18年間、愛し慈しみ育てた娘が、自分の娘ではないと知らされた時、インゴベルトはプライドなどかなぐり捨てて、先立たれてしまった妻と−−−墓も作られず、おざなりに埋められただけの本当の娘への想いに、声を限りに喚き散らしたくて仕方がなかった。

大詠師モースは言う。
あの金の髪を持つ娘はナタリア王女の名を語る、偽物に過ぎない、と。
そのような事実、インゴベルトは信じたくなどなかった。
だがしかし、一度突き付けられた事実を否定出来るだけの要素が、王家の血を受け継ぐ者としての絶対の髪と瞳の色が、どうしても説明付きやしない。
アクゼリュスが消滅した後、『ルーク・フォン・ファブレ』の死を理由にマルクトとの戦争を望む声が、たとえ預言に詠まれていた戦場すらも消滅しようと後を絶たず、途方に暮れていた矢先のことだった。

ぐるぐるぐるぐる、思考が渦巻き、判断が、出来ない。
戦場が違えど、一度戦争を起こしさえすれば、マルクトに勝てるとほとんどの者の意見が、そうだった。
だが、消滅したルグニカの大地はどうなる。
ナタリアのことは真なのか?

疑問に思えど、なに1つ諫めることも出来ぬ、王だった。
だから、謁見の間にアクゼリュスの消滅と共に死んだ筈の色が飛び込んで来た時、インゴベルトはどうすることも出来なかったのだ。
思わず体が震える。
死んだとばかり思っていた。
ああ、だが、この娘は自分の娘ではない、赤の他人でしかないと言うのに。


−−−ナタリア






「お父様!」


バンッ!とけたたましく謁見の間の扉を開けて飛び込んで来たナタリアの姿に、インゴベルトの頭の中から、モースに言われていた「捕縛」と言うことはなくなってしまっていた。
今にも泣き出しそうなナタリアの隣に、寄り添うようにフードを被った男が1人と、少し後ろにアクゼリュスへと、死地へと送って死んだ筈のルークの姿もあり、クリムゾンが息子の姿に動揺したのが、インゴベルトにもわかる。
ぞろぞろと現れた親善大使一行に、即座に衛兵に指示を出すことも出来ず、インゴベルトもクリムゾンもただ戸惑うばかりだった。
王の側に控えていたモースが、忌々しげに謁見の間に現れた導師イオンを、睨み付けているなどは、眼中にないが。


「お父様!マルクトと戦争などお止め下さい!!私もルークも生きております!戦争をする理由などありませんわ!」
「ナ、ナタリア…」


必死に訴えるナタリアの言葉に、インゴベルトは目に見えて動揺はしたものの、すぐに目を逸らしてしまった。
お父様!とナタリアが悲痛な声で訴える度、インゴベルトが顔を歪めるが、なかなかその理由を、なぜと言う部分を、口にしようとはしない。
黙っていれば良いものの、ここで場を弁えず口を挟んだのは、モースだった。
導師イオンの顔が歪んだのも、見もせずに。



「黙れ!ナタリア王女の名を語る偽者め!」
「なっ、無礼者!一体何を言うのです!」
「ふん、貴様はナタリア王女ではない。本物のナタリア王女様は死産であった。貴様は乳母がすり替えたただの庶民の子。メリル・オークランド。それが貴様の本当の名だ。赤き髪を持たぬ娘が、キムラスカの王族に連なる者であれる筈がなかろう!」
「そっ、そんな…嘘、嘘ですわ!お父様!私はお父様の娘ですわよね?!お父様!」


今にも泣き出さんばかりに言ったナタリアの声に、インゴベルトは力無く頭を押さえ、苦々しく顔を歪めながら、静かに答えた。
項垂れるその姿は、王と呼べるか些か疑問に残るところだが、モースが連れて来ただろう六神将黒獅子ラルゴと死神ディストに何も疑問を抱かない辺り、そんな余裕はないらしい。
キムラスカ王の前に居るそれらの人物の姿に、導師イオンは悲しげに顔を伏せていた。
手にしていた音叉をギュッと握っていれば、隣に居たフードを被った少年が労るように背を撫でてくれるが、震える手は、どうしても止まらない。


「…本当のことだ。ナタリア、いや、メリル。この者達の言う通り…赤き髪をした女児の亡骸も、既に見つかっておる」
「そ、そんな…」


力無く床に崩れ落ち、意識せぬまま泣き出したナタリアに、苦々しくインゴベルトは一度だけ視線を向けたものの、それ以上直視出来ることもなく、手で顔を覆い隠し、力無く項垂れた。
モースが笑う。
品のない笑みに本来ならば諫めるか、もしくは処罰を与えなければならぬ王は余裕もなく、臣下もまた似たり寄ったりな反応でしか、ない。
これはチャンスだと。
更なる追い討ちを掛けようとモースが口を開こうとしたその瞬間、しかし不意にくすくす、と小さな笑い声が確かに聞こえたから、謁見の間に居た全員の視線が、そこへ向いた。


くすくす、と笑う。
愉快そうに、楽しそうに。



『導師イオン』が。





「何がおかしいのだ、導師イオン!」


王の側近からの非難めいた声に、しかし導師イオンは笑みを浮かべたまま、堪えようとはしなかった。
カツン、とわざと音を鳴らして、一歩、前へと歩み出る。
クリムゾン、モース、そしてインゴベルトを順々に見たあと、それはそれは綺麗な笑みを浮かべて、導師イオンは言った。



「いえ、まさか預言に詠まれていてナタリア王女となった彼女を、預言に詠まれていないのに戦争の理由として殺めるつもりなのか、と。そんなことを思いまして」


さらりと言った導師イオンの言葉に、驚きのあまり目を見張ったのはインゴベルトとクリムゾンだった。
ついでにどういうことかと睨み付けたフードを被った男は勿論無視し、導師イオンは楽しそうに言葉を放つ。


「ご存知なかったのですか?彼女は預言に詠まれていたのですよ。死産となったナタリア王女の代わりにナタリアとなる赤子だと。でなければ流石の乳母でも王族に連なる者の証である赤き髪を持たぬ娘をどうして入れ替えようと思いますか。同情から?あまりにも哀れだったから?どれも違いますよね。そんな理由では入れ替えれる筈もない。答えは預言に詠まれていたから、それ以外には有り得ないのですよ。預言は絶対。預言に詠まれているならば犯罪ですら許される。国そのものが、預言に盲信する者ばかりですからね」


にっこり、笑って言った導師イオンの言葉に、インゴベルトも誰もが咄嗟に何か言うことすらも、出来なかった。
導師イオンは笑う。
愚かしい国だ、と蔑むような瞳でいるのは、誰の気のせいでは、なく。


「インゴベルト陛下。そしてあなたはこの件に関して責めることもまして処分することも、そんな資格はありません。預言に詠まれていたのなら絶対なのでしょう?死地と知りながら『聖なる焔の光』を送り出したあなた方が、一体何を責めれると言うのです。預言など絶対的でも何でもない、最早意味を無くした−−−ただの石ころだと言うのに」


それはどういうことだ!と立場を全く理解していないモースが声を上げようとしたその瞬間、導師イオンの側に控えていたフードを被っていた者が一斉に取ったから、思わずそうして見えた光景に誰もが言葉を無くしていた。

導師イオンと同じ髪、同じ瞳、そして同じ顔立ちをした存在が、どうして、ここに。




「導師イオンが4人も居るなんて、預言に詠まれていないことがどうして起こっているんでしょうね?元大詠師モースさん?」




そろそろ思い上がりも大概にしろよ、ダアトの恥曝しめ。


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