〔1〕よくよく話を聞けば、なんでも『ルーク』の意識が眠っているなら接触することは可能ではないかと考え、異世界の自分と同じくこの世界でないものに触れた上で干渉出来ないかとこの7歳児は考えたらしかった。
…いや、無茶苦茶だろ!とツッコミを入れたかった人間は多々と居るが、一度決めたらそこは譲らないらしく、なら一人ででも行く!と言い出される前にこちらから折れた。ありとあらゆる意味で危険人物なのだ。野放しに出来る筈がない(迷子札かなんか首から下げてやろうか)(切実に希望)。

ちょうど朝早くからカノンノとディセンダー、それにセネルとアスベルがクエストでカダイフ砂漠に向かっていることから、それならついでに今から『キバ』に向かおうとユーリとエステル、そしてフレンが『ルーク』に同行することになった。
本当はクレスとロイドが来たがっていたのだが、異世界の『ルーク』は彼らに慣れていないので、まさか無理強いもさせれる筈もない。
それとは別に、何の気の迷いかあの弟が、アッシュが同行したいと言って来た瞬間、見事なまでに『ルーク』の顔から血の気が引き、真っ青な顔色で「アッシュを危険な目に合わせたくない!」と言い放ったあの時は、ホールに居た人間が全員凍り付いていた。
どうやらこの『ルーク』は、可能ならばアッシュには剣を奮って欲しくないらしい。
理由が聞けるとは、思ってもいないが。




「ごめんな…ユーリ達には、迷惑ばかり掛けて…」
「おーい、誰が迷惑っつったんだお子様め。勝手なことばっか考えてんじゃねーぞ」
「ユーリ!ルーク様になんてことを…!」



仕様もないことを言い出した瞬間、ぐりぐりと頭を小突いてやれば見かねたフレンが止めに入ったが、逆に『ルーク』に対し敬語を使ったせいで悲しまれ、慌てふためいていたがユーリは助け舟を出さなかった。
事情は把握しているもののエステルは普段のあの『ルーク』との違いに未だ少し戸惑っているようで、おろおろとしている姿が可哀想にもなってくる。
ついでに可哀想なのはカダイフ砂漠に着いてから、魔物と戦闘に何度もなっている筈なのに、未だ鞘から剣を抜くことも出来ていない自分達だったりもした。
この際だから正直、言おう。
嘗めてた。



「……にしてもマジで俺ら居る意味ないな」
「はい…私たちが気付く前に、ルークが全て倒してしまいます…」
「なんだ?エステルお前、魔物倒したかったのか?」
「そうじゃありませんユーリ!ルーク一人だけに負担掛けてしまっているのが、私、申し訳なくて…」
「負担、ねぇ…」



言いながら、フレンと会話しつつ先へ進むその朱色を眺めてみるが、息一つ切らしていないどころか掠り傷すらもないその姿に、手を出した方が負担になるんじゃないだろうか、だとか足手まといにもならない事実を突き付けられた気がして、何だかがっつりへこんでしまった。
平静を装ってはいるが、これはフレンもそれなりにへこんでいるだろう。
昨日手合わせしていたのが別段本気でもなかったことを示すように、魔物を相手する『ルーク』は容赦がなかった。
しかもこれで本気でないと言うのだから、恐ろしくも感じて仕方ない。



「あ、着きましたルーク!」



一切剣を抜かないまま本当に辿り着いてしまったラザリスの『キバ』を前に、エステルがそう言えば『ルーク』は駆け寄ったあと、不思議そうに『キバ』を見つめていた。
ディセンダーが一応浸食を止めたものの『キバ』は消滅しなかったようで、相変わらず存在しているそれにあの変わり者救世主が突拍子無く現れることがないよう、密かに祈ってみる。
まじまじと見上げていた『ルーク』は、やがて覚悟を決めたのか『キバ』に対しそっと手を伸ばした。
…触れて大丈夫なのか?それ。



「…本当は、これに触れなくても…アッシュの力を借りれば良かったんだろうけど…ごめん、みんな…」



申し訳無さそうに言う『ルーク』の言葉に、すぐさまエステルが「そんなに謝らないで下さい!」と叫んだが、声を掛けるよりも何より『ルーク』の話の内容に思わず考え込んでしまった。
なぜここでアッシュ?と疑問に思ったのは俺だけの話ではないようで、フレンの何か言いたそうな視線が突き刺さってくる。
とりあえず成り行きに任せるかとユーリはフレンに対し首を振って、再び視線を『ルーク』へと戻した。
困ったように笑っている。
7歳の子どもが浮かべる表情じゃないだろうに。



「ちょっと試してみるから」



言って、ラザリスの『キバ』に両の手で触れ、意識を集中させるべく『ルーク』はそっと目を瞑った。
嫌な予感ばかりしたけれど、引き止める術の方が、ユーリも持ち合わせてはいなかったんだ。





〔2〕音と音を引き合うように、響かせる。
澄んだ空気の中…暗闇ではない、けれど青空と言うにはほんの少しだけ蒼の濃い、ああ、例えるならば海の底のような場所で、そっと目蓋を押し上げる。
自分の姿が、7歳の子どもの姿だったことに驚くことはしなかった。
ゆるり、顔を上げて前を見て、探すのは、自分と似通った、彼を。



「やっぱり来たんだな、『ルーク』」



蒼の海の底の方に、うずくまるようにしていた朱色が…かつて髪の長かった頃と同じ姿をした『ルーク』が、そう言った。
手を伸ばしても、届かない事実に思わず顔をしかめてしまうが、まさかどうこう出来る筈がない。
前に一度だけ、アッシュと意識を共有した時のことを考えるとここは『ルーク』の意識の中であり、自分に強い力はないのだ。
真っ直ぐ見上げてくる。
揺らがない瞳に、言いたいことは聞きたいことは沢山あったのに、何から言えば、良いのか、なんて。



「お前が気に病む必要はないよ。俺は、俺の意志でお前を受け入れた。お前が望むなら、書き換えが終わった後、お前の好きな『ユーリ』達の居る世界にも戻れるさ」
「それってどういう…」
「あー…やっぱ気付いてなかったか…仕方ねぇ。説明するけど、今更止めてとかそういうのは一切聞かねぇから。俺の勝手だから、拒否権も無しな」
「え、ちょっと待っ…!」
「まず最初に言っておく。お前の体は、あのままだと保たなかったんだ。音素乖離を起こしてた」



告げられた事実に、思わずヒュッと息を呑んで愕然と目を見張ってしまった。
カタカタ、と体が震える。
目の前の『ルーク』が本当に全てを知っていると言う事実にも何を考えれば良いのかわからなかったけれど、やっぱり俺は、消えるしか、なかったのか、と。



「ああ、一応言っておくがお前が居た『ユーリ』達の世界で消えたわけではないし、体はあっちにあるからな?ただ、ほとんどここに連れて来てるから抜け殻状態でちょっと揉めてるだろうが…消えるよりはマシだからそこは割り切ってくれ」
「え、あ…う、うん」
「不思議現象はあの無責任発光体…じゃねーな、えっと、ローレライのせいだから、文句はあっちに言えよ。まあとにかく、今のお前は、自分で個を持てばすぐに乖離してしまうぐらい、存在が希薄だってことを頭に入れておいてくれ」



淡々と説明してくれる『ルーク』に、ルークは若干どころか相当戸惑いながらも話を聞いていたのだけれど、ふとここであることに気付いてしまった。

今の俺とお前は精神が同居してるもんだ、かつての『アッシュ』と『ルーク』のように、と。

続ける『ルーク』の言葉に、しかし即座に違う、とルークは否定する。否定出来てしまう。
カタカタと顔を真っ青にさせて震えてしまった。
嫌、だ。



「…お前は、今、何をしてるんだ?」



震える声でそう聞いた。
穏やかに凪いだ翡翠の瞳と、目が合う。
『ルーク』は笑っていた。
笑って、言った。



「存在の書き換えを、してるんだよ」




『ルーク』が、生きる為に。







〔3〕一体どれくらいの間目を瞑って集中しているの生憎時計を持ち合わせていなかったからわからなかったが、ラザリスの『キバ』に触れていた『ルーク』が力無く倒れ込んだのは、本当に突然のことだった。
エステルが「ルーク!」と叫んだのを耳に、地面に突っ伏す前に支えてやって、大丈夫かと声を掛けようとしたのだが、そいつが静かに涙を零していたからユーリは咄嗟に何か言うことも出来なかった。
子どもみたいに泣きじゃくってくれたらまだいい。
『ルーク』は、泣いていると言うことに気付いていなかった。
泣き方をやっぱり、知っていない。



「大丈夫ですか、ルーク!どこか怪我して…!」



慌ててエステルがそう声を掛けたのだけれど、肝心の『ルーク』の耳には全く届いていないようだった。
カタカタと体を震わせて、ギュッと唇を噛んでいる。
「ルーク様!」と再び敬語に戻ったフレンに何も言えず、『ルーク』はただ震えていた。
…怯えているにしては、何か様子が違うよう、な?



「おい、あいつには会えたのか?」



とりあえず目的だったことを聞けば、ゆっくりではあったものの『ルーク』が静かに首を振ったから、ユーリは本当にあのお坊ちゃまが中に居ることに密かに安堵したのだが、そんな場合ではなかった。



「…ふっざけんじゃねーぞ『ルーク・フォン・ファブレ』!何が書き換えだ何が音素乖離だ何がローレライのせいだぁー!俺はお前の存在食ってまで生きるなんて望んでねぇー!!」



うがー!と喚き始めた『ルーク』に、うっかりぽかんと口を開いて固まってしまったのだが…なかなか流すに流せない言葉もちらほら聞こえて、ユーリは声を掛けようとしたのだが、その瞬間不意に目の前に、視線の先に、剣と呼ぶには疑問があるような、まるで音叉のような形のものが宙に浮かんでいたから、ギョッと目を見張ってしまった。
ゆらり、と立ち上がった『ルーク』が何だか怖い。
迷うことなく『ルーク』は柄を握った。
扱いになれてるのは…気のせいではないな。うん。



「…ローレライ、お前も望んでるって言うの、か?」



小さく呟くように言った『ルーク』に、とりあえず落ち着いてくれたかとフレンとエステルが近寄ろとしたのだが、嫌な予感がしてユーリはまず二人を首根っこを掴んで止めた。
待てよ命知らず。
完全にオーバーリミッツ発動させてるぞ、この7歳児。



「二人して勝手なことしてんじゃねーよ!ふざけるな!!」



怒鳴ったかと思えば一気に纏う雰囲気が変わったから、思わず引き下がってしまった。
完全に秘奥技ぶっ放すつもりだよな?オーバーリミッツ発動中だよなやっぱりこれは…!



「これで決めてやる!−−−響け、集え、全てを滅する刃と化せ!」




ロスト・フォン・ドライブ!




チュゴォオオン!と、何だかうっかり現実逃避したいぐらいの轟音と共に放たれた閃光やら何やらに、とりあえずフレンは青ざめエステルは立っていることも儘ならず崩れ落ち、ユーリは立ち尽くすことしか出来なかった。

ラザリスの『キバ』どころか砂漠の一角が消し飛ぶだなんて、夢にも思っていませんでした。



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駆け出したシリウスを追いかける・5



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