〔1〕思考回路はショート寸前どころか、全身全霊を掛けて自らぶっ飛ばした気もしないことはなかったが、とにもかくにも何も考えることなど出来る筈がなかった。
さらりと流れる黒い髪に、思わず現実逃避から自分の頬でも叩いて夢でないか確認したくなるが、流石にそれはないなと否定して何とか思いとどまる。
ドッペルゲンガーか何かですかね、と。思った仕様もないことに自分で呆れ、ふらつく体をきちんと起こして向かい合ってみて、また頭が痛くなった。

どこからどう見ても、その男は『ユーリ・ローウェル』だったのだから。




「ユーリが二人、です?!」
「そんな一体どうして…!」



あんまりにも突拍子の無さ過ぎる展開に、比較的ダメージの少なかったエステルとフレンが心底驚いたように声を上げたことに、目の前の『ユーリ』が意地の悪そうに笑ったから、ユーリは最早無になるぐらいしか現実を受け止めきれなかった。
自分の目が今、死んだ魚のようになっている自覚はあるが、これは一体どうしたらいいのかどうできるのか、むしろ誰かに教えてもらいたい気分でもある。
相当な間抜け面を晒している自信はあったが、自分と同じ顔をした人間は特にこちらに関心を向けることなく、まずはじめにフレンを見て笑ったのだから、「ああ、確かに俺だ」と納得してしまったのがまた、虚しかった。



「相変わらずお前はどこに居ても騎士なんて堅苦しいもんやってんだな、フレン」
「…は?一体何を…」
「ああ、このタイミングじゃあの電波から説明受けてないか、と。まあそれより、呑気に話してる場合じゃないぜ?あのままだと、この辺一帯全部消しちまうぞ、こっちの『ルーク』がさ」



それを止める為に俺らが来たんだけど、と続く『ユーリ』の言葉に、どうにか我に返ったユーリは痛む頭を堪えつつ、ぽっかり空いた洞を見据えてみた。
真白の光が集まりつつあるのが見えるが、ローレライの剣も無いというのにどういうことだとあの馬鹿電波に文句を言いたい気分になるばかりで、何かもう熨斗付けてオールドラントに…いや、むしろ地核にでも送り返してやりたくなる。
体のあちこちが痛むだとか、そんなことを言っている場合でないのは明らかだった。
同じ顔をした男が笑う。
ああ、畜生。
こいつもやっぱり、馬鹿みたいにレベル高いのかよ。



「随分と世話になったみたいだな。苦労したろ?あいつ、寂しがり屋だから」
「寂しがり屋よりも馬鹿みたいに強くて、3分保たなかった現実の方に打ち拉がれそうになったわ」
「ああ、なんたって世界を救わされた子どもだからな。俺も差を埋めるのに必死だった」
「そんでまだ、埋まりきってないと」
「お前さんより埋まってるさ」
「生憎、俺はそっちのルークと並びたいわけじゃないんでね」



さらりと言ってやれば、男は一度きょとんと目を丸くしたあとに、「違いない」と言って笑った。
そうして指を差した方に、肩口で短く切り揃えた朱色が真白の光に手を伸べていて、その意味することに気付き、ニヤリと笑ってみせる。

あいつも俺らに感化されて、ほっとけない病の持ち主なんだよ、と。

言った男に、ああ、だから『来た』のかと妙に納得しながら、この流れに着いて行けていないエステル達を振り返って、それから。



「エステル!フレン!お前らは今すぐラザリスの件、片付けて来い!アスベル!アリィの面倒ちゃんと見ろよ!」
「ユーリ?!何を言ってるんです!?」
「あとは、もう大丈夫だ」



ニヤリと笑って言い切ってやれば、不安そうに見つめるエステルとフレンが、そしてこの世の終わりのような顔をしたアスベルが見えたが、まあ気にはなるがそれ以上は何も言わなかった。
行きましょう、と。
はっきりと、普段とは違った声色で言ったアリィに、いつもこうだったらディセンダーらしいと思ったのだが、そこは気にしない。
同じ顔をした男に、『ユーリ』に、気を失ったリタと、ヴァンが勝手なことをしないよう見といてくれと押し付けて、あとはもう、真白へと駆け出した。



「あんまり不甲斐ないと、こっちのルークも、俺が攫っちまうぞ?」



割と本気で言ったようなその言葉に、「近々俺が攫う予定だから」と返せば、勢いよく弟君にぶん殴られたけれど、前言撤回だけはしてやらなかった。







〔2〕行かないで、と。
そんな声が、アッシュの手を取ったあの瞬間、確かに耳に打つように、聞こえた。

行かないで。
置いていかないで。


その言葉に、一人にしないで、とそんな想いも含まれていたかもしれないが、けれどそれ以上に伝わったのは、彼の全く別の想い。


勝手なことして、ごめん。
でも、これしかないんだ。
これだけしか、考えられないんだ。


だから、行かないで、と。
続く言葉にどうしても納得出来なくて、そんなことない!と面と向かって言ってやりたくて。
目を開けた眩しいぐらいの光のその先に、見えたユーリも連れてもう一度、をただ願った。
それにしてもまあ、ローレライからあいつが超振動の力を暴走させてしまっていると聞いた時には、そりゃ無いだろと、呆れもしたのだが。



「ユーリ?!それにアッシュまで!」



暴走している超振動を打ち消そうと、第二超振動の力を用いてどうにか試みていたまさにその時に、近付いて来た黒と紅に思わずルークはギョッと目を見張ってしまったのだが、当人達は至ってけろっとしていたので、何だか頗る脱力感が半端なかった。
一応今のところは抑えられているとは言え、何かの拍子に暴発などは有り得ない話でもないので、なるべく集中力を切らせたくないのだが、そんなことはお構い無しなユーリとアッシュに、最早苦く笑うしかない。
レムの塔で一万の同胞達の命と引き換えに障気を中和したあの時とまでは言わないが、何かの弾みで世界樹に影響が出る程に力を放ち兼ねないのは、否定出来ない筈なのだ。
そうとなったら、傷付くのは誰かなど、聞く方が馬鹿だろう。
それをユーリ達も分かっている筈なのに。
その余裕は、一体何だ?



「よう、無事に体も戻ったみたいだな、ルーク。髪が短いのも案外似合うのな。見慣れてないから、やけに新鮮だけど」
「へ?あ、ああ…そういうもんなのか?じゃなくて!ユーリもアッシュもなんで来たんだよ!危ないって!」
「俺らが危ないならお前だって危ないだろ。それに俺もこれ以上、醜態は晒せないからな」
「は?」
「お前んとこの俺は、両手に花よろしくハーレム状態を作り出したいんだとよ」
「?????」



言いたい放題言って…と言うかわりと的確なことを言ったつもりだったのだが、理解出来なかったのか凄い勢いで疑問符ばかり浮かべたルークよりも先に、耐えられなくなったアッシュに蹴飛ばされたから、ユーリは思わず背後に立つ弟君を睨み付けてしまった。
間違ったことは言っていないと言うのに、この仕打ちはないだろと視線で訴えれば、問答無用で再び蹴ろうとしたアッシュの一撃が決まる前に、見ているこちらが恥ずかしくなるぐらいにルークが一瞬で顔を真っ赤にさせたから、何だか頗る居たたまれなさを感じる。
こっちの世界はストーカーで向こうの世界ではロリコンの犯罪者かよ、と吐き捨てたアッシュをぶん殴ってやりたくなったが、我慢したユーリは自分でも別世界の『ユーリ・ローウェル』がそんな変態のような男ではないと言い切れなかったからだったりもした。
顔を真っ赤にしたルークの様子を見るに一方通行ではないのが唯一の…幸いと言っていいのか微妙なところだが、幸いなのだろうか。



「おい、ルーク。お前は今のこの状態がどういうことか、説明出来るか?」



比較的立ち直りの早かった、唯一まともなアッシュが、真白の光へと手を翳したルークに、こう聞いた。
ついでに地核に送り返してやりたいからバカ電波の居所についても何か、と冗談混じりに聞いたユーリの言葉には苦く笑うしかなかったのだが、ふと見たアッシュが無表情だったりするのに気付いてしまえば、ルークとしては密かにローレライに対し心の中で合掌してしまったりするのだが、それはともかく。



「多分、一度ルークの体が、ドクメントがほとんど書き換えられてしまったから、ローレライの完全同位体に近くなったんだと思う」
「完全同位体になったんじゃなくて、あくまで近くなった程度なのか?」
「うん…それはあんまり俺も分からないことだけど、この世界はオールドラントのように音素で成り立ってるわけじゃないから、さ。アッシュと同じような感じなんだと思う。人の体で、第七音素意識集合体の、完全同位体とほぼ同じになってしまった」



第七音素だけで構成されているのなら、まだ有り得る話だけど、あっちの世界でもアッシュに関しては不思議だったもんなぁ、と困ったように笑って言ったルークに、怪訝そうにこちらのアッシュが顔をしかめていたのだが、「そういうもんなのか?」と呟いたその言葉に、なんだ理解してないだけかと思ったら、何だか逆に目を逸らしてしまいたくなった。
ルークが困ったように笑う。
その笑みに、あの記憶の中で見た陰りは、どこにもなくて。



「……無理して笑ってるより、そうやってちょっと困ったようにでも、自然に笑えてる方がやっぱり良いよな」
「え?」
「泣きそうな顔して笑ってくれるなよって話だ」



言えば、一度だけ目を伏せたあと、真っ直ぐに真白の光を見据えて、ルークは言った。



「……それ、さんざんユーリに言われたんだ。向こうに行ったばかりの時。無理して笑うなって。泣きたい時は泣いてくれってさ」



そんな笑顔は望んでいないと。
言われても、理解出来なくて、とても時間が掛かってしまったけれど。

それでもユーリは、呆れたり馬鹿にしたり、見捨てたりなんかしなかった。
ずっと、側に居てくれて。



「今は、もう大丈夫。だって、一人じゃない。一緒に道を探してくれるみんなが居る。一人で背負うなって言ってくれる、仲間が居る。ルークは、ユーリに救われたんだよ」



綻ぶように笑って言ったルークの翳した手のひらから、溢れる光が、真白の光を静かに解いた。

膜の晴れるように。
蹲る朱色の元へ、道を、作るように。



「行ってあげて。ユーリ、アッシュ」



そして伝えて。
一人じゃないよ、と。



あなたの幸せを、願ってる。




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