〔1〕夜の甲板に、そいつは一人、星を眺めてそうして立っていた。凛とした背中はどうしてか頼りなく思えて、儚く消えてしまいそうな印象は、あのお坊ちゃまから話を聞いているせいからだろうか(まあ話と言うには酷く曖昧な、内容だったけど)。



「そんなとこ突っ立ってばっかだと、風邪引くぞ」
「ユーリ…」



声を掛ければ、力無く名を呼んで振り返った『ルーク』に、ユーリはついつい溜め息を吐いてしまった。
迷惑を掛けたとこいつはすぐに気にするだろうが、これは絶対洒落にならないぐらい体を冷やしてるとわかるからこそ、どうしても我慢出来やしない。
近付いてポンポン、と頭を撫でてから試しに頬を摘んでみたら冷え切っていて、お前なにやってんだよと、そのままベチッと両側を押し潰してやった。
呆気に取られているその姿に、そういえば昼間はこいつに剣で完膚なきまでに叩きのめされたんだよな、と思ったがまあ、うん、あれだ。ひっでぇ顔。



「なにすんだよユーリ!」
「いや、7歳児のお子ちゃまがこんな時間まで夜更かししてっから、教育的指導?みたいな」
「疑問形で言われても全然説得力ないっつーの!…つーか、ずっと思ってたんだけど、なんで俺の認識が7歳児なんだ?」
「前に来た時、お前が7歳ぐらいのガキの姿だったからだろ?7歳児」
「あれは、あん時が異常だっただけで…気が付いたら子どもの姿で、すごくびっくりしたし…俺だって、本当はこっちの『ルーク』と年は変わらない」
「まあ、じゃなきゃあんな立ち回りは出来ないし、7歳のガキにしちゃお前は立ち居振る舞い、話し方とか説明は付かねえよな」



言いながらも、しかし浮かぶのはあの日、あの『ルーク』が話してくれたこの『ルーク』についてだ。
要領は確かに得なかった。
けれど、それでも『ルーク』は、確か。



「でもお前、見た目は17歳だけど中身は7歳の子どもなんだよな?」



何気なく言った瞬間、一気に『ルーク』の表情が凍り付いたから、これは言ってはいけなかったのかと何でか冷や汗が流れ出た気がした。
怯えたような瞳が、こちらを映し出している。
カタカタと震え始めた体に、安易な言葉を紡ぐことも行動も取れなくて、内心ユーリは途方に暮れてしまった(しまった、考え無し過ぎたな、これは)。



「な、なんで…そのことを…」



震える声でそれでもどうにかそう言った『ルーク』に、ユーリは自身の頭を掻きながら少し考えた。
教えない、と言う選択肢は、ない。
ただどこからどこまで、どういう言葉で告げようか、迷っていた。
伝え方次第で、これはおそらく今目の前に居る『ルーク』だけでなく、あのお坊ちゃまの方も、傷付ける言葉になる。



「…聞いたんだよ。お前が前こっち来て、一悶着あってから帰ったその後に」
「だっ、誰に?!」
「こいつに」



言いながら、真っ直ぐに指差せばすぐには飲み込めなかったのか『ルーク』は目を丸くしていたが、震える手を自分の胸に押し当てて、一度目を瞑ったあと「…そっか」と小さく呟いた。
あのふてぶてしいお坊ちゃまのことがどうしても頭に過ぎるから、違和感だらけの姿になるのだが、この『ルーク』はたとえ別世界の『ルーク』であろうとこっちの『ルーク』とは別人なのだから、まあ仕方ない。
あの事実が本当であるのだから、この『ルーク』はまだまだ幼い7歳の子どもなのだ。
……ぶっちゃけなんでそんなややこしい事実引き起こしてんだとか、7歳の子どもがここまでのことが出来るのに何をやらかしたんだとか疑問は尽きないが、そこを追及出来る立場でないのは、流石にわかってる。



「でも…なんで、そんな…」



自分の手の平を見つめたまま言った『ルーク』に、ユーリはポンポン、と相変わらず頭を撫でたまま答えた。
子ども扱いなどと言ってられない。事実、こいつはまだ子どもなのだから。



「夢で見てると言っていた。7歳の時から、ずっと」
「!」
「まあ俺も断片的にしか聞いてないんだけどな。少しだけ話してもらえたから、本当に少しだけ俺は知ってる。でもあのお坊ちゃまは…ルークは全部知ってるんだろうよ」



言えば、『ルーク』は顔を真っ青にさせて目を見開いていた。信じられない、と思ったところはそんなとこか…いや、何に対して信じられないのかはわかりやしないが。
全部知っているとその言葉に『ルーク』はただ怯えた。
尋常でないその怯え方に、こいつ何かやらかしたのだろうかと頭に過ぎるが、そこは触れていい領域でないのはユーリもわかるので、触れない。
だからと言って、このままにしておく気はないのだけど。



「どんな理屈か知らないけど、別の世界であいつは生きていたからそれが嬉しい」



あの日の夜、星空の下で、偽り無く言ったあいつの言葉をそのまま口にしながら、震える『ルーク』の顔を包むように頬に両の手を添える。
幼子が瞳に涙を溜めて、けれど泣くと言うことを理解していないのか、そうする術を知らないのか、ただ見つめて来るその姿に、額にキスを送って抱き締めた。

哀れだと思った。
本気で。
こいつは与えられる愛情を知らないのだろう。それはおやすみのキスだったり、ぬくもりの意味を知り得ない。
一度7歳の姿を見ているからこんな方法を取ってやらなくてはと思うのは、言葉を交わす度にこの子どもがあまりにも痛々しいからだ。
あのお坊ちゃまにバレたら怒られるとは思うが…他愛のない会話をしたいと願うから、また、戻って来た時にでも、話そうか。



「それがあいつの本心だ。俺もよくわかってないことが多いけどな?それでも、あいつがお前の幸せ願ってて、生きていて嬉しいと思ってた気持ちを、嘘じゃないとは知ってる」



ま、それにしたって中で引きこもりってのはないけどな。と抱き締めていた体を少し離して、目を合わせて冗談を交えて笑って言えば、『ルーク』は一度泣き出しそうみたいに顔を歪めて、それから下手くそに笑った。
ポンポン、と頭を撫でてやって、それでも無理に笑おうとするから、その顔を肩口に押さえつけてやって、あやすように背を撫でる。

眠れない子どもをあやして寝かしつけることになるとは、思ってなかった。
けれど、仕方ないとも思う。
結局俺も、大概『ルーク』に甘いんだ。



(いつもの『彼』を思い出しては、堪えた衝動の名を、本当は知っていて、気付かなかった振りばかりするけれど。)









〔2〕抱き寄せてあやしていたら本当に寝入ってしまったルークを、抱き上げて医務室のベッドに寝かせばその光景を全て見られていたのか、翌日になってさんざんアーチェにからかわれた。誰か見ているとはユーリも気付いていたが、特に何も言って来なかったので放って置いたらそれが仇となったらしい。
うんざりとしたまま食事を終え、フレンとエステルと一緒にホールへ出れば、朱色の髪をしたそいつがアンジュとリタと話していたから、ユーリはおや?と首を傾げた。
何かあったのかと近付けば、先にリタの方が気付いたようで「ユーリ」と呼んだその声に、朱色も振り返る。



「んな所でなに話し込んでるんだ?お前ら」
「あ、ちょうどいいところに来たわね、ユーリ。それにエステルとフレンも」
「なにがだ?」



にこにこと笑んで言うアンジュの言葉に、こればっかりは三人揃って首を傾げてしまったのだが、続いたリタの説明とアンジュの頼みに、ユーリは思わず頭を抱えたくなった。



「この子が、世界樹以外にどうしても行きたいところがあるって言って聞かないのよ」
「それが地名もわからないから…世界に三カ所あるって言って、しかもどうやら一つはカダイフ砂漠みたいなのよね」



困ったように笑って言うアンジュの言葉に、エステルが目を見張って声を上げた。
同じようにフレンも驚きを隠せないでいる。が、ユーリとしてはもう好きにしてくれ、と若干投げ遣りだったりもした(止めたところで無意味なのは、どっちもどっちか)。



「それってまさか…!」
「ラザリスの『キバ』に用があるって、この子は言ってんのよ」



心底呆れたように言うリタの言葉に、エステルが驚きのまま「えぇー?!」と珍しく叫んでいたが、誰も何も言わなかった。
事の重大さにこの『ルーク』はわかっていないようだが、そもそもこいつはこの世界のこともラザリスも何も知らないので、平然とそう言い放ってしまえれる。
そら一人で行かせれるわけないわな、と傍観者に徹しながらユーリが眺めるその先で、とりあえず依頼として扱ったからユーリとエステル、それにフレンが同行してくれないかしら?当たり前です!だの何だのやり取りがあったが、まあそこは勝手に決めておいてもらおう。
すっかり蚊帳の外となってしまいぽかん、と口を開いたまま呆然としている『ルーク』に、ユーリはとりあえず「なんでそんなもんに用があるんだ?」と当然の疑問を聞いてみた。
すれば『ルーク』は一度目を伏せ、自分の胸に手を当ててから、静かに答える。




「『ルーク』と話が、したいんだ」




確かにそう言ったその言葉に、7歳児の発想はよくわからんと言ったら、怒られるだろうか。
…なんでそれが、ラザリスの『キバ』と繋がるんだか。






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駆け出したシリウスを追いかける・4




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