〔1〕光が溢れ返るほど満ち過ぎていて、とてもじゃないが目も開けていられないその中で、たった一つの声を、聞いた。
知らない声じゃない。
よく耳にしていた声。
けれど、求める彼とは違う、声。

光の中で、それは確かに、訴えていた。
心の底から叫びたくても必死に抑え、それでも望んだ、声だった。



『死にたくない』



死にたくない、
消えたくない、
生きていたい、
−−−死にたく、ない。



何度も何度も、そう繰り返す声に、姿を探したくとも、きっと今にも泣き出しそうな顔をしているだろうから早く見つけなければと思っても、眩し過ぎる光の中。目を開けることすらも出来ず、たった一つを抱き締めることさえも、決して叶いやしない。
それでも闇雲に手を伸ばせば、何かに触れた、欠片。



『死にたくない。生きたい。生きていたい。死にたくないんだ!!−−−だけど…っ!』



光の中。
生きたいと必死に望んだ幼い声は、それなのにまるで自分自身を切り捨てるように、そう叫んだ。
叫んだ、と言っても少し違うかもしれない。
それはきっと、声には出されていない。
外には、向けられていない。
だからこそ、思った。
理由がわからないからこそかもしれないが、確かに思った。
生きたいと願うのならば、そう望むなら、続く言葉がそれだと、おかしいだろ。



『だけど』って、なんだよ。





〔2〕パチッと目を覚ました感覚がありながらも、そこがベッドではない、どこか違う場所だと言うことに思わずきょとんと目を丸くしてから、ついつい妙に感心してしまった。
全く見覚えのない…おそらく元々は城だったのではと思える廃墟。流石精霊のようなものだと言っていただけのことはあるだろう。マジでこんなこと出来るんだな、と呑気に思いつつ、ユーリはこれからどうしたものか、ととりあえず立ち上がってこの廃墟の中を好き勝手に彷徨こうとして、ふと気付いた。
柱の影に見えるあの茶髪は、もしかしなくとも。



「リタ」
「あ?ああ、ようやくあんたも気が付いたのね、ユーリ。たっくローレライのやつ全員バラバラのところに送るんだもの。見付けるのにまず苦労したわ」
「ん?見付けるのって、お前もうここの探索は済ませたのか?」
「全部じゃないけどね。あたしは何でか知らないけどこの城の出入り口にほかられてたのよ。中に入らず周りから調べてみて、エントランス入って暫くあちこち見てたら、ここであんたが呑気に寝てんの見つけたってわけ」
「なるほど…ま、俺はさっき寝たばっかりだったから妥当なところだな」
「はあ?あんた話きちんと聞いてなかったわけ?!日付の変わる時だってあのバカ精霊が言ってたでしょ!」
「仕方ないだろ…寝しなにあの眼鏡に捕まったんだ。30分で切り上げれただけマシだろ」
「……あんた、最終的になんて言って切り上げたのよ」
「今日はもう遅いから、明日話す」
「一週間眠り続けるってわかってるからこそ言えた言葉よね」
「無難なとこだろ」



むしろさっさと切り上げてもらえるならそれで良かったしな、と今頃考え込んでいるだろう眼鏡を掛けたあの青い軍服の男に適当なことを考えていて、ふと気が付いた。
思い出した、と言う方が正しいのかもしれないが、自分と、リタと、そういえば、もう一人。



「あいつの弟は居なかったのか?リタ」



姿の見当たらないあの紅を思い出したユーリがそう聞けば、すっかり忘れていましたとでも言うように、きょとんと目を丸くした後、リタは「ああ」と呟いてから、答えた。



「そういえば見てないわね…あたしもまだこの辺りまでしか探してないし、他の場所にでも居るんじゃない?」
「合流は…した方が良いだろうな。勝手に置いてくわけにもいかねぇし。どういう理屈かさっぱりだけどな」
「それは言えてるわね。ん?いや、でも、もしかして…」



何か思い当たることがあったのか、一人ぶつぶつと何か考え込んでいるリタに少しだけ呆れつつも、とりあえず少しの間ほかっておくことにして、かつては窓だったらしい壁の穴に近寄ってみて、ふと気付いた。
耳に届いた潮騒に、鼻を掠める独特の匂いは、おそらくこの廃墟が海に近い場所にでも建てられているからなのだろう。
外から見て確認したい気もしたが、まあ今は何にせよあの弟君を見つけなければならなかったので、考え込んでいるリタを無理やり引きずって奥へと進むことにした。
おかしな話で、普通に歩いたり扉を開けたり何だってわりと出来ていると言うのに、出会す魔物なんかには体をすり抜けてしまって気付かれもしないのだから、どういう理屈か本当に疑問でしかない。このよくわからん現状に余計にリタは頭を痛めているようだったのだが、今までの部屋とは異質な、拓けた空間にある全く理解も出来ない機械を前にした時、弾かれるように駆け出してしまったから、仕方なく後を追うしかなかった。
こんな廃墟に何でか知らないが…明らかに最近入れたばかりです、とでも言うような機械が在ること自体に何だか嫌な予感しかしないわけだが、それの解析はリタに任せるとして、それよりも。



「よう、こんなところに居たのか?アッシュ」



珍しくすんなりと名前を呼んでやれば、機械をジッと見ていたあいつの弟は、嫌そうに…と言うか何だか酷く情けない顔をしながら、ゆっくりとこちらへと振り返った。
不機嫌と言うよりも、困惑しているような表情に首を傾げつつ、隣にまで近付けば、上を見ろ、とはかりに視線で促されたから、それに倣って見上げてみて、つい、顔をしかめてしまう。
同じように気付いたリタも、複雑そうな顔をして見上げていたのだが、まあ、いい加減認めてやらないわけにも、いかなくて。



「あれは…確かお前らの師匠だよな?何だってこんなところに…」



言った言葉に、なかなかに認めたくなかったのかアッシュが苦々しく顔をしかめたのがユーリにもわかったが、気持ちは分からないこともなかった。
と言うか年齢が全く分からんが、バンエルティア号の中で見かける姿よりも結構若く見えると言うのに…何で髭と髷はセットなんだよ。若い時からそれはないだろ。これでこの時の年齢が俺よりも下だったら、マジでへこむのだが。いろんな意味で。



「あの腕に抱えられてる男の子…あれって、アッシュ、あんたよね?」
「……ああ、間違いない。あれは、俺だ」
「何か意識あんまりはっきりしてないように思えるんだけど…言っちゃっていい?あんたらの師匠、変態臭い」
「………………」



普段だったらここで罵声でも飛ばすのだろうが、自分自身でもそう思ってしまったのか、アッシュは何も言えず、リタは心底厭そうに顔をしかめていた。
これは初っ端からいろいろとキツい光景なのだが、意識を朦朧とさせているこの世界の『アッシュ』に気色悪い笑顔を浮かべる見た目おっさんの図はマジで止めて頂きたい。こっちの弟もなかなか本気でドン引きし始めているが、まさかフォローのしようもなく、展開を見ているぐらいしか出来なかった。
薄笑いが余計にいけないんだろうなぁ、なんて思いつつ、文句を言えど意味が無いとは分かるので、放置。

よく分からない機械の上に、ほとんど意識のないような『アッシュ』を寝かせた後、何をする気なのか『ヴァン』は操作盤をいじり…その補佐をしているのかエリマキトカゲのような理解出来ないファッションをした銀髪の男が何かいじっていたが見えた。
『ヴァン』が何かを言っている…と言うか指示をしていることにリタが頗る口を出したそうにしていたが、まさか出せる筈もなく、とりあえず黙って成り行きを見守れよ、と訴えたら複雑そうに顔を歪められたが、そこは丸きり無視だ。この際。
ぼんやりと眺めているその間に、機械が稼動したのか耳障りな甲高い音が僅かに聞こえたような気もしたが、そんなことよりも聞こえて来た『ヴァン』の放った言葉に、3人揃って愕然と目を見張ってしまった。



「もう少しの辛抱だ、ルーク」



その名前に、一番驚いたのはアッシュだった。
お前あの男の子は自分だって言ってた癖にどういうことだよバカ!とばかりにリタが視線を向けたが、しかしアッシュはアッシュでわけがわかっていないらしく、あの子どもは自分だと。それは間違いない、と言うしかない。
これは一体どういうことなのかとユーリも疑問に思っていたのだが、『ルーク』(アッシュ?)の寝かされていた機械が一際強く輝き、急速に集まり象った光と突き付けられた事実に、もうどうしようも、なかった。



「−−−ルーク…」



毛先に従って金に変わるあの、朱色の髪。



それは間違いなく、この世界の『彼』だった。




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