〔1〕でもそれは、俺の想いじゃない。





「こんな時になにやってんのよバカ!ふざけるのも大概にしなさいよね!!」
「ユーリ!そんなことはいけません!まだお昼なんですよ!」
「エステリーゼ様…そういう問題ではなくてですね…」
「ユーリ!君って奴は…!」



上から順にリタ、エステル、アスベル、フレン、とまあ一部始終をばっちり見ていたらしい面子から言いたい放題言われていることに、流石にユーリもこれは不味いとそう思ったのだが、馬乗り状態のこの現状では、何一つ言い訳らしい言い訳も浮かびやしなかった。
一番怒っているのはリタかと思ったのだが…無言のまま今にも抜刀せん雰囲気を醸し出しているアッシュも、むしろ剣でなく拳で行こうとしているクレスも、相応にブチ切れる一歩手前らしい。
押し倒してキスした辺りから見られていたとしたら本当に終わりだな、とどこか他人事のように思っていれば、密かに紛れ込んでいたらしいディセンダーが鼻で笑ったのが見えた。
…なるほど、お前は見ていましたと。そーか、そういうことなのか。



「吹っ飛べ!!」



怒り+今まで溜まった鬱憤を晴らすかのように繰り出したリタのファイアボールに、間一髪でユーリは避けたのだが、その避け方がまたベッドに横たわる…と言うか現在進行形で押し倒しているルークの上に被さるように伏せると言ったものだった為に、余計に火に油を注いだらしく、「…あ、」と呟いた時にはまあ、遅かった。
普段なかなかお目に掛かれないような、お前いま瞬間移動でもしたのか?と聞きたくなるような動きを見せたフレンに力任せに首根っこを掴まれ、ルークの上から引き剥がされるままにベッドから落とされる。
かつてない程にまで怒り狂った親友に、それでも開き直ると言う選択肢を取ろうとしているのがまたバカだと言う自覚もあったが、ユーリは気にしないことにした。
さり気なく人をゴミでも見るような目で見てくるアスベルに言いたいことは山程あるが、爽やかな笑顔を浮かべながら既にフレンの後ろで拳を構えているクレスの方が流石に怖くて、そこは言えやしない。



「話は聞いていたけれどどうなることか不安でここ4日は本当に心配していたと言うのに…それがユーリ!君がそんなに見境の無い人間だと、僕は思ってなかったよ!あろうことかルーク様になんてことを…!」
「なんてことっつーか…そもそも大体、最初に迫って来たのはこいつの方だし」



据え膳食わぬは、なんとやらだろ?と茶化すように言った瞬間、眼前にフレンの物ではない剣を突き付けられたから、これには思わずユーリも顔を引き攣らせたのだが、まさか何かしら説得して聞くような相手でもなく。



「ゴチャゴチャうるせぇんだよ犯罪者!こいつの中身がどうなってるか分かっててこんな真似するとは、人として最低な奴だこの変態野郎!!」



アッシュのこの発言に、ようやく居合わせた人間の認識が、『ユーリが中身7歳のルークを押し倒した』と言うことになっていると気付き、とんだ濡れ衣だとユーリは叫び掛けて、しかしどっちのルークも結局精神的には7歳の子どもと変わらないのだとそんなことも改めて思ってしまったら、ぐうの音も出なかった。
言い訳させてもらうなら自分が押し倒したいのはオールドラントのルークではなくルミナシアの、あのルークの方だと言いたいが…その瞬間、目の前の弟から秘奥技をぶちかまされる気がする。この室内で絞牙鳴衝斬は洒落にならない。
かと言ってこのまま黙っていたら黙っていたで不味いのは明白だった。
既に船内中にあることないこと触れ回る気満々でいるディセンダーに軽く殺意が湧くのだが…無表情の癖に親指立てて駆け出そうとするのは止めろ。見た目だけはあの『アリエッタ』と言う少女にそっくりだが、何から何まで違うのはせめてお淑やかさぐらい学んで欲しい。
エステルに変なことを吹き込むなよバカ…!



「……ユー、リ」



不意に。
か細い声でそう呼んだそいつの言葉に。
居合わせた人間が全員気遣うような視線を向けたのだけれど(さり気なくフレンとアスベルが揃って汚物を排除するのでお待ち下さいと言ったのが聞こえたが)(…後で覚えてろよお前ら)その声の意味することに気付いて、思わず目を見張ってしまった。
睨み付けるアッシュを無視し、リタとエステルの制止も、アスベルとフレンの声も振り切って、そして。



「おい、あいつはどうした。さっきまでここに居たルークは、どうしたんだ…!」



肩を掴んで、思っていたよりもずっと必死な声で聞いたその言葉に、リタが大きく目を見張ったのが分かったが、生憎気に掛けれる程、余裕はなかった。
震える体で、見上げて来るその翡翠色の瞳は、違う。
ずっと泣いていた、あのルークじゃ、ない。



「どうしよう、ユーリ…」



震える声で言う『ルーク』の瞳に、浮かぶ涙はこの子どもの物ではなかった。
それは先程まで泣いていた、あいつの名残。
あの子どもの流した、涙だと言うのに−−−




「書き換えが、終わってる…」






もう、終わっちゃってる、よ。








〔2〕何を言われたのか、咄嗟に理解することなんて、きっと誰もが出来やしなかった。
居合わせたのは、事情を知っている人間ばかりだと言うのに。知っている、筈だと言うのに。
頭が真っ白になって、何も考えられなかった。
考えられる筈が、なかった。

今、こいつは、何を?




「−−−っ退いて!ルーク!今からドクメントを解析するからそこ立って!早く!!」



怒鳴るように言ったリタの言葉に、泣き出しそうに顔を歪めながらも立ち上がった『ルーク』はやはりあちらの『ルーク』で、ちっとも状況に付いて行けないながらも(付いて行きたくない、と言った方が正しいのかもしれないが)リタがドクメントを解析した瞬間、今度こそ誰もが何も言えなくなっていた。

オールドラントの『ルーク』とルミナシアの『ルーク』。

一つの器に2人居たからこそ、今までは二重にドクメントが見えていたと言うのに−−−そこには一重にしか、ドクメントは存在していなかった。
嘘、と小さく呟いたリタが、力無く膝から崩れ落ちる。

ドクメントは、一つしかなかった。



そして今目の前に居るのは、この世界の『ルーク』では、なくて。





「−−−っふざけるな!!おい!本当はあいつもそこに居るんだろ?!ルークを出せ!あのバカ兄貴を出しやがれ!!」



胸ぐらを掴んで一気に捲くし立てたアッシュに、けれど『ルーク』は静かに首を、横に振ってしまった。
嘘だろ、と呟いたアッシュの言葉が、小さな声が、誰の耳にも痛い。
嘘ですよね、と言いかけた言葉を、無理やりに飲み込んだエステルは、静かに涙を溢した。
信じたく、ない。



「…俺の、体だ…あいつの、『ルーク』の体を元に、全部、第七音素に、俺の体に書き換えたんだと、思う…どうしよう…なんで…嫌だ、こんなの嫌だよ、ユーリ…!」



泣き出しそうになって言った『ルーク』の言葉に、ユーリは何か言ってやらなければと思ったが、思考とは裏腹に、全く何も浮かびやしなかった。
『ルーク・フォン・ファブレ』の居場所を奪ってしまったことに、ずっと自分を責めていた子どもだから、再び繰り返すことは恐怖にしか、ならないのだろう。
毛先に従って金へと変わりつつあるその朱色の髪を指先でそっと触れて、そんなことをユーリは考えていたのだが、触れてみて、そこでふと、気が付いた。
『ルーク』の体に書き換えたと言うのなら、なぜ、髪が長いままなんだ?



「……おい、『ルーク』。第七音素で出来た体ってのは、切り離されたりしたら、消えちまうんだよな?」
「ぇ?あ、う、うん…」
「当然髪の毛も切っちまったら消える。そういうことだろ?」
「…うん。多分、そうだと思う。俺が髪切った時、残らなかったから…」
「……ちょっと動くなよ」
「ユーリ?」



急な話の流れに、付いて行けなかった面々が首を傾げたりようやく顔を上げたその瞬間、ユーリは自身の剣で器用に『ルーク』の髪をほんの僅かに、切り落とした。
呆然と誰もが見守る中、『ルーク』だけではなく、記憶を見たリタとアッシュは切り落としたにも関わらず、ユーリの手にある朱色を前に、心底驚いたように、目を見張った。


発光現象すらも、ない。
音素が乖離しないと言うのなら、これは−−−




「決まりだな。『ルーク』、今すぐローレライの所に行くぞ。アスベル頼む、アンジュに言っといてくれ。エステルとフレンは本当に悪いが、ライマの連中に説明な。とにかく時間がねぇから急ぐぞ!」
「まっ、待ってくれユーリ!一体どういうことなんだ?」



全く意味が分からない、とばかりに聞いたフレンに、ユーリはリタの肩を叩いて、説明は全部押し付けることにした。
嫌そうに顔をしかめたのが見えたが、どれだけ後が怖くとも今は気にもしない。

レプリカは何も残さない。
『ルーク』の体に書き換えが済んでしまったと言うのなら、それに倣ってこの手にあの朱色は、残らない筈なのだ。

けれど、確かに残った。

それはきっと、ドクメントの解析では届かなかった部分にある、ルークの欠片。

生きていたい。
死にたくないと言った


あいつの、願い。





「俺も行くぞ。この手はまだ、間に合う。そうだろ?」



真っ直ぐに見据えて言ったアッシュの言葉に、側に居た『ルーク』は驚き目を見張ったあと、微笑んだ。
聡い子どもだった。
愚かでないからきちんと理解していて、だからこそアッシュの言葉にも、こちらの行動にも、微笑むことが出来るのだろう。
リタの説明にエステルも微笑み、アスベルやクレスもほっとしたように笑った。
そしてそれから、気を引き締める。


時間があまり残されていないのは、確かなのだから。





「行くぞ、世界樹に!」




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -