〔1〕何を言われたのか、咄嗟に理解をすることが、出来なかった。

一緒に帰らないか、なんて。

いまこうして会えるとも思っていなかったと言うのに、どうしてすぐに答えを返せれるのだろうか。
考える時間がない?
いや、アッシュは、だって、早く答えを返せとは、言ってないのに。
帰ろうと言われて、本当は嬉しい筈だった。いや、嬉しくなくちゃ、いけない筈だった。けれど浮かんだ感情は、それとは逆の答え。

喜ばなくてはいけないのに。
確かに、そうだ。



困って、しまったんだ。






「なんて顔してんだ、ルーク。言えばいいんだ、正直に。そんなこと言われてもすぐに答えらんねーよ、ぐらい言えばいいんだよ。誰も、お前に無理強いなどしていないのだから」



いつもよく聞いていた怒鳴り声なんかではなくて、不機嫌そうでもなくて。
穏やかにただ聞こうとする『アッシュ』の言葉に、戸惑ったのは『ルーク』だけじゃなかったりするのだけれど、傍観に徹していたユーリのすぐ隣で、リタの限界が訪れた。
どちらかと言えばよくもまあここまで保ったもんだ、とユーリとしては感心するぐらいのことだったのだが、八つ当たりをひたすら耐えていたこちらのアッシュもこれには我慢ならなかったらしく、眉間の皺が普段より3割増しで深く刻み込まれている。
盛大に、と言うのか露骨にうんざりと言った様子で溜め息を吐いたリタに、ユーリは密かに安堵した。
とりあえず、いきなり怒鳴り付けるわけでは、ないらしい。



「よく言うわ、今までさんざんルークに無理強いばっかさせてきた癖に」



ぼそっと。
呟くようにはしたものの、わざと聞こえるぐらいの大きさで言い放ったリタの言葉に、『アッシュ』がゆっくり視線を向けて来たのだけれど、『ルーク』から視線を外した途端にその仏頂面かよ、と思わず思ってしまうぐらい、瞬時に切り替わった表情の変化だった。
とは言えこちらのアッシュのような不機嫌さが伝わって来るわけでもなく、どこまでも凪いでいるような雰囲気すらもあることにはあるのだけれど、こういうところは『アッシュ』なんだな、とついつい思ってしまう。こちらのアッシュもそう思ってしまったからか、急激に機嫌が悪くなったのは、あまりよろしくないのだが。面倒臭い。



「ああ、ローレライが言っていたのはお前達のことか」
「あんたなんかにお前呼ばわりされるのは感に障るけど、ローレライが何て言ってたって?」



リタ、お前それ喧嘩しか売ってねーぞ。とユーリはついツッコミそうになったのだが、かろうじてどうにか堪えた。
「済まない」とすぐに謝罪を口にした『アッシュ』に思わず目を丸くしてしまったのもあるし、「そう思うのも無理はない。ルークの記憶を見たのならな」と続く言葉に、違和感を覚えたせいもある。
俯いてしまった『ルーク』に、『アッシュ』は慈しむように、優しく優しく頭を撫でて、言った。



大爆発は一度起こってしまったんだ、と。




「それ、一体どういうことよ。大爆発が起こったのなら『ルーク』がここに居ることから、成立しなくなるわ。大爆発は被験者とレプリカの間で起こるコンタミネーション現象のことでしょ?レプリカは記憶しか残らない。被験者がレプリカの存在を食らうなんて言う、全く馬鹿馬鹿しいね!」



最終的に怒鳴り散らすように言ったリタの言葉に、ユーリとアッシュは流石天才、何時の間にそこまで理解してたのか、とどこかで感心すらもしていたのだが、内容はわかっていても嫌な事実であり、『アッシュ』が静かに目を伏せたのを見て、言葉を、待った。
『ルーク』の体が強張ったのが分かる。
ああ、こういうところは本当に似てると思った。
必死に隠そうとしていたものでも、暴かれると言うのだろうか。



「大爆発が起きたあの時、残るのはその前に死んだ俺ではなく、ルーク、お前の筈だった」
「「!!」」
「大爆発の関係無く俺は死んだからな。残った被験者の音素が、レプリカの音素を繋ぎ止め、補完し、大爆発はレプリカが残ると言う形で成立される筈だった。あの世界に帰るのは本来ならルーク、お前だったろう。人間の成立させた大爆発…コンタミネーション現象で、死者は甦らない。摂理に反することまでは出来ない」
「ちょっと、それって…まさ、か…」
「なあ、ルーク。お前、ローレライに俺を生き返らせるよう、頼んだな?」



真っ直ぐに見据えて『アッシュ』がそう言った瞬間、『ルーク』が怯えたように肩を跳ねさせた、それが全てだった。
リタが、こちらのアッシュがギョッと目を見張ったのが見えたが、結局お坊ちゃまの本質は似たり寄ったりかよ、とユーリは頭が痛くもなってくる。
被験者が死んでいたから大爆発が起こってもレプリカが残ったと言うなら、被験者が生き返れば、それこそ本来のレプリカが記憶を残して消える、そう言った形の大爆発が起こることになるのだ。

自分が消える。
それを知っていて、それでも『ルーク』は、『アッシュ』の生を望んだのだろう。
それと同時にようやくこいつの穏やかさの理由が分かった。



『ルーク』の記憶を、『アッシュ』も、見たんだ。




「目が覚めた時は本当に驚いた。自分の体を剣が貫いた感覚も、全部残っていたからな。だが自分の中にある記憶が全てその後を知っていた。悔やんでも悔やみ切れないほど、後悔したさ。その反面、てめぇの取った行動に心底腹が立ったがな。お前も生きてなきゃ、意味ねぇだろうが!ってな」



俯く『ルーク』の額を小突いて言った『アッシュ』の言葉に、こればかりはリタもアッシュも何か言える筈がなかった。
『アッシュ』は微笑む。
その瞳に、憎悪などは宿せれる筈もなく。



「だから、俺も願ったんだ」
「−−−ぇ?」
「お前を、生かしてくれと。完全同位体であるのなら、俺の音素を補完するのは…大爆発はローレライの音素と完了し、ルークを生き返らせろと。一回一つになったが、出来るかとの問いにローレライは可能だと言った。だが、オールドラントでは存在出来ないとも言った。それでも俺は頼んだ。生きているのならこの世界でなくてもいいから、ルークを生き返らせろと。生きて、幸せであれるようにと」



そして願いは叶えられ、ルークは甦り、テルカ・リュミレースへと送られた。
生きろと望んだ、『アッシュ』の願いによって。



「帰ろうと言って迷ってくれて良かったんだ。即答で帰ると言ったら、あのバカ電波はお前が幸せになれるような場所に送らなかったってことだからな。ルミナシアのルークに迷惑掛けるわ詰めは甘いわどれだけ頭が痛くなったことか」
「アッシュ…俺は…っ!」
「沢山話したいことが俺にもある。ローレライに何とかさせてみるから、とりあえずはこいつのことが先、だろ?」



『ルーク』の体を指差して言ったその言葉に、こちらのアッシュが射殺さんばかりに殺気を向けたが、心配からだと分かるのか『アッシュ』は意地悪く笑っただけだった。
そうして泣き出しそうな顔をした『ルーク』に、手を差し伸べる。
穏やかに、微笑んで。



「この体はな、ローレライが用意したお前の新しい体なんだ。お前がこちらへ移れば、ルミナシアのルークとの書き換えは解除される。在るべき形へと、戻る」
「本当に?!」
「ああ、本当だ。俺が入ってるからこの形だろうが、お前が入れば17歳に固定されるだろうよ。それとも21歳のまま渡してやろうか?あの男は相当ショックを受けると思うが」
「−−−っ!!」



一気に顔を真っ赤にした『ルーク』に、『アッシュ』が言いたいことも何となく察してしまったから、別の世界の自分のこととは言え、ユーリも思わず目を泳がせてしまった。
居たたまれなさを感じるのはどうしようもないが、そこまで冷ややかな視線を向けるのはどうかと思うぞ、リタ。



「ほら、ルーク」



差し出した『アッシュ』の手をどこか照れ臭そうにしながらも、それでも『ルーク』がしっかりと掴んだのを見て、ああ、良かった、と。

これで元通りになるのか、と。

思ってしまった自分を、まさか心底呪いたくなるとは、この時はまだ、思ってもいなかったんだ。








〔2〕半身を引き剥がされるような感覚とは、言い切れることは流石に出来なかった。
自分にとっての対は、あいつではなかったから。
けれど、離されて、元の形に戻るのは嫌だった。

……ああ、それも違う、か。
元に戻るのが、怖かったんだ。


−−−なぜ?







「ルーク!」



あたたかな光に包まれた後、たった一人が残ったその場に、けれどその朱色の子どもが力無く倒れたのが見えたから、ユーリは慌てて駆け出していた。
名を叫び、体を支えてやればそこに居るのが確かにあのルークだと、自分達の知るルークだと分かるからこそ、ひとまずほっと息を吐く。
理屈ではなく感覚でしかなかったから上手く説明は出来るものではなかったが、固く閉じられていた目蓋が微かに震え、ぼんやりと翡翠色の瞳が見えた時に、リタだけでなくアッシュも安堵していたから、ここに在るのは誰なのか。自分だけでなく他の二人もルークだと理解していると思えば、つい、気を緩めてしまったのが、間違いだったのかもしれない。
意識がある筈なのに、どことなく様子がおかしいルークに、気付けなかった。
それだけでも相当に不味いと言うのに、近付いて来たもう一人に、気付けなかった、なんて。



「−−−ルーク?」



響いた声に、ギョッと目を見張ったのは一番近くに居たアッシュだけでなく、その場に居た全員の反応だった。
なんでお前がここに居るんだ、だとか思うところは多々あるが、それよりもこれは不味い。
多分、ではなく絶対と言い切っていい程、今のルークは酷く困惑しているのだ。
−−−寄りによってこのタイミングで来るのかよ、ヴァン・グランツ!!



「ぃやあああああっ!!!!」



悲鳴と共に、次の瞬間には眩い光が辺りを包み、一切のコントロールも何もされぬままに、弾けた。
この光景は見たことがある、と考えている場合ではないのだが、桁外れな威力を伴って起きたかのようなエネルギーの爆発とも言える現象に、吹き飛ばされた体はせいぜい受け身を取るぐらいが精一杯で、これは冗談じゃない。
あらゆる物質を破壊し、再構築させる現象だとか聞いたことがあるような気もしないことはないが、それにしたって、これはないだろ。
お前と完全同位体じゃなきゃ使えないんじゃねーのかよ!と、途中から一切口出ししなくなった電波バカに、思い付くまま悪口でも何でも言いたい放題言ってやりたい気分だった。
無茶苦茶やるよな、ほんと。



−−−超振動、なんて。





「……嘘だろ、おい」




なんでこいつにそんなもん背負わせたんだ、ローレライ!





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