〔1〕食堂に足を運んだらちょうどタイミングが良いのか悪いのかロックスの姿だけしかなく、これは好き勝手にしてやろうととりあえず適当にサンドイッチを作ってついでにちょっとしたデザートを自分の分含めて人数分作ることにした。苦笑いのロックスに気付いてはいるが、ここは見なかったことを決め込ませて頂いて、さっさとプリンを作るべく準備を進める。と言っても昨日既に固めて作り置きしていたものにホイップを乗せたり一工夫するだけだからそう時間の掛かるものではなかったのだが、単純な作業をしている時に限って、面倒事が降って来るものだからユーリは頭を抱えて思わず逃げ出したくなった。
幸いなのはあの眼鏡のおっさんとあいつの使用人、そして剣の師だとか言うおっさんが…いや、二十代だったか確か。まあその3人は居ないと言うところだろうか。
残ったライマの女3人と…居たのかリオン。つーかお前なに完成した側からプリン取ってくんだよまた一人分追加じゃねーか。



「ああ、ようやく見つけましたわ!ユーリ!一体ルークに何があったんですの?!それになぜアッシュまで!」



鼓膜でもぶち破る気か癇癪持ちめ、とうっかり言ってやりたい言葉をグッと堪え、ユーリはさっさとプリン確保して出て行こうとしたリオンを阻止するべく片手で相手しつつ、そして視線だけは面倒ではあるものの、ナタリアとティア、そしてアニスへと嫌々向けていた。
人が食事用意してんのが見えないのかねぇ、この女共は、とついつい言ってやりたくはなるものの、言ったら言ったで確実に更に喧しくなるのは目に見えているので、まさか言えない。
げんなりと溜め息を吐きそうになった辺りで、隙を突かれてリオンにプリンを強奪されたから、3人を相手するよりもさっさと逃げた背に思わず脱力してしまった。
いつもなら何か声を掛けてから行くと言うのに…小言の1つも言えないぐらい嫌なのか、お前でも。
気持ちはわからないこともないが、ま、だからと言って無言はどーよ、無言は。



「昨日部屋に戻らなかったと思ったら今日いきなり医務室に運ばれたって…私たち何も知らなくて困ってるの。教えてちょうだい、ユーリ。ルークはまた、迷惑を掛けるようなことを一体何したの?アッシュにまでああして…あなたなら知ってるのでしょう?」



右から入れたら全力で左から出したくなるようなティアの…いや女Aの発言に、うっかり絞り出しに使っていた袋を握り潰してしまうところだった。あー…ヤバい。ツッコミ所満載過ぎて今の言葉どう対処したら良いのか、自分の中に明確な答えがどこにも存在してない。
「私たちにな〜んにも言ってくれてないからぁ〜、すっごく困ってんですよぉ〜」と、次いで聞こえたその言葉に、ああ、お前一応俺にもです、ます口調で喋る気はあったんだな、とうっかり感心したのは悪くないと思う。
チキンサンド作ってスープも付けて、そうしてもう一人分プリンを追加して、ロックスに用意してもらったバスケットに丁寧に入れながら、少し考えた。
馬鹿正直に教えるつもりは、初めからないのだけど。



「さあ?俺もよく知らねーな。ただ何か暫く医務室で休んでなくちゃならないんだとよ。用がない奴は立ち入るなってさ」



言いながら、食事の準備をしているのは酷く矛盾しているとは思いはしたが、平気な顔をして嘘を吐いてやった。
…と言うかこいつら『ルーク』が倒れたって言うのは知ってんだよな?なんか段々と認識がズレていってる気がするのは…まさか、な。



「全く…もう、またルークの我が儘ね。アニーもアニーだわ。甘やかしてばかりじゃ、ルークの為にならないのに」
「そうそう!ど〜せまたあのお坊ちゃまの我が儘なんだから、わざわざ付き合ってあげなくてもいいのにさ〜。巻き込まれたアッシュかわいそ〜」
「困ったものですわ。ですがなぜアッシュにまで…」



約一名は流石にあの普段の『ルーク』からアッシュにあんな風に手を伸ばすとは思っていなかったのか、些か言葉を濁したけれど、軍人共2名の言葉に、ユーリはうっかりバスケットを床に叩き付けて思いっきり机にでも頭を打ち付けたい衝動に駆られた。いやいやいやいや何をどう解釈したらそんな結論に至ってそんな言葉が出てくるんだ?!と思ったことをそのまま言えればきっと楽になったのだろうが、まさか言える筈もなく。
下手につつけば尚更面倒なことになるのは目に見えていたので、理性をどうにか保ってほかって食堂から出ようとしたのだが、その時不意に扉が開いて、勢い良く突っ込んで来る小さな影があったから、受け止めてどうにか踏みとどまった。
一体どこから走って来たのか知らないが、それなりに乱れた髪から全速力だったのは何となく、察しが付く。
紫掛かった髪の色の子どもに、おい保護者はどこに行ったんだ、と心中ぼやいたが、口には出さなかった。
ソフィだ。



「ユーリ、ルーク、ルークはどこなの?アスベルが、ユーリに聞いたらわかるって。ねぇ、ユーリ。ルークは?」



駆け込んで来たソフィがそう聞いたから、思わずきょとんと目を丸くして固まってしまった。突然のことにこれにはライマの3人も立ち尽くしてはいるが、同じように呆然としたくとも、ソフィに視線で訴えられている以上、まさかそうするわけにもいかない。



「いや、確かに俺は知ってるが…ルークに何か用でもあるのか?」
「うん。ルークとね、約束してたんだよ。今日は約束の日なのに、展望室にいなかったから、だからアスベルに聞いたの」
「約束?」
「うん。ルークはね、いつも私と一緒に、お花の本を読んでくれるの。いっぱい教えてくれるんだよ」



珍しく嬉しそうに顔を綻ばせて言ったソフィの言葉に、あのお坊ちゃまがそんなことをしていたのに驚いたが、アニスが信じられないとばかりに露骨に態度に出したので、聞こえた言葉も全部聞かなかったことにして流しておいた。
よし、何も聞こえなかった。
いくら許されているとは言え、軍人が王族に対してその対応はどうかと気になる…と言うかあのフレンですらも表情に出してしまうような連中なので、もう無視を決め込ませて頂こう。…若干今更な感じは、否めないのだが。



「そうか…悪いな、ソフィ。ルークの奴な、今医務室に居るんだよ」
「! ルーク、怪我したの?」
「いや、ちょっと倒れた」
「……ルーク、大丈夫?」



不安げに聞いて来たソフィに、うっかりそれが普通の反応ですよねー。と、ユーリは何だかようやくまともな人間に出会えたかと、密かに安堵した。
医務室と聞けば怪我か病気を疑うし、まず口から出るならば「大丈夫?」のその一言だろう。
流石にそこには気付いたのか、今更気まずそうに軍人2名が目を逸らしていたが、相手にする気などなく、ユーリは空いた片手でソフィの頭をぽんぽん、と撫でた。
あのお坊ちゃまが約束までして一緒に本を読んでるところなど想像もできないが、何だかんだ言って優しい奴だから、放って置けなかったのだろう。



「なに、そんなに心配する程でもないさ。その内アニーから許可出たら、お見舞いにでも行ってそん時に言ってやればいいだろ?」



言えば、納得したように頷いたソフィにもう一度だけ頭を撫でてやって、バスケット片手に今度こそ食堂を後にした。
嘘吐きとでも言われそうな気もするが、まあ、ライマの連中が『ルーク』の身に何が起こってるのか説明したところで信じてもらえる筈がないのはわかっているので、別にいいだろ。

話す気力も、ありやしない。








〔2〕食事を取りに行ったユーリが戻って来た瞬間、何でかアッシュがそそくさと…それでもきちんとプリンだけは受け取って出て行ってしまったので、結局医務室で2人で食事を取ることになった。お前、どっちでも食事の仕方は上品なのな、とユーリが言った言葉はよくわからなかったけれど、とりあえずチキンサンドを食べてスープを飲み、プリンへと手を付ける。
どれも美味しいから「ありがとう!」とお礼を言ったら思いっきり顔を背けられてしまった。どうかしたのかと疑問に思っていれば、慣れてない、と呟かれたので、思わず納得してしまう。
ここの『ルーク』と俺とは、別人だから。



「…あの、さ…ユーリ」
「ん?なんだよ」
「ユーリから見て、ヴァン師匠って、どんな感じ?」



アッシュに聞くだけの勇気は持てなくて、恐る恐るユーリにそう聞いた。聞かずには、いられなかった。
違うとは、理解していても、不安になる。
だって、今もまだ、あの目を忘れることが、出来てない。

『愚かなレプリカルーク』と言った声が、消えない。

消えて、くれない。




「あー…ヴァン、なぁー…」
「……」
「俺から見た感じだと、悪いがシスコンの変なおっさん、だな。あれでレイヴンより若いってのも信じられねぇし。ノーマにヴァンヴァンってセンスねぇあだ名付けられても、喜んでたしな」
「ヴァンヴァン…っ?!」



聞いた瞬間、つい先程まで聞かなくてはと思い詰めていた自分をぶん殴ってやりたくなるぐらい、知りたくなかった現実だった。
いや、だってヴァンヴァンはないだろ。ヴァンヴァンって…。
いやいやないないないない。



「んで、お前はそんなにヴァンの何が気になるんだ?」



現実逃避になりそうになっていたところを、ユーリの質問でどうにかハッと我に返ることはかろうじて出来た。が、出来たら出来たで、それはそれで問題だった。
何気なく聞いてきたユーリの言葉でも、まさか返せる筈もなく、ついつい、俯いてしまう。


言えない、よ。
こればっかりは、ユーリにも。




「ううん、何でもない…」



この手で殺めた人。

騙されてるんじゃないかって、疑ったって、あの人は別人なのに。



(ここは、あの世界じゃ、ないのに。)




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