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一方、バンエルティア号でグラニデのルークがハリセンで戦闘を終えたその一時間半ほど前。
ガイが気付くことなく入浴しており、そしてルークが失踪して30分ほど経った頃とでも言うべきか。
クエストを受けて船から離れていたジーニアスとゼロスは、倉庫整理だけをしてすぐにバンエルティア号に戻れる予定が途中で遺跡から発掘されたと言うよく分からん倉庫内の粗大ゴミを見付けてしまったことでお釈迦になったことに、運の尽きかと諦めるしかありませんでした。



「はぁ〜……よーやく帰れるとか、勘弁してくれよー、先生。俺腹減って、もう…」
「そ、それは…ごめんなさい。つい、夢中になってしまって…ああ、しかしあの発掘品はどれも素晴らしかった…!!出来れば今すぐ全てを研究室に持ち帰ってリタやハロルド達の意見を…」
「もう、少し落ち着いたと思ったらまたこれだよ…お願いだから今日はモード切り替わるのやめて、姉さん…」


げんなり、と言った様子で肩を落として言うジーニアスの言葉に、しかし既に片足やらかしてしまったモードに踏み込んでしまっているのか、妙に興奮したようにぶつぶつと何やらリフィルが呟いているのだから、これにはロイドも顔を引き攣らせ、一緒に来ていたゼロスとジーニアスの目は死んでたりもした。高が倉庫整理の筈がどうしてこんなそろそろ日付の変わるような時間にまで掛かる事態になっているのだろう…と。ジーニアスなんかは考えてみたりもするのだけれど、どう考えてもこれは単に自分の姉が見つけてしまった発掘品にいつものやらかしてしまったスイッチが入り、時間がかなり遅くなってしまっただけに過ぎない。昼食をとって、それから少し時間をあけて3時に受けた納品クエストを6時に終わらせ、たまたま寄ることになった町でついでだからと倉庫整理をしようと言う話になってからが、これまた本当に地獄の始まりではあった。なんで俺様引き受けちゃったんだろう…と後になってゼロスが頭を抱えたぐらい、町で困っていた美女から引き受けた倉庫整理はえげつない程の難易度であり、くたくたになってどうにか9時近くで終わらせたあと、そこからのリフィルの暴走っぷりはクラトスを欠いたこのメンバーでは止められる筈もあるわけがない。
結果、相手の都合お構いなしに11時を過ぎるまで素晴らしい講義をしてくれたおかげで、疲労も凄まじければ空腹具合は若干気持ち悪さも伴っていたりして、げんなりと溜め息を吐くゼロスとジーニアスは外泊許可を取って町に泊まった方がよっぽど楽だったな、と思った。そして買い出し云々の兼ね合いで、町の近くにバンエルティア号が停泊していることには感謝をせずにはいられない、とも。


「これで今日帰ったら料理当番アーチェでした、とかだったら僕そのままお風呂入って寝ようかと思う…」
「おいおい、さっすがにそりゃあ疲れすぎっしょ。ハニーだってもうちょい、元気あるんだぜ?ほれ頑張れ頑張れ〜」
「2人は良いよ、姉さんの相手碌にしてなかったんだし。そりゃあちょっとは元気あるに決まってるさ」
「ん〜?そんなら、ロイドくんが珍解答してリフィル様の特別授業が始まる方が、弟様としては満足だったって?」
「……………」
「……俺様でも流石にイヤ過ぎて逃げるしかねーぞ」


最初はゼロスとしてもふざけて言っていたものの、あんまりにも洒落にならなさ過ぎるもしかしたら、の話を思い浮かべてしまって、2人して一気に顔から血の気が引いてた。が、案の定ロイドは分かっていないらしく、「先生の授業を受けるのは流石にこの時間帯じゃちょっとイヤだなぁ」と呑気に言っていた。この時間帯じゃなくともゼロスとジーニアスは御免である。
早くバンエルティア号に戻ってプレセアに会いたいなぁ、とジーニアスが現実逃避をし始め、リフィルが懇々とロイドに素晴らしさを分かってもらえるよう教える必要があるな、と固く誓っているのを当人が全く気付いていないことに呆れていたその時に、ゼロスはふと、何やら治安が悪いだろう路地裏へと繋がるその少し手前。民家の壁にもたれて座り込んでいるおそらく人間に気が付いて、思わずスイッチを切り替えてしまった。
マントを着用している為に常人ならば判断し辛いだろうが、ゼロスには分かる。
あれは間違いなく、女性だと。
培ってきた軟派スキルは伊達じゃないとばかりのその切り替えっぷりにジーニアスがドン引きリフィルが白い目で見ていたのだが、ゼロスは全く気にしないことにした。リフィルからの視線には流石に気にするところもあるが、手に届かない花よりも近くのもしかしたらまだ可能性のあるかもしれない花に、今は賭けたい(と言うか癒されたい)ので、なるべく警戒されないようにまずは声を掛けようと近付いたのだ、が。


「そんなところで蹲って、体調でも悪いのかな?お嬢さ…、」


ぽん、と肩に手を置いて、フードのしたの顔を見るべく覗き込んだ瞬間、ゼロスはこれ以上はかつてないほど後悔し、こりゃあ不味いとちょっと本気で泣きたくもなった。
リフィルやジーニアスが怪訝そうに視線を向けてくるのが背に突き刺さっているからこそ分かるものの、心境としては可能性のある花どころか既に所有者の居る花を前に自分の命の終わりを察し、バンエルティア号に居るあの男の姿を思い出しては今すぐ逃げ出したい気もしないことはない。
もう一気に自分の顔から血の気が引いたことはなんとなく自覚はあったが、だからと言って目の前の現実を受け入れるにはゼロスもそこまで鋼鉄の心臓を持ち合わせてはいなかった。
朱色の髪に、どこか痛むところがあるのかギュッと目を瞑っているその目蓋の下の瞳は…おそらくではなく、確実に翡翠色をしているのだろう。
その色を持ち合わせている『女性』は、あいにくゼロスは1人しか、知らない。


………なんでルーくんが、ここに居るの。



「なあ、急に固まってどうかしたのか?ゼロス」
「ゼロス?」


硬直して動かなくなったことに対し不思議そうに聞いてきたロイドとジーニアスの声に、ハッと我に返ったゼロスはこれはどうにかしないと殺される!と察し、上手く働かない頭でとりあえず『目の前の女性が耳打ちして何かを話してくれている』と言う体を装ってしゃがみ込み、何の話も聞き出せていないがうんうんと何度か頷いてみることにした。
一応はこれでロイドとジーニアスはなんとか誤魔化せただろうが、おそらくリフィルはまず無理だろう。しかしどうにかしなければ後々複数人に殺され兼ねないともゼロスは分かっていたので、冷や汗だらっだらに掻きながらもとにかく考えた。
一、この場で何より不味いのは、ロイドとジーニアスに目の前の女性が『ルーク』だとバレてしまうこと。
二、しかし無難に彼女をどうにかして船に連れて帰らないと斬毅狼影陣じゃあ済まないと言うこと。
三、結果として俺様死亡フラグが 立 っ て ん じ ゃ ね え か



「……おーい、どっか調子悪いのか?医者呼んだ方が良い感じか?俺様のこと分かる?」


素晴らしく立ちまくった死亡フラグのことは一旦頭の隅に叩き込んで忘れることにし、とにもかくにも連れ帰るにせよ五体満足、掠り傷でもあったら至近距離で牙狼撃か烈破掌!と思ったので声を潜めてゼロスが聞けば、辛そうにギュッと眉根を寄せていたおそらくルークだろう女性がうっすらと目蓋を押し上げ、意識を朦朧とさせながらも視線を向けてきたのだから、これは相当に不味いぞとゼロスの頭の中でサイレンが鳴り響いていた。
なんでかはよく分からないし知らないが、どうやら推定ルーくんは体調が凄まじく優れないようで、涙に濡れた翡翠の瞳を前に、脳内で「飛ばしていきますか!」とそんな掛け声が再生され、次いで「ザコが近寄んじゃねえ!」と「そろそろ行かせて貰うよ!」とまで続く幻聴が聞こえる。ここで発見しただけまだマシだったんじゃないの?と言うのは素直な感想だったが、どれだけ弁解しようと聞いてもらえない気がかなりした。やめて。俺様戦闘不能状態になる。ライフボトルを用意して頼むから……!!



「……ゼロ、ス…?」


現実逃避どころか嫌過ぎる今後の展開を思い浮かべて顔を引き攣らせていたのだが、小さな小さな、顔を寄せていなければ聞き逃していただろう声でぼんやりと視線を向けていた推定……いや、確定ルークがそう呼んだ。
ああ、やっぱりルーくんだったかとゼロスは回避出来そうにない自身の死亡フラグにどうにか必死に涙を堪えつつ、改めてルークの顔を覗き込む。なにがあったのか全く予想は付かないが、血の気の失せた顔をして、服にしがみついて来たルークの手は、可哀想なぐらい震えていた。
いくら混乱している頭でも、今ここに居ることが、どんな選択をしたのかはゼロスにだって分かっている。
1人で船を降りたこと。あれだけ大切にしてくれた人間の側を離れたこと。
逃げたのか捨てたのかそこまでは知らないし、それは当人だけの感覚だと思っていたのだが、それでも置いて行った場所に属する人間に、縋るように伸ばした手は、形振り構ってなどいられないと判断した彼女の心が弾き出した、本当の気持ちだった。



「……たの、む…ッ、お願い、だから……助け、て…」
「おい!それってちょっとどうい…」
「この子を、助けて…ッ!!」


泣きながら腹を押さえてそう言ったルークの言葉に、とりあえず聞いたゼロスは血の気が引いただとかそんなことを思うでもなんでもなく即座にルークの膝裏に腕を差し込み体を担ぎ上げ、 それまで見守ることしか出来ないでいたロイド達を振り返って言った。



「ちょーっと俺様、このお嬢様を送り届けてくるから、ロイド君たちは先に帰っててくんない?」
「え?どうかしたの?」
「足挫いて帰れないんだってさ。俺様がきちーんと送るから、あとはよろしく頼むわ」
「でもだったら先生に診てもらった方が早くないか?先生なら治せるだろうし」
「リフィル様には〜、俺様ちょっと別事頼んじゃうって言うか〜」
「「???」」


頭に疑問符ばかり浮かべているジーニアスとロイドはさておき、それまで黙って成り行きを見守っていたリフィルにゼロスが意味深な視線を送って述べれば、ちらりと見えた朱色と、そうして必死に唇を噛んで嗚咽を堪えて…けれど泣きじゃくっているだろうその姿に、驚いたように大きく目を見開いたものの、リフィルは察しがついたのか「分かったわ」とすぐに答えを返した。これでどう判断をしたのか詳しくは分からないものの、リフィルはアドリビトムのメンバーに伝えてはくれるだろう。今頃大騒ぎになっていることは簡単に想像できることであり、船に戻ればロイド達もこのマントを羽織った人物が誰かぐらいは分かる。
後になってこれは天翔蒼破斬だとかインディグネイト・ジャッジメントも喰らう羽目になるのかなぁ、と思ったらちょっと本気でこのまま逃避行を…って出来るわけないわなー!!なにこれ俺様どう足掻いても死亡フラグ回避出来なさそうなんですけども!!



「……ごめ、ん…ごめんな、さ…ッ」



譫言のように謝り続けるルークを見下ろして、ゼロスは心の底から今ここに居るべき人間が自分ではいけないと言うのは分かってはいたが、とりあえず医師の手配とベッドで休ませるべく宿屋へ向かうことにした。こんな深夜に手配出来るかどうかはいっそ賭けのような気もしてきたが、そこはまあ自分の運を信じるしかないだろう。最近の絶不調は棚に上げるしかない。
船のことはリフィルに任せて、さてどうなることやら、とゼロスは頭の片隅でそう思いながら、足を止めることだけはしなかった。



慰め方も真摯な態度も。
その術をこの身に欠けたまま息をしてきた生き物に、そこまでの期待はしてくれるなよ。














※まさかのゼロスが出張りました・・・前編・中編・後編で終われるのかとっても自信ないです。
※リフィル先生は一応ルークだとは気付いてます。
※思い込みでジーニアスとロイドは気付いていない感じ。
※時間経過等結構てきとうなのであんまり気にしちゃダメです。
※グラニデのルークは結構怒ってます。
※一番泣きたいのはアッシュ
※ハリセン云々等はあんまり記憶にないので捏造多発ですorz

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