その腕に、気が付いたら強く、抱きしめられていた。
長い朱色の髪をした存在に。
あの時の自分と、同じ存在に。

(どうして子どもの姿になってるの、どうしてユーリ達は俺を知らないの、とか。全部、意識の内から、弾かせて。)




「……ぇ?ぁ、…お、れ?」


戸惑いながらもそう放った、朱色の髪をした小さな子どもの体を周りにユーリが居ようと、ハロルドが、ナナリーが、ジェイドが。この船の、ギルドの仲間達が何人居ようとも構わずに、ただ強く抱きしめていた。
身動ぎ一つ出来ないぐらいに。
抱き締めて、放さない。
伝わるぬくもりだとかを、知らないままだったんだろう。
誰もお前にそうしてくれなかったのを俺は知っている。

痛いぐらい、知ってたんだよ。



「違うよ『ルーク』。俺はお前と同じだけど、でもお前自身じゃない。お前は俺を知らないけど、俺はお前を知ってる」
「な、なに…?」
「ここは、お前の居るべき場所じゃない。帰る場所、あるんだろ?」
「で、でも…俺はもう帰れ…」
「そっちじゃねーよ。んなとこ俺だって願い下げだ。…いま居るのは、優しいところなんだろ?」



問えば、小さなその体がびくりと跳ねたのがわかった。
なだめるように背を撫でる。
約束を反故したと責めるその声を、柵を、遮る。



「いま、誰と一緒に居る?」
「……ユー、リと…ラピードと、エステル、と…」
「うん」
「カロル、リタ…ジュディスと、レイヴンと…フレ、ン」
「そっか。なら、ここのユーリ達が違うってのも、わかるよな?」
「…うん」



まだ少しだけ戸惑いながらも、それでも返事をしてくれたことに小さく笑った。
ああ、彼らと居るのなら大丈夫。世界は違えど、側に居るのが彼らなら…ユーリなら、きっと大丈夫だ(『ルーク』が名を口に出したその時に、みんな驚いていたけれど、上手く説明出来る気は全くなかった)(残念ながら賢くないし)。



「悪い、俺は人として生まれたけど、やっぱりダメみたいだ。でもこれは俺が背負うもんだから、全部終わったお前は、背負おうとはすんなよ?」
「それってどういう…っ」
「帰れ『ルーク』。お前が居るべき場所はここじゃない。優しいところで、お前は生きろ」
「―――っ!」
「お前の幸せを、祈ってるから」



言えば、翡翠色の瞳を大きく見開いて、それから『ルーク』はぐしゃぐしゃに顔を歪めて…泣いて、小さな声で「ありがとう」とそう言って、宙に溶けた。
淡く光って消えるその瞬間は、あの子どもが乖離して消える時とよく似てる。
死にたくないと何度も聞いた言葉が、頭の中で谺していた。



「な、なによ…今のは」



どこか震える声で言ったリタの言葉を耳に、さっさと立ち上がって部屋の外へと足を進めた。
説明してください、と言うジェイドの言葉は聞かない。
呆然と立ち尽くすナナリー達を通り過ぎて、外へ出て行く。



(彼の子どもは空に溶け、優しい地へとかえりました。)
(残された子は欠片を抱きます。)

(幸せだけを、祈っています。)




(それでは、さようなら。)














「こんな時間にお坊ちゃまが天体観測とは、珍しいもんだな、と」


満天の星空、と言うには少し違ったが、大抵のギルドメンバーが眠っているだろう時間に甲板に出ていれば、不意に後ろからこう声を掛けられたから、渋々振り返ってみて、そうしてルークは見えたそいつの姿にきょとんと目を丸くしていた。
夜に溶け込むんじゃないかと思ってしまうような黒髪のそいつが、手にカップを2つ持って近付いて来る。
わざわざするようなことでもないだろうに、と思ってしまったらつい呆れてしまった。
まあ大半は、自分が飲みたかっただけだろうけど。



「……なにやってんだよ、ユーリ」
「いや、なにお坊ちゃまが眠れてないだろうな、なんて思ったからな。ほれ、飲むか?」
「んな回りくどいことしてないで、素直に昼間のことが気になって聞きに来たって言えっつーの」
「まあそれもあるが、飲むのか飲まねぇのかどっちだ?」
「………飲む」
「はい、どーぞ」



言いながらカップを手に近付いて来るユーリに、ルークは少しだけ呆れながらもきちんとそれを受け取った。
思ったよりずっと長い間甲板に居たから喉が渇いていたのは事実で、特に断る理由もなかったと言うのもあるが、単純にいつもみたいに突っ張ねる気になれなかった、と言うのも1つある。
素直にカップを受け取ったルークのすぐ隣に並んだユーリは、常の傲慢さをどこかへ置いて来てしまったかのようなルークの態度にほんの僅かに目を見張ったが、すぐに戻した。
昼間の騒動を、ユーリだって知っている。



「なあ、聞いてもいいか?」



ココアを飲みながら、ユーリはしっかりとルークを見据えてそう切り出した。
この船に突如現れた小さな『ルーク』のこと。
朝起きたらあのお坊ちゃまが子どもになってたとか笑えないと言っていたら、医務室に当人まで現れて、その後の行動に誰もが疑問に思ったと言うのに、ルークはジェイドがリタがハロルドが聞いても、終いにはアンジュが聞いても、頑なに話すことを拒んだ。
半ば脅しのようなアンジュの言葉にも、アドリビドムから一人で出て行ってもらうわよ、なんて洒落にならない言葉にも、なら出て行くと躊躇いなく言い切ったくらい、ルークが話すことを拒んだことを、ユーリだって知っていた。
−−−だからこそ、



「あの子どもは、何だったんだ?」



率直に聞いて来たユーリに、ルークは手渡されたココアを一口飲んでから、小さく笑って答えた。


「『ルーク』だよ。俺であって、俺でない『ルーク』」
「…カノンノたちみたいな?」
「大体そんな感じっつったらそんな感じかな?ま、俺だってああして会ったのは、初めてだったけど。いつも、夢ん中だったし」
「夢?」



思いもよらぬその説明に、ユーリはついつい馬鹿みたいに鸚鵡返ししてしまったのだけど、ルークは特に気にした様子もなかった。
星々が輝く夜の空を一度見上げて、視線をこちらに向けぬまま、呟くように、話す。



「……最初に見たのは、俺が7歳の時だ。夜眠ったら、毎回あいつの夢を見た」



さ迷う視線。
上手く気持ちを表せなくて、望むままに振る舞っている筈なのに、どこか蔑むような目で見られている、夢の中の自分。
全く知らない場所だった。
けれど呼ぶ。
確かに『ルーク』と、そう呼ばれた。



「最初は意味がわからなかった。夢の中で俺は『ルーク』って呼ばれるし、視点も高いし…17歳だってわかっても理解は出来てなかった。ただ、そのうちこれは自分じゃない『ルーク』の話だとそう思った。実際、物語見てる感覚だったし。だけど、だからこそ、途中で発狂するかと思ったな」
「…鮮明過ぎてってか?」
「まあな。7歳のガキに、人を殺す感覚は重すぎたってことだ」



言い切ったルークに、思わずユーリは目を見張って咄嗟に取り繕うことも言葉を返すことも出来なかった。
ルークは、そんなユーリに何も言わない。
暗い海を眺めていた。
あの子どもは、今は誰と一緒にどんな景色の中に居るのだろうか。



「あいつは少し変わった生まれ方してて、見た目は17歳でも精神的には7歳の子どもだった。そんな子どもが、人を殺した感情を、押し潰されそうな想いも全部、7歳の時に俺は受け取った。…暫く部屋から出れなかったな。1年ぐらい続いた」
「1年で慣れたのか?」
「1年で、あいつが死んだんだ」



凛とした、声だった。
はっきりと、しかし言うにはあんまりな内容だと言うのに、ルークの声は震えることを知らない。
見えないけれど、瞳すら、揺らぐことを知らないのだろう。
むしろ揺らいだのは、ユーリの方だ。
振り返らない背に、掛けれる言葉を、知らない。


(ただの夢だとも、妄言だとも、そんなことさえ、言えないまま。)




「『ルーク』は最後まで気付かなかった。あんなの、追い詰められて殺されただけだって言うのに。第三者の目から見てひっでぇ有り様だったよ、本当。普通他人の家に押し入ったならそれは犯罪者だし、個人的な問題で済まされる筈がない!見た目が17歳でもあいつは7年しか生きてないのに、なんで人や魔物を殺すことを躊躇って甘いなんて切り捨てられる?!軍人が貴族を前衛で戦わせてなんでちゃんと守ってなんて言えるんだよ!おかしいだろそんなこと!!」



詳しくは知らないから、説明しているわけでもないから、こんなことは八つ当たりにもならないけれど、気が付いたらルークはユーリにそう叫んでいた。
吐き捨てるように?違う。
いくら叫んだところで意味を持たないことはきちんとわかっているし、何も変わらないとも、知っていたんだ。



「俺は7歳の時にあいつの記憶を見て、それから時々思い出したみたいに繰り返し見た…正直理解なんて出来なくて、軍人じゃないのに武器を持ってれば子どもでも戦えと言われるのが暫く怖かった。人を殺して、甘いと言われるのが恐ろしかった。まさかその言った当人と同じ姿の奴が…ティア達が目の前に現れるとは、思ってなかったけど」



自嘲染みたように言えば、ユーリが顔をしかめているのがわかった。
続く言葉もわかっている。
それこそ否定のしようが、ない。



「……もしかしてお前、あいつらのこと」
「嫌いだよ。酷い言い掛かりだって自覚してるけどな。だけど無理だった…怖いんだ。いつか、『ルーク』と同じように、殺されるんじゃないかって」
「…王族相手にんなことは、流石に出来ねぇだろ」
「『ルーク』だって、王族だったよ」



静かに放てば、信じられないとばかりにユーリが目を見張ったのがわかった。
それが普通の反応だよな、と小さく笑う。
きちんと笑えてるか、自信はなかったけど。



「…『ルーク』が死んだ理由はな、あいつの世界で毒ガスみてぇなもんが蔓延した時に、それを消す為に1万の赤ん坊同然の存在と心中させられたからなんだよ。仲間だって言ってた奴に死ねとも言われた。拒否権なんてなかった。周りの都合の良いように行動することが正しいと、思い込まされてたから…奇跡的に生き残りはしたけど、あいつに残された時間はほとんどなかった。生きながら、自分の体が消えてくのを感じてるんだ。…最後には、結局消えるしか選択肢はなかった…」



その瞬間をも夢に見たのか、ルークは星を見るのをやめて一度俯いた。
泣いているのかもしれない、とはユーリには思えない。
どんな理屈か知らないけど、別の世界であいつは生きていたからそれが嬉しい、と。
小さく呟いたそんな言葉を、拾っていたから。



「そのうち俺も周りにとって都合の良い、人形みてぇな『ルーク』になるんだろうよ。傲慢で身勝手で、貴族のお坊ちゃんから都合の良い人形の『ルーク・フォン・ファブレ』になる」



ようやく振り返ったと思えば、なんてことはないようにルークはそう言った。
顔をしかめることは出来ていても、ユーリは何か言える言葉は持っていない。
もっと詳しく話せだとか、全部作り話なんだろ?とかそんな言葉は全く違っていて、だからこそ、一体何を言えと…?



「サンキュな、ユーリ。ココア美味かった。じゃあな」



言って、空になったカップを手渡したルークに何も言えず、ユーリはその背を見送ることしか出来なかった。
正直、話された内容はあまり上手く理解出来ていないし、出来るとも思っていない。
ただ、どうしても納得の出来ないことを言われた。

人形、なんて、そんな。



「…なんで決め付けてんだよ、クソッ」



苦々しく吐き捨てた言葉は、夜の海に、呑まれて、消えて。




End



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夜空に浮かぶ、はじまりの



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