〔1〕記憶を見ていたからこそ、その力が齎す威力を知っていたから、数メートルは軽く飛ばされたところでよくもまあこれだけで済んだな、とユーリは頭の片隅でどこかそんな風にも思ったが、体に走る鈍い痛みにすぐに立ち上がることはどうしても出来なかった。
真白の光は一度収まりはしたものの、今どんな状態なのか、どうなっているのか、は流石に判断が出来やしない。
吹き飛ばされて強かに背を打ち付けたらしく、地面に倒れ込んで動けないリタと、どうにか剣を地面に差して無理やり体を支えているアッシュに手を貸してやらなければと思いはしたが、実際には自分こそ誰かに手を貸してもらいたい気分だったので、まあ無理だった。
呆然と立ち尽くす、こうなってしまった原因を睨み付けるぐらいが精一杯だが、全員が全員、まともに動けそうにないのだけは、幸いか。



「大丈夫か!ユーリ!」
「リタ!ユーリ!アッシュ!」
「エステリーゼ様足元を!」



慌ただしく上から降って来た声に、ユーリはどうにか顔を上げて、そうして飛び込んで来た幼馴染みのあの金色に、どこまで吹き飛ばされたんだかと思えば思うだけ何だか今更血の気が引いたように感じた。
改めて思うが、何のコントロールもされず、暴走と言う形で全く別の方向へ放たれて本当に助かった。直撃されてはあの場に居た全員が、最悪あの瞬間に消滅していてもおかしくないのだろう。
余波だと言うのに、これだ。
ああ、そうなってたらマジで洒落にならない。



「フレン、か…?」
「ああ、そうだ。ユーリ、今すぐ回復させるから、もう少し耐えてくれ」
「お前、どうして、こんなところに?」
「………………………………」



抱くとしては割と無難な疑問をそのまま口にしただけなのだが、途端に凄い沈黙を返し、心なしか顔色が悪くなったフレンにユーリは思わず首を傾げたのだが、ひょこっといきなり現れた桃色に、つい顔を引き攣らせてしまった。



「ラザリスの所へ直行する予定が、道を間違えてしまったんです。そちらと別れた辺りぐらいにまで一度引き返して…現在残りあと三分の一ぐらいでしょうか。案外広くてドキドキですよ。ここはどこからかストー…人が飛んで来るアトラクション付きだそうです」
「おい、お前いま完全にストーカーって言い掛けただろ。むしろストーカーって言ったのとおんなじだろ。人のことストーカー扱いすんのは止めろって何回言えばわかるんだよ」
「自意識の過剰は止めて下さい、ユーリンチー。心の中で名前を吐き捨てていても、名指ししてはいないのですから」
「もうどっから突っ込んでいいかわかんねーわ、マジで」



体が動くものならば一回は絶対ぶん殴ってやらなければ気が済まないことを平気で言うディセンダーを睨み付けつつ、大人しくフレンの治療を受けていれば、そんなに迷子になっていた事実が恥ずかしいのかフレンは一言も話そうとしなかった。
道無き道を開拓して進んで行った結果だからこんな反応しかもう返せないのだが、そこを知らないユーリとしては、不思議そうに首を傾げるぐらいしか出来ない。
リタとアッシュに必死に術を唱えているエステルを横目に、フレンの手を借りつつも、ユーリはもう一度ここに居る筈のない人間を−−−ヴァン・グランツを、睨み付けた。
何を今更呆然としているのか。掴んだまま離そうともしない抜き身の剣も、聞きたいことも言いたいことも山程あるぞ馬鹿野郎。



「なんでお坊ちゃん達の師であるあんたが、ここに来てんだよ。俺らが…いや、俺が信用出来ないにしても、こっちに任せろって聞いてる筈だろ」



苛立ちを隠すこともせず、露骨に舌打ちまでしながらユーリが言ったのだが、ヴァンはどうしてか視線を逸らすばかりで、何も答えないことがまた無性に腹が立って仕方なくなった。
ディセンダーが珍しく、悲しそうに顔を伏せている。
何だかんだ言ってこいつは真っ白な状態でこの世界に生まれ落ちているから、人が人を信じられないことに悲しく思う部分もあるのだろうな、とそう思ったりもしていたのだ、が。



「どうしてですか?ヴァンヴァン。あなたは言ったじゃないですか。アッシュとルークの二人を王にさせたいって。二人が共に王になるべきだから、ライマの為にも必ず、ルークを助けてくれって言いましたよね?」



ノーマに感化された故のヴァンヴァン呼びはともかく、ディセンダーが、アリィが放ったその言葉に、ギョッと目を見張ったのは二人を治療していたエステルだった。
その言葉から驚いたのはアスベルとフレンもだったりするのだが、ええと、ちょっと待て。
頭を打ったのか考えがまとまらないんだが、これ、は?



「そんなことは無理です!いくらアッシュとルークの二人を王にさせたところで政策はまとまりませんし、ガルバンゾのように派閥が出来て貴族達が争い出してしまいます!王を二人立てると言うことは民にも混乱しか招きません!第一、ルークは私のように候補、ではなく王位第一継承者と決まっているんですよ?!それを無視して王を二人立てるのは不可能です!あなた程の人なら、それぐらいのことは…っ!」



言い掛けている途中で、何か気が付いたのか、エステルが顔を真っ青にして口を噤んだから、本当だったら「どうしたんだ?」の一言ぐらい掛けてやらなければと思うところだと言うのに、それは出来なかった。
アリィがよく分からなさそうにしているが、生まれたばかりのディセンダーに、王族関係の仕組みを理解しろと言う方が無理なので、そこはもう仕方ない。

王を二人立てるなどと言う、無茶苦茶な話。
第一継承者はルーク。
しかし、周りの人間が王にはアッシュ様こそが相応しい、と言う声を、自分達は聞いてしまっている。
少なくとも、エステルは同じ立場からして、耳にすることもあったろう。

剣の師でしかない臣下が、ルークとアッシュの二人を王に、などと言って何の意味もないことぐらい、分かりきった話ではないか。


抜き身の剣が、その答えなのだろう?




「てめぇ…こんなところにまで来て、あいつを殺すつもりだったのかよ!!」




怒鳴り散らすように言った言葉に、その男が何も返さなかったことが、否定しなかったことが、全てだった。








〔2〕あの子どもの瞳が、忘れられなかった。
ただ、それだけ。
その色、だけ。





「ダメです!ユーリ!」
「ユーリ!」



必死な声で止めようと叫ぶエステルの言葉を無視して、引き離そうとするフレンとアスベルを無理やりにでも振り解いて、一発だけでもその顔面をぶん殴れたことに、気が晴れない代わりに違和感ばかり感じて、余計に腹が立って腹が立って、仕方なくなった。
こんなことをしている場合ではない。
あいつは今一人で怯えているし、世界樹であの力をこれ以上暴走させては不味いとも、きちんと分かっている。
けれど、どうしようもなく堪えるなんて真似は出来なかったのだ。
剣の師なんだろう、あんたは、こいつらの。
どこまでも『ヴァン・グランツ』と言う男は『ルーク・フォン・ファブレ』を蔑ろにすると言うのなら、冗談でないと思った。

それは、『ルーク』の記憶を見たせいだからかもしれないけれど。
なあ、あんたは今、二人共を裏切ったのだと、理解出来ているのか?
理解出来るような、人間か?



「待って下さい、ユーリ。一方的ではダメです。相手の言うことを、聞かなくちゃダメです」
「はっ、それであいつを殺す理由でもわざわざ聞けってことか?冗談じゃねぇよ。聞くことなんて何一つない。このおっさんはルークを殺すつもりだった。殺すつもりで、剣の師だと言っていた。あいつが懐くの見て嘲笑ってたんだろ?笑い掛けたその面の下で、どれだけあいつの思いを踏みにじってたって言うんだ!そんな奴に師匠なんて掲げる資格はねぇんだよ!」



胸ぐらに掴み掛かってもう一度ぶん殴ってやろうとした瞬間、いきなり横っ面を思いっきりひっ叩かれたから、呆気に取られるより睨み付けようとすれば、そこに目に涙を溜めたリタが居たから、僅かながらに頭が冷えた。
ヴァンの胸ぐらを掴んでいた手を離せば、もう一度叩かれる。

落ち着きなさいよ、バカ。

言ったリタの手は、端から見てもすぐ分かるぐらい、震えていた。



「腹が立つのはあたしにだって分かる。でも、あんた間違ってるわ。あんた一体、どの『ルーク』の話をしたのよ」



努めて冷静に話そうとするリタの言葉に、自分が二人の『ルーク』を混同していたことに気付いて、ユーリは一度自分の髪をぐしゃぐしゃに掻いたあと、少し距離を置いた。
苦々しく顔をしかめたアッシュが、その代わりとでも言うように、ヴァンへと近寄る。
赤く腫らした頬をそのままに、ヴァンはアッシュからの視線は、逸らさなかった。



「どういうことか、説明してくれるんだろうな、ヴァン」



修行の旅としてライマを出たのはどういう意味だったのか、そこから全てを、と言ったアッシュの言葉に、ヴァンは一度目を伏せたあと、先程吹き飛ばされた方角を見据えてから、静かに答えた。



「……私は、王としての素質はアッシュもルークもどちらもまだ未熟ではあるが、どちらが王となっても相応しいだけのものは持っていると思っていた。どちらが王となっても、ライマは良い方向へ導かれるだろうと。けれど、既に水面下では二人のどちらが王になるかで、派閥が出来ていた。私自身は、どちらにも所属などしていなかった。私個人は、と言ってもいい。修行の旅に出よと命が下った時も、幼い頃からずっと見て来た弟子達のだ。楽しみでもあった。−−−ライマでクーデターが起こったと言う知らせと共に、この混乱に乗じてルークを殺し、アドリビトムにその罪を全て擦り付けろと。そんな命さえ、なければな」
「!!」



苦々しく言ったヴァンの言葉に、全員が全員ギョッと目を見張ったのだが、言った当人は動じることもなかった。
その資格すらないとでも、言うように。



「二人の剣の師だろうと私は軍人だ。上からの命は必ず果たさなければならない。命令を聞かぬ軍人など軍には必要ない。……今のルークの状態を聞いて、私はこのまま『ルーク』と言う存在が消えるのならば、好機だと思った。元の形に戻らせてはならない、と」
「でも、出来なかった?あなたが剣を抜いて、それで何も起こらなかったと言うことは、そういうことですよね?」
「……どこの世界に、自分の弟子の無事を祈らない師が、いると言うんだ?」



力無くそう言ったヴァンの言葉に、ユーリとアッシュは、横っ面でもひっ叩かれた気分にもなった。
いや、別世界のあんたは弟子の無事どころかその死を祈ってたけどな、などと言える筈もなく、そう言った思考が過ぎった自分自身にもまた、うんざりと溜め息を吐きたくなってくる。
オールドラントのルークにだけの繋がりがあったように、こちらのルークにもルークだけの繋がりもまた、あったんだ。

それだけの、話だったと言うのに。



「問題はおそらくルークがその事実を知っていたことと、オールドラントの『ルーク』の記憶とが混同して、酷く怯えていることね。どういう理屈であの力が使えるようになったかは知らないけど、あの子コントロール出来てないからこのままだともっと暴走させ…」



話をまとめて、そうして考えられるだけの現状をリタが言っていたまさにその時に、再びあの光が視界を埋め尽くし、吹っ飛ばされはしなかったものの、その場に立っていることすら儘ならなかった。
何とか剣を地面に突き刺し、その場で耐える。
そうして眩いばかりの光に目を細めていたのだが、しかし次の瞬間、目の前に見えた漆黒には、流石に思考回路も何もかもがぶっ飛んだ。



「おいおい、何そんなところでへばってんだ?まさかもうお仕舞いってか」



聞き覚えのあり過ぎる声に、見覚えのあり過ぎるその姿。
いくらなんでもこれは思ってもいなかった。



目の前で自分と同じ姿をした人間が、不敵に笑んでいるなんて誰が想像出来たものか!




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