〔1〕置いていかないで、と。声がする。忘れないで。ごめんなさい。覚えていて。捨てない、で。
長い朱色の髪をした、自分と同じ『彼』の、声だった。

いつも、みんなの姿を見てる。
誰も『彼』を見ないのに、ずっと見てる。


『彼』を通してまた別の『彼』を求められてばかりで。
そうして全てから離された瞬間、『彼』は『彼』をも切り捨てた。
残った『彼』に、手を伸ばせど、ここに在る俺は俺としてないから、声が届かない。
涙が溢れたのは、その時だった。



誰か、愛して。
置いていかない、で。







〔2〕これが精神世界だとか言うのなら自分の思い描くように場面が変われば洒落たものだと思うのに、相も変わらず水の中だった。まあこれもまた仮に水、として認識してはいるものの、実際のイメージがどこに繋がるかは制限が無いからわからないし、わかるつもりもないのだが、茶菓子でも出てくればいいのになぁ、と思わずにはいられやしない。自分と同じ髪の色をした子どもは、腰にしがみついたまま離れようとしてくれないので、これは困ったとルークは少し悩んでいた。
別に悪い気分でもないのだが、何だか自分が小さな子どもをいじめてしまったようにも思えてしまい、ちょっと心苦しい。
そんなつもりは、なかったのだが。



「おーい、ルーク。お前話があるんじゃなかったのか?しがみついたまんまだと出来ねぇだろ?」



ぐりぐり、頭を指先でいじりつつ言えば、不満と言うよりも不安を宿した瞳が見上げて、何だかからかって申し訳ありませんでした、と。
ついついそんな言葉を言い掛けそうになるぐらい、ルークがどこか必死に繋ぎ止めようとしているから、苦く笑うぐらいしか出来なかった。



「…なあ、どうしてお前は、こんなにも、俺を助けようとしてくれるんだ?」



ぎゅうっとしがみついたまま聞いたルークに、思わずきょとんと目を丸くしたあと、『ルーク』は出来るだけ優しい手付きで髪を梳きながら、答えた。



「俺がお前のことを全部知ってるから、ってのも一つの理由かな」
「……俺の記憶が、全部あったりするのか?」
「まあ、それに関してはあのバカ電波のせいだけど、うん。全部知ってる。どんな風に生きていたかとか、記憶も、想いも、お前が感じたこと全てを、俺は知ってる」
「だったら、知ってる筈だ!俺はこんな風に助けてもらうような、そんな価値はないって!俺は絶対に許されないことをしてしまった…!大罪人、なんだよ…こんな風にしてもらえれるような、存在じゃない」



生きていることがまるで罪なんだと言わんばかりのルークの言葉に、これには思わず『ルーク』も苦々しく顔をしかめて、唇を噛んだ。
そんなことはない。記憶を見て、全てを知った上で、お前は大罪人ではないと、俺は言える。
そうやって言ってやるのは容易いが、果たしてその言葉を受け取るかと言えば…そうでない、としか言えないだろう。
誰かが自分の為に助けようと、命をかけてまで何かすると言うことが、そう言った概念が、こいつには存在しないのだ。
当たり前に自分自身を最低のラインまで落としてしまった。

それこそ『仲間』と言う存在から、死ねと言われて、何の疑問も、抱けぬぐらいには。



「…バーカ、んなこと関係ねぇっつーの。俺が勝手に助けたいって思ってんだよ。大体、誰かを助けるのに、理由なんて一々要るか?」
「だからってこんな…っ!」
「この手段を取るのは、それこそ俺の勝手だから。ルーク、お前が気にすることじゃない。まあ俺の我が儘ってところかな。いいんだよ、もう。これで、いいんだ」



告げれば、心優しい子どもだったから酷く傷付いたような顔をしたけれど、それに見ない振りをして、『ルーク』の体へ戻すべく意識を向けようとしたその瞬間、不意にパチンと何かに阻まれる感覚がしたから、思わず顔をしかめてしまった。
もう一度、試してみる。
けれど何度そうしてみても見えない何かに阻まれるばかりで、決して侵入を許さないような力に、浮かんだのはたった一つだった。



「…一体何をしてんだ?ローレライ」



呟くように言ったその言葉に、ルークが不思議そうに首を傾げたのは分かったけれど、こればかりは曖昧に誤魔化して、意識をただ、集中させた。
探るべく、深みに、落とす。


存在を同じくするあいつは、どこだ。








〔3〕何というか、全体的に認識が甘かったと痛感するばかりで、出来事が進めば進んで行くだけ次第に口数も減り、早い段階であいつの弟は口を開かなくなった。記憶を見てはいるものの、あの『アクゼリュス』での出来事を境に、こちらを振り向こうとも、しない。
隣を見るとリタも大体似通ったもので、7歳の頃のルークに触れて感情を受け取った途端、頭を抱えて泣きそうに顔を歪めていた。

慟哭を受け取ったのは、大地が落ちた、あの一度だけ。


師に裏切られ、仲間に見捨てられ、存在を否定されて。リタが触れた時には、ボロボロに傷付いていただろうに、それでも誰も恨んでいない、その気持ちに触れるばかりだった。
全てを見ていないのに。
考えられないような酷い目にあっていると言うのに。

『ルーク』は、誰も恨んでいなかった。
少しでも誰かを憎んでいてくれたら、それだけで、せめて。



「……どっかの鶏頭をぶっ飛ばしたいと思ってるのは、あたしだけ?」
「そいつは奇遇だな、リタ。俺はあっち戻ったらどっかの髭をぶっ飛ばしたいと思ってる」
「ファイアボール追加してもいい?」
「師弟揃って殺れ」
「ならあんたは部下とその他頼んだわ」



死んだ魚のような目をして言ったリタの目の前で、現在進行形で無意識なのか何か知らないが無神経な言葉が飛び交っている現状があり、八つ当たりでぶん投げた本が弟の背中に当たったが、流石に何も言わなかった。別世界の自分にいい具合に打ちのめされたらしく…そしてあまりにも大差ないその環境、周りの人間にも心をへし折られたらしく、既に死にかけている。
もう何だか出来事を追っていきたくもないような気もちらりとしたのだが(有り得ないだろう、なんだこの非常識さ丸出しの展開)良くしてくれた街の住人が虐殺された後の似非軍人と親友と言い張る使用人の言葉に顎が外れるかと思い、無神経な偽姫の発言にはいっそ呆れ、『外郭大地の降下』を成し遂げた『ルーク』に対する家の人間の反応にもう無となるしかなかった。
そして気に掛けてくれた優しい軍人は死に、肝心な時は手を差し伸べることは出来なかったけれど、それでも確かに支えだった導師が消えた後は…もう直視したくない事実しかないのは、流石に分かる。
暗い、光を宿すことのない瞳をした7歳の子どもに寄り添い、全てを見ている今、理不尽さに怒る気力も、なかった。

今の時点で、向こうでは何日経ったんだろうな、と仕様もないことを呟いてみる。

さあ、知らない。と疲れ切った表情でリタが答えた。
今、向こうでどんな騒ぎになってるんだろうな…。と消え入りそうな声で呟いたアッシュの背中しか、見えなかった。



「…それにしても、オールドラントのルークのことはこれで分かるけど、肝心のルミナシアのルークのことはこれじゃ分からないわね。どうして自分が消えてでも良いからオールドラントのルークを助けたいのか…いや、待って。7歳の時にこの記憶を受け取ってるならこれは…」
「どうしたんだ?リタ」
「いや、あたし達が他人の記憶見てるって認識してても、向こうとこっちをごちゃ混ぜにしたくなるのに、ルークは区別付いてたのかなって思って」
「区別?」
「だって、違うって分かっててもあいつらぶっ飛ばしてやりたいと思うでしょう?これが7歳の子どもだったら区別も付いてなかったんじゃないかなって。むしろ夢と現実の区別も付いてなかったんじゃないの?…正直、あたしとしては自我が保ててるのが不思議よ。人間不信になってても、おかしくないわ。ううん、人間不信程度なら、まだマシ」



苦々しく言ったリタの言葉に何だかまた頭が痛くなる気がしたのだが、場面が移りステンドグラスから差し込む光が眩い教会内。見覚えのある青い軍服を着た男の子どもに、あの弟が力任せに壁を殴ったのが見えたが、何の言葉も、出なかった。



「私は…もっと残酷な答えしか、言えませんから…」



は?とそんなことを思っても、何も言えなかったのは別にユーリだけの話じゃなかった。
直視したくないとは欠片も思わなかったと言えば嘘になるが、それでも把握してきた今までの流れ。出来事。実際にあった、『ルーク』の過去。

嘘だろ、と呟くことも出来ずに、ただただ呆然としながらも認識したのは、たったそれだけ。
死ねと言われたのか。
世界と天秤に掛けられ、寄りによって、『仲間』の口から。




『…やめ、て』



一体どれだけの間呆然としていたのだろうか。
無意識の内に7歳の子どもに触れていたらしく、けれどその伝わる言葉に、今まで流れていた17歳の声ではない、幼い声に、ユーリは弾かれるように『ルーク』を振り返った。
間違える筈がない。
それは、あの子どもの声。
ずっと望んでいた、ルークの声。



「ルーク……っ?!!」



名を呼び、視線を合わせようと屈もうとしたその瞬間、いきなり目の前が真っ暗になったから、思わず驚き目を見張ったのだが、本当にそうすることが出来たのかも、分からなかった。
何もかもが、そこにはない。
リタの姿も、アッシュの姿も、何もかも。



おい、どういうことだよ。
馬鹿電波。




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