〔1〕その子どもの名前も、やはり『ルーク』と、そう言った。



「と言うことはあのお坊ちゃまの中身だけがお前と入れ替わっちまった、ってことか?」
「んー…多分、そういうことだと思うんだけど…」
「なんか煮え切らない答えだな」
「それは…だって、確かめようとした時にユーリさんが止めたから…」
「食堂入ってあれは誰だって止めるわ。つーかお前、さん付けやめろって言っただろ?」
「ぅっ…」



たまたま誰も居ない甲板にて。
とりあえず何がどうしてこうなったか、現状を整理する過程でユーリは目の前の子どもとあのお坊ちゃまとの違いに何だか溜め息を吐いてやりたかったのを何とか堪えたていた。
この『ルーク』が言うに、と言うのか自分自身、事の一端を見ていたからこそ単純に考えてもあのお坊ちゃまの中身がこの『ルーク』と変わったのはわかるのだが、それでどうしろと嘆きたくて仕方ない。
素直な反応を示す『ルーク』に、ユーリはどうも調子が狂ってしまっていて、とりあえずユーリ『さん』呼びは拒否しておいた(問題はそれどころじゃないのだが)。
大体髪を切ったら自分の体かそうでないかわかるんだ、と言われても納得出来やしないし、問題はこの『ルーク』が以前一度大騒ぎしたあの子どもだと言うのも、また頭が痛くなる理由だった。
素知らぬ顔を貫き通すには、ユーリもまた、あのお坊ちゃまから話を聞いてしまっている分、そんな真似は出来る筈がない。



「まあ、なんか面倒なことになってるがとりあえずリタ達の力でも借りてみるか?入れ替わっちまったってなら、お前の体であのお坊ちゃまが何をやらかしてんのか、ちと不安だしな」
「それは…多分、大丈夫だと思う。昨日は大部屋にみんなで泊まってたから、あっちのユーリ達ならきっと…いや、でも…」
「なんか引っ掛かることでもあんのか?」
「…えっと、なんて説明すればいいのかわかんないけど、単純に入れ替わったって言うよりはなんか…アッシュとフォンスロット開いて引き込まれてた時みたいな…」
「フォンスロット?」
「ええと、フォンスロットってのは俺とアッシュの間でなんて説明すれば…あああ!もうわけわかんねぇつーの!」



……なんと言うのか、この子どもとあのお坊ちゃまは全然似てないな、と思っていたのだが、上手く説明出来なくて癇癪起こすその姿はどっか似通ったものがあって思わず頭を撫でてなだめてしまった。
ここで手を振り払うのがお坊ちゃまだが、この『ルーク』は別に怒る素振りもみせないから、慣れているのだろう。おそらく、こいつの言うあっちの『ユーリ』に頭を撫でられることが(あー…話が複雑過ぎて頭がこんがらがってきたわ)。
ぽんぽん、と頭を撫でれば、『ルーク』は多少落ち着いたのか一度息を吐いて、きちんと向き合ってきた。
有り得ない反応だな、と心の中で呟くが、まあ別人なのだから、当然のことか。



「ちっと頭を休ませた方が良いんじゃねーの?煮詰まって爆発する勢いだぞ、それじゃあ」
「ぅっ…でも、早くどうにかしないと…」
「どうにかするにしたってそんなけ混乱してたら考えれるもんも考えれねぇよ」



ぽんぽん、と頭を撫でながら言ってやればしゅん、と気落ちして俯く姿が子犬のようだった。
そのあんまりにも元気のない姿にこれは困ったと内心焦るのだが、特にいい方法も浮かびやしない。
何かないかと考えてみて、ふとそういえばあのお坊ちゃまが剣術が好きなことを思い出して、ならこいつも好きだったりしないのか?と若干発想がおかしい気もしたが、その路線から話を逸らすことにした。
上手くいけば上々。
違っていても、まあ話の種ぐらいにはなるだろう。
だからこそ、



「なら気晴らしに、稽古でもするか?」



言えば、瞳を輝かせて喜んだその姿に、まさかやめとけば良かったと後悔するとは、思っていませんでした。






〔2〕目の前で朱色が舞うのを、ついつい呆然と見つめてしまった。
なんだこの状況?と当然の疑問。

目に見える光景が信じられなくて、フレンは甲板に出てすぐの所で立ち尽くしていた。らしくなく隣に居るエステルのことが頭から吹っ飛ぶぐらい、わけがわからなかった。



「なにそんなとこで突っ立ってんだよ、フレン」
「…ユ、ユーリ」
「どうした?」
「これは、一体どういうことなんだ?」



動揺を隠せないままフレンが言えば、一体いつの間に近付いていたのかユーリは気まずそうに目を泳がせていた。
なんだ君、そんな反応は。と続きたかった言葉もしかし言えず、フレンとしては甲板に見える光景から目を逸らせずにいる。
稽古と称して、このギルドの面々が甲板で剣を奮っている姿はよく見たことがあるが、それにしたってなんだこの状況は、となかなか信じられない光景がそこにはあった。

朱色が舞う。
相手は自分の部下であるアスベルで、剣の腕は彼の方が上である筈なのに、まさか喉元に剣先を突き付けられてるとは、思いもしませんでした。



「あー…やっぱアスベルも二分と保たなかったか…」
「それはどういうことなんだ?ユーリ。ルーク様は…いや、頼む。この状況を1から説明してくれないか?」
「説明も何も気が付いたら総当たり戦みたいになってたんだよ。よく見てみろよ、フレン。あいつの周りをさ」



言われるままに、ユーリに向けていた視線を元に戻したフレンは、その時になってようやく甲板に何本もの、どれも見たことのある剣が突き刺さっているのに気が付いた。
まさか、と呟けばユーリは普通に頷いて答える。



「ロイドにクレス、スタンにカイルにスパーダ、リッド…まあここに居る奴全員、完膚なきまでに叩きのめされてな。甲板に刺さってる剣の数だけ、あいつが勝ち抜いてる証拠だよ」
「…ルーク様、が?」
「すっげえ力だろ。疑問に思う所は全員一緒でな。一本取ったら質問に答えるって状況でこの現状だ。お、とうとうリオンまでやるか…二分保てばいいんだけどな」



どこか疲れたようにも言うユーリに対し、フレンは信じられないものを見るようにルークへと視線を向けた。
アスベルと入れ替わるようにリオンがルークの前に立つ。
剣を抜いて、そうして振り上げたと思えば、気が付いたらリオンの手元から剣が弾き飛ばされていた。
甲板に突き刺さる。
こりゃ後でチャットに怒られるな、とユーリが呟いたが、なら止めろよとはフレンも思っても言えなかった。



「……ちなみにユーリ、君は挑戦したのか?」
「一番初めにやって三分保たずに終了したな」



ほら、何も持ってないだろ?と丸腰だと言うことをアピールしたら、頗る機嫌悪そうにフレンが顔をしかめたから、ユーリはそっぽ向いてみせた。
がちがちの石頭のフレンに、案の定融通は利かなかったらしい。



「僕は止めてみせる。こんなこと、チャットの大切な船を傷付けるだけじゃないか」



言って、前へ出て行ったフレンの背を横目に、ユーリは溜め息を吐いてとりあえず慌てふためいているエステルの背をぽんぽん、と叩いた。
この状況に相当付いていけなかったらしく、一言も口に出せなかったようで、落ち着かせるよう試してみる。
そんなユーリとエステルに気を掛けることもらしくなく出来ず、フレンは断りを入れてからルークと向き合った。
「次はフレンが付き合ってくれるのか?」と問うルークはどこか幼く思えてフレンはおや?と首を傾げるが、すぐに頷いて答えた。
すれば嬉しそうにルークは剣を構える。
フレンも同じように構えてみせて、そうして剣を奮おうとした。その時、だった。



「なにやってんだ!この屑が!」



驚き目を見張った先に居たのは、もう一人の、紅。






〔3〕急に態度が変わったと思えば逃げ出したあの愚兄を仕方なく追いかけて、そうして甲板の人集りの中に見つけたその姿にアッシュはつい怒鳴りつけていた。
驚いたように目を見張るルークは、屑だと言われたのに特に何か言うこともなく、フレンに向けていた剣の構えを解く。
呆然と立ち尽くした、とも取れるその反応に、疑問を覚えたのは周りも一緒だった。
ルークは、動けない。
ただ震える唇で、アッシュとそう紡ぐ。



「お、落ち着いて下さいアッシュ!そんな、いきなりルークを怒鳴りつけなくても…」



慌てて止めに入ろうとしたエステルの言葉に、流石にアッシュも無視は出来なかったのか、側に居たロイドやクレスと言ったわりと最初ら辺からいた面々も加えて説明を受けていた。
そうして、状況を把握したのかアッシュは馬鹿にしきったようにルークを鼻で笑って、剣を抜いて構える。
騎士であるフレンは複雑であったが強く止めに入ることも出来ず、仕方なく引き下がって代わるように前へ出たアッシュに、震えたのはルークの方だった。
少しずつ、下がってしまう。
その反応が示すもの、は。



「構えろ。俺が相手してやる」



言い切ったアッシュに、目を見開いたのはルークだった。
カタカタと震えて、途端に顔色が真っ青になる。
この反応には流石に誰もがおや?と首を傾げた。
これではまるで、怯えているような。



「い、いや、だ…俺は、アッシュには、向けない」



震える声で、それでも拒絶したルークに、アッシュは睨み付けて不快さを露わにした。



「ふざけんな!屑がなにを言ってやがる!」
「いや、嫌だ!絶対に嫌だ!俺はアッシュには向けない!絶対向けない!」
「なんだと?!」
「も、もう嫌だ…あんなの、嫌だ…っ!ごめ、ごめんなさ…い、いや、だ…アッシュ…ごめんな、さ…」
「ルーク!」



急に震える唇で謝り始めたルークの姿に、アッシュは怪訝そうに顔をしかめて近付こうとしたのだが、その前にユーリが駆け出してルークの目を片手で覆い隠した。
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返すその姿があんまりにも痛々しくて、ユーリは咄嗟にその体を抱き寄せて、落ち着かせようと試みる。
あまりも普段と違うルークの態度に、流石にアッシュも何も言えずに居て、そうして居合わせた連中の視線にも気付いていたから、ユーリはここでお開きか、と小さく息を吐いた。
説明は面倒だし、よく把握も出来ていないが、まさか誤魔化せる筈もないだろう。



「あー…なんて説明するか悩むところだが、お前ら、前にルークそっくりな子どもが現れたこと、覚えてるか?」



『ルーク』の体を支えたまま言えば、覚えてるけどそれが何か?と首を傾げるのが大半だったが、勘のいい奴はまさか…、と小さく呟いた。
否定出来たら良かったんだけどな、と思っていたら睨み付けてくる弟とばっちり目が合って少々困る。
俺のせいではないことは、確かだって言うのに。





「今のこいつの中身はな、あの子どもの『ルーク』なんだよ」





--------------


駆け出したシリウスを追いかける・2




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -