていたフローリアンもこれには泣き出しそうになっていたのだが、導師はお構い無しだった。

カツン、と。

一歩踏み出した、音がする。


完膚無きまでにモースを精神的に追い詰めてやるつもりだったが、最早導師イオンの瞳に、そんなものは映ってもいなかった。



「インゴベルト六世陛下、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ公爵」



名を口にしただけだと言うのに、謁見の間の雰囲気がそれだけでまたかなり凍り付いたような、とにかく生きた心地など誰もしないようなものへと、変わっていた。
導師イオンは相変わらず笑っては、いる。

笑ってはいるだけで、誰の目にもこの少年が腸が煮えくり返るほど怒り狂っているのが明らかで、兵士達なんかは己の職務などほっぽりだして、今すぐ謁見の間から飛び出すように逃げたかった。


「アクゼリュスへ向かった『ルーク』様は確かに、生きていらっしゃいますよ。ですが、まさかここへ連れて来るとお思いですか?僕が、僕らが何も知らないと思ったら大間違いです。彼は僕らにとって大切な人。彼の為に、僕らはこうして生きていると言っても過言ではありません。そんな大切な人を、なぜここへ連れて来るような真似が出来るのでしょうか。−−−彼にした仕打ちを、忘れたわけじゃないでしょうに」


完全に虫螻を見るような目で言った導師の言葉に、インゴベルトはその意図を察し青ざめ、何の言葉も紡げぬ内に頭を抱え項垂れた。
愚王としてオールドラント中に知らしめてやろうか器の足りぬ小者め、ともう何だか不敬罪とか言うレベルじゃない導師の二重音声は止まるところを知らない。むしろ馬鹿なことをした王を庇う人間がいなかった。


「−−−っ導師イオン!あの子は、アクゼリュスに行ったあの子は、無事なのだな!?」


必死に叫んだクリムゾンの言葉に、愚王いじめにちょっと飽きて来た導師はきょとんと目を丸くし、ナタリアに寄り添っていたフードをかぶった男も同じように目を丸くしていた。
頭の中で言われたことを反復して、理解してから、導師は笑う。
声を上げて、笑った。


「無事ですよ。ですが言わせてもらうなら、何を今更と言うところですかね、公爵。僕らは全て知っています。彼とあなたを会わせるつもりは永遠にありません。その死を望んでアクゼリュスへ送ったのでしょう?死を望んでいたから、平気であんなことをしたのでしょう?それで今更心配ですか?無事を喜ぶんですか?他ならぬ貴方が?…人を馬鹿にするのも大概になさい。あなたは彼に何をしましたか?何を望みましたか?死ねと言ったその口で、今更何を言うつもりですか冗談じゃない!」
「−−−っ!!」
「あなたは、いいえ。あなた方は、親として、王族として、政に関わる身としても、失格ですよ。僕と言う存在が無くとも、あなた方は知っていた筈だ。預言など、ただの石ころにしか過ぎないと。欲に目が眩んで何をしましたか、あなた方は。父親だと伯父だとどの口がそうほざきますか。全て口先だけでしょう?そんなもの。あなた方にも味わわせて差し上げたいものですね。父と呼べる人に、伯父と呼べる人に、死地と知りながら自分の足で行けと送られた、その気持ちを。本来なら助けを求めても許される筈の家族と言う存在に、死ねと言われた彼の気持ちを、ね」


蔑みを込められた瞳で睨み付け言われたその言葉に、クリムゾンは真っ青な顔をして、何も言えなかった。
改めて突き付けられて、知る。
何を今更と言われて、当然だったのだ。




初めからあの子の『父親』である資格も、なかったのに。



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