〔1〕殺したくないと思って、何がいけないのですか。

(違う、それは俺の、思ったことじゃない。)

死んでしまった命を悲しんで、何が悪いのですか。

(違う、違う。殺してなんかいない。俺は、誰も死なせてなんかいない。)

血に怯えるのは、罪ですか。
殺せないのなら、必要ありませんか。

(違う!だって、俺は、そんな、戦えなくても、俺は…!)



使えないレプリカは、息をしていることも、罪ですか。



(…………ちが、う。)




人の幸せを、願っては、いけませんか。




(おれ、は…)








〔2〕さあ、さっさと電波バカに会って全部終わらせんぞ、と珍しいと言うか明日雨でも降るんじゃなかろうか、と言うよりはいっそ槍でも降るんじゃなかろうかと言う張り切り具合に、頗るいい笑顔で留めを差したのはアンジュだった。
「ならついでにラザリスの件も済ませちゃいましょうか」とにっこり笑顔で何てことのないように言ったその言葉に「世界の命運を掛けた話をついでで良いのかよ」とユーリは言ったのだが「世界の命運よりもルークが大切なんでしょ?」と返されてしまえば、何とも言えない話である。
結果、ラザリスもどうにかすると言うことで、ローレライへはユーリとアッシュとリタ、そして『ルーク』が。ラザリスへはディセンダーとエステルとフレン、そしてアスベルが同行することになった。
エステルとアッシュについてはさんざん周りの連中が引き止めたのだが、まさか今更聞く耳を持つ筈もなく。
ニアタのお陰で進めるようになった世界樹の中−−−エラン・ヴィタールへのメンバーが決まった時の、アスベルの顔は見物ではあった。
膝を抱えて蹲らんばかりのへこみ具合に、お前俺らが居ない間に何があったんだとユーリは聞きたくなったが…聞いたら最後、どっかの誰かさんの被害をこれまで以上に喰らう気がしたので、大人しく口を噤むことにする。あのフレンすらも目を背けるとは、なかなかに無いことなんだが。




「それで、ライマの連中はどうだった?」
「どうだったも何も某女軍人が『あなた達はルークの我が儘に振り回されているだけだわ』と言い切って終了ですよ。それで一週間近く眠り続けていたことも見もせずアッシュの心配ばかりです。ああ、でもナタリアとガイは思うところがあったのか力になりたいと言ってましたが、丁重にお断りさせて頂きました。ユーリに任せてくれと言ったので何かあったらあなたのせいになるわけですが、白昼堂々と嫌がる少年を、しかも王位継承者と言う止ん事無き身分の方を無理やり押し倒していた事実がある以上、犯罪者で追われるのは間違いありません」
「…………」



一部始終をしっかりがっつり見ていただろうに、嫌がらせの如く毒を交えて説明した隣を歩くディセンダーの言葉に、なかなかに否定出来ない部分もあると言えばあるので、ユーリは何も言えず、黙っておくぐらいしか選択肢はなかった。
これ以上は墓穴を掘るだけだろう。それにライマの連中に無断でさえなければ、それ以上のことは望まないし、こればかりはルークとあいつらとの問題だ。
記憶を受け取るまでの7年。
その間に関係を築き上げてきたガイとナタリア、そしてアッシュとは『ルーク』にはない、あいつだけのものがある筈なのだから。



「それにしても、こうして戦ってる姿を見ると、本当に僕らでは足手纏いにもならないと…痛感するね。これは」
「ルーク…無理しては欲しくないのですが、あれは無理ですら、ないんですよね…」



しょんぼり、と言った様子で話すフレンとエステルの目の前でまた一体、魔物が吹っ飛び、それ相応に強い筈だと言うのも嘘じゃないかと思ってしまうぐらい…圧倒的に『ルーク』は強かった。記憶を見て来たからこそその理由はアッシュとリタも知ってはいるのだが、アスベルと一緒になって呆然としている辺り…リタは普通に驚いているだけだろうが、アッシュとアスベルは『ルーク』と入れ替わった初日のあの甲板での出来事を思い出して、血の気が引いたのだろう。如何にあの時、手加減されていたのか、本気でなかったのか。その事実に剣士としてのプライドが〜…など思うよりまず、自分の身の程知らずを恥じる方が先だった。
あいつのレベル、カンストしてんじゃねーの?とか思っても、誰も突っ込める筈もない。むしろ突っ込んではいけない。

呆然と見守ることぐらいしか出来ない中で、ユーリは呆れたように溜め息を吐いたあと、先を行く『ルーク』の首根っこを掴んで、とりあえず動きを止めてやった。
それからぽんぽん、と頭を撫でてやる。
こういうところは似てるんだよな、と思ってしまうのは、2人は似ているだけで決して、同じには見えないからだ。



「一緒に行くぞ、『ルーク』」



声を掛ければ、一度きょとんと目を丸くしたあと、『ルーク』は嬉しそうに顔を綻ばせた。
あんまり焦り過ぎる必要も、お前ばかりが前へ出る必要も、魔物を殺めることはないのだと。


言ったところでまあ、こちらの実力が伴わないと言うのが、また何とも言えず、情けない話だったのだが。






〔3〕ラザリスが待ち構えているだろう場所へと向かったディセンダー達と途中で別れ、入り組んだ道をただローレライへ会うべく歩きながら、交わす言葉の中に、ユーリ達は決して謝罪を口にはしなかった。

記憶を見たこと。
たとえそれが実際にはローレライの記憶だったとしても、『ルーク』の記憶を無理に見ようとしたことには変わりなく、けれど謝ると言う選択肢は、どこにも存在などしない。

「オールドラントの『ルーク』より、自分達の勝手で、俺達はルミナシアの『ルーク』を、一緒に過ごして来たルークを選んだんだ。だから、俺はお前に謝るなんてそんな勝手な真似は、絶対にしない」と。


バンエルティア号の中で言った時、聞いた『ルーク』は嬉しそうに笑った。
それが不思議で、てっきり怒るとばかり思っていたし、「俺、馬鹿だから、レプリカだって知られてしまった今、どんな風に扱われても仕方ないと思ってた」と言う言葉には、決してしてはいけないことをしてしまったのだとユーリも思ったのだが、続く言葉に頭が痛くなった。



「どの世界の『ユーリ』も、『ルーク』のことが大切なんだなって思ったら、嬉しかった」



1つの体に2つの精神が宿っていたなら、それはそうですね。お前も全部見てた、と。そーか、そーいうことですか。









「……近い」



ぽつりと小さな声で呟いた『ルーク』の言葉に、ユーリは勿論、リタとアッシュもすぐさま警戒しつつ辺りを見回せば、言った通りに誰かの、何かの気配がしたから、慎重に中へと足を進めて、そして見えた光景に全員揃って立ち尽くしてしまった。

不意に拓けた、部屋の中央。


背を向けて佇む、緋く長いその髪に、ようやくローレライのお出ましかと思うには、『ルーク』の様子が、おかしくて。



「『私は…もっと残酷な答えしか、言えませんから…』そう言ったあの男の言葉により、一万のレプリカと共に、あの時、ルークは消える筈だった」



背を向けたまま放つその言葉に、思わず訝しげに顔をしかめてしまったのだが、その内容があの途切れた夢の先の部分だとわかる分、途中で口を挟むことなど、出来る筈がなかった。
緋色は言う。

残された、『ルーク』の話を。




「けれど運良く…ああ、本当に奇跡としか言えない偶々と言った形でルークは生き残りはしたものの、残された時間は本当に短かった。その僅かな時間で『栄光を掴む者』の企てを阻止するべく栄光の大地へと進み、その途中でアッシュが死に、どうにかヴァンデスデルカを倒したその後、ローレライを解放し、そしてルークもまた、音素へと還った。大爆発を起こして。レプリカは記憶しか残らない。そんな馬鹿げた事象は起きてしまった。アッシュは、死に損なっていたのだから。結果としてルークは消えてしまい、その2年後、『ルーク・フォン・ファブレ』は仲間の元へと帰還した。−−−お前が知らない話だ。そうだろ、ルーク」



振り返って、その名を呼んだ緋色に、『ルーク』が大きく目を見開いて、小さく体を震わせたから、これには思わず驚いてしまったのだが、この子どもからしたらそんな場合ではないらしかった。
唇すらも、震えている。
泣き出しそうに、と言うよりはどこか呆然としているようでもあったが、それでも子どもは、たった一つを、呼んだ。



唯一の存在の、名を。







「…アッシュ…?」




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