言われた言葉が、一瞬本当に理解出来なくて、唇から漏れた音は「は?」とただそれだけだった。
与えられた情報を、噛み砕き呑み込み、そうしてようやく湧いたのは、ただ怒りだけ。
そんな感情があることにどこかで戸惑いながらも、それでも激情に任せて目の前の同じ顔の、イオンの胸ぐらに掴み掛かった。
理由はわからない。
許せないのかも何に怒りを覚えるのかも知らないまま、思い付くままに言葉が、疑問が、溢れ出て仕方ない。


「お前は一体なにがやりたいんだ!生きてるならなぜ、僕らを造った!!」


胸ぐらを掴み上げ怒鳴り付けてみたのだが、イオンは動じることなくただただ真っ直ぐに見据えてくるだけだった。
その対応すらも腹が立つ。
シンクは、自分自身が造られることになった理由を知っていたからこそ、本末転倒な事実に腹が立って仕方なかった。

自分たちが造られた、理由。


導師イオンは死ぬと、預言に詠まれていてその代わりの為に造られたと言うのに、なぜこいつがここに生きているんだ!


「…悪いけどそれは僕も疑問を持っていることでね。導師イオンは死ぬ。預言にそう詠まれていた為に殺される現実に腹を立ててレプリカに手を出したのは事実だ。死ぬから、造った。それなのにちょっと問題が起こってね」
「どういうことだ!」
「死ぬところを救われたんだよ。預言なんてお構い無しに簡単に覆した。そこで眠ってる、彼にね」


言って、ベッドに視線を向けたイオンに促されるまま、シンクも視線を向けて、そこで「あ」と小さく呟いた。

朱色の髪をした少年。

そいつに救われたんだと言うイオンは確かに嘘を吐いているようには思えなくて、シンクは呆然と見つめることしか出来ない。
救われたと言うならば、シンクだってそうだった。
ザレッホ火山の火口に突き落とされて死ぬ筈だったところを、生かしたのはあの少年と、自分の被験者。


「……っだからって僕はどうしたら良いんだ!あんたの代わりにも選ばれなくて、ゴミみたいに処分される筈だった僕は!!オリジナルが生きてるとなれば、全部焼却処分じゃないか!」
「自分をゴミとか言うのは、あんまり好ましくない考え方だね」
「ゴミ以外のなんだって言うのさ!レプリカだって言うのに利用価値すらもない!あんたの代用品にすらなれなかった僕は、どうせ、」


どうせ空っぽでしかないんだ!
と、叫び掛けたその瞬間。
前後の脈絡など一切関係ないとばかりに、いきなり顔面にぼすっと何かを当てられたから、思わずきょとんと目を丸くして固まってしまった。
呆気に取られた、と言うところだろうか。
思わず胸ぐらを掴んでいた手も離してしまって、ぼすん、と床に落ちた物体を確認すれば、イオンも目を丸くして立ち尽くしている。
とりあえず飛んで来た方向へゆっくり視線を移せば、睨み付けてくる瞳と目が合ったから、思わず怯んでしまった。

いつの間に起きたんだろう。

朱色の髪をした少年に、枕を投げられたようだった。


「……自分のことゴミとか言うな。シンクはシンクで、フローリアンはフローリアンで、イオンはイオンだろ?」


真っ直ぐ見据えた、翠色の瞳がそう言った。
わざわざベッドから起き上がって腕を掴んで来て、そうして抱きしめて、当たり前のように言った。
ベッドに座った人間に抱きしめられるから、立っていたこちらとしては屈むような体勢が苦しいけど、そんなことはどうでもいい。
頭を押し付けた肩口は、その体は、自分よりずっと華奢だったけれど、あたたかかった。


「空っぽなんかじゃない。レプリカとか関係ない。シンクはここに居る。生きて、一緒に居るよ」
「……っ!」


当たり前のように、普通に言われたその言葉に、目頭が熱くなって、何かが頬を伝う感覚がした。
それが涙だと気付くのに馬鹿みたいに時間が掛かった気がして、泣いていると言うことに戸惑ってしまったけれど、嗚咽を堪えるのに必死で、か細い体に縋り着くことを、止められない。
どれだけの時間そうしてずっと泣いていたかはわからないけれど、背に回された手がギュッと服を掴んでいてくれることに救われて、甘んじて受け入れていた。が、


『不味い!ここに人が戻って来るぞ!』


叫んだローレライの言葉に、さあっと血の気が引いたのは一瞬のことだった。
とっととクローゼットの中に隠れたイオンに続いて、中に隠れようとしたのだが、抱きしめてくれるその手が許してくれない。
強引に振り払えば逃げれるような気がしたが、そうするにはどこか忍びなくて、近付いて来る足音に頭の中は真っ白になった。
ちょっとあんた離してよ!といくら訴えても、手が離れる気配は全く、ない。


『こうなっては仕方ない…シンク、少しの間目を瞑っていろ』「は?」


ローレライがそう言ったかと思えば、次の瞬間体が光に包まれたから、移動でもさせられるのかとシンクは咄嗟に目を瞑ったが、すぐに違うと気付いた。

抱き着かれている感覚は、変わらない。

だからこそ恐る恐る目蓋を押し上げて現状を見た瞬間、シンクは声にならない叫びを上げて、固まった。


なんか、服が変わってる。




「あれ?君、どうしたんだ?」


ガチャッと扉が開いた音が聞こえ、呆然としたまま万事休すか?とシンクは思ったのだが、しかし侵入者を発見したには男の言葉は不自然で(あ、と言うかこの声はさっき来た奴だ)、警戒などされていないようだった。
かと言って振り返るには少し無理な体勢過ぎて、とにかくローレライによって変えられた服を見て、足元を見て、シンクは絶句する。
第七音素の意識集合体に、軽く殺意が芽生えた。


『シンク、それはここでメイドとして働いている者と同じ服だ。上手く誤魔化してくれ』


出来るかローレライの馬鹿野郎!!
と、シンクが心の中で叫んだのは、言うまでもなかった。





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