〔1〕余程そのオールドラントのルークのことが大切なのか、訴えてもローレライは暫く黙って考え込んでいたのだけれど、埒が明かないと踏んだのか、やがて静かに頷いてはくれた(相当不満そうだったのは、おそらく気のせいとかではない)。
弟の言い分に思う所は多々あれど、ユーリはじゃあどうするかと先を促すべく、黙ってローレライを見据えてやる。
さっさと話をまとめてローレライ(電波)には退場してもらいたかったのだが、あたしも見るわ、と言い出したリタの言葉を皮切りになんだか話の方向性がズレにズレたから、思わずげんなりと溜め息を吐いてしまった。
エステルやカノンノまでもが言い出したのはまだわかる。
だがいつから居たのかロイドやクレスまでも飛び込んで来たのは、お前らどの段階から立ち聞きしてたんだか、と心底呆れ返ってしまった(気付けなかった自分自身が、情けなくもなるのだが)。
結局『ルーク』の記憶を見るのは俺とお坊ちゃまの弟、そしてリタの3人になったのだが、「不法侵入にプライベートの覗き見は自分はストーカーだと断言しているようなものですね」とぽつりと零したディセンダーに、脳天をど突くのは忘れなかった。
いい加減人を変質者扱いするのはやめろ、マジで。



「…『ルーク』の記憶で、今回のことに焦点を当てた部分のみを順々に見せるが…今日の夜、日付の変わるその時以降、そなた達は一週間眠り続けることになる。本当にそれでもいいのか?」



今更何を言われようと動じない自信はあったのだが、いきなり言われたその説明に露骨に弟が顔をしかめ、リタが頭を抱えていた。
それでもいいのか?じゃねーよ!と言いたかったところはそんなとこだろうが、必死に堪えつつ、リタは答える。



「支障が出ないようにあんたが一応何かしらやってくれるって言うなら、問題ないわ。流石に一週間寝たきりで窶れない自信はないけど、あんた聖霊なんでしょ?そこんところはどうにかしてくれるのは、当たり前よね?」
「……過度に干渉しない程度であれば、可能だ。ルークも同じように一週間眠り続けることになるから、やれないことはないだろう」
「なら大丈夫ってところね。ラザリスの…ジルディアに関しては封印次元に必要なドクメントの塩水晶、ツリガネトンボ草、ウズマキフスベの3つは依頼に出しとけば問題ないし。ハロルドに全部任せるわ」



それはそれで依頼を請け負った側が可哀想な目に合いそうだが、皆さんが眠っている間、私、頑張りますね!と張り切っているエステルの姿が見えたので、ユーリは何も言わないでおいた。付き合わされることになるだろうフレンには心の中で合掌しつつ、ディセンダーとハロルドのコンボに胃潰瘍にならないことを、祈ろう。
既に遠い目をしているフレンに、アスベルが思わず心苦しそうに目を逸らしていたが、他人事ではない。



「…我はこれより、約束の時まで一度ルークに…オールドラントのルークに体を返すが、くれぐれもルークにバレぬよう気を付けた方がいい」
「ま、そりゃあ自分の記憶誰かに見られんのをバラしちまえば、絶対断られるだろうしな」



改めて考えてみると惨い話なのだが、エゴだとは自覚があるのでユーリもあえてそう言った。
いけしゃあしゃあとよく言うわ、と呆れた目でリタが睨み付けているが、構いやしない。



「…それもある。だが、一番の理由はアッシュ。そなたにあるのだ」



真っ直ぐと紅を見据えて言ったローレライに、まさかここで話題に出されるとは思っていなかったのか、少し困惑したようにアッシュが「どういうことだ?」とそう聞いた。
ローレライは一度、目を瞑ってそっと祈るように胸に手を当てる。
そこに、まるで『ルーク』が居るかのように。

慈しむ、ように。




「ルークの記憶は、アッシュ。そなたにとっても重荷を背負わせることになるだろう。ルークを憎めば憎む程、それはそなたに、返ってくる。それより先の苦しみを、我は知っている。…そなたの幸せもまた、我はずっと祈り続けて、いるのだよ」



驚くほど優しげな声色で言ったローレライに、お坊ちゃまの弟は、アッシュは愕然と目を見張ったまま、立ち尽くすことしか出来ないようだった。
むしろ、この場に居合わせた連中が全員、そんな反応だったろう。



それが偽りのない本心だとは、誰にでもわかったのだから。











〔2〕突き放されるような感覚のすぐ後に、パチッと目を開けてみたら目の前に黒とそして視界の端にあの紅があったから、思わずギョッと目を見張って飛び起きて…失敗した。
ゴツンッ!と嫌に響いた、頭と頭のぶつかった音に側に居たらしいエステルの悲鳴が聞こえ、何やってんのよ、とリタの声も、耳に届く。
痛みに頭を押さえながらも、ゆっくり辺りを見回してみて、それからおや?とルークは首を傾げていた。
見慣れた、とまでは言わないが、なんで医務室なんかに、居るんだか。



「ふぇ…?へ?俺なんで…」
「……なんでって疑問に思うより前によ、お前なんか言わなくちゃなんねーことあるだろ…」
「ぇ?あ、うわああ!ごめんユーリ!頭大丈夫か?!」
「心配してくれるのはわかるが、その言い方だと俺の頭が致命的におかしいみたいだから止めてく、れ…」
「ああああ!ユーリごめん!本当にごめん!ファーストエイド!ヒール!キュア!ええとええと、あ、リザレクションいま唱えるから!」



慌てふためいて手当たり次第回復魔法を唱え始めた『ルーク』に、「いや、お前そこまでしなくても…」とユーリは言いかけたのだが、いかんせん欠片も届いてはいなかった。
アニーが困ったように笑っているのもお構いなしに、『ルーク』は目を瞑り意識を集中させる。
と言うかお前術使えんの?と当然の疑問をユーリと出入り口の側に居たアッシュは思っていたのだが、次の瞬間『ルーク』が紡いだ言の葉に、何も言えなくなっていた。



「−−−リュオ レィ クロア リュオ ズェ レィ ヴァ ズェ レィ」



聞いたことのない、けれどとても綺麗な、歌だった。
驚き目を見張ったのはリタとアッシュぐらいだけで、エステルやアニーは素敵です、と聞き入っている。
ぽうっと光を伴ったそれは発動させるのに歌を必要とした以外はリフィル達が唱えるリザレクションと変わりなく…何だか異様に効果範囲が広かったが、ユーリが我に返る頃には医務室に居合わせた全員を回復して、譜陣は消えていた。
よっし出来た!と『ルーク』は笑う。
笑ってから難なく歌えたことに疑問が浮かんだが、まあ大方ローレライのせいだろうと気にもしなかった。
ロスト・フォン・ドライブの発動条件すら無視なのだ。
今更気にしたところで、使えれば便利なのだから構わないだろう。



「凄いです『ルーク』!とっても綺麗でした!何て歌なんです?」



目を輝かせて聞くエステルに、こればっかりは『ルーク』も照れ臭そうに笑ってしまった。
綺麗でした、と言われても、自分はもっと綺麗な『彼女』の歌を知っているし、この歌が歌えるようになったのも気が付いたらオールドラントではない、テルカ・リュミレースと言う世界に送られてからだった。
剣と宝珠とを合わせた鍵と、ローレライとを繋ぐ、約束の歌。

そこまで考えて、ハッと気が付いた。



陽の光も決して届かぬような、深い、底へと沈んだ、彼のことを。




「そうだユーリ!ルークがっ、「アッシュ!ルークが倒れたとは、本当ですの?!」



言いかけたその瞬間、医務室の扉が開くと同時に、聞こえた懐かしい声に、頭の中が真っ白になった。
金の髪に、若草色の瞳に彼女があの『彼女』ではないとはわかるけれど、咄嗟のことに息の仕方すらも忘れたように感じて、動けない。
心臓が馬鹿みたいに五月蝿く感じるのにどうしたらいいのか何もわからなくて、続いて見えた自分の知る『彼ら』に似た人達に、目を見開くことしか、出来なかった。



そして、一番最後に見えた、その人にも。




「ルーク、倒れたと聞いて心配したぞ。大丈夫か?」



優しく掛けられたその声に、どんな顔をしていいのか、わからなくなった。
震える足が、無意識の内に近寄ろうとベッドから下りようとするのだけど、上手くいかなくて。

荒くなった呼吸を無理矢理落ち着かせようとして、どうにか呼ぼう呼ぼうと唇を動かしたのだけど、言葉は声にならなくて、溜まった唾を一度飲み込んでから、真っ直ぐとただ、その人を見つめた。

わかってる。
この人は自分の知ってる『あの人』と違うことぐらい。
わかっていて、でも、どうしても呼ばずにはいられなかった。

大好きな、人。
騙され、罵られ、たとえ視界に映ってなどいなくても、己の世界、全てだった、あの。




「…ヴァン、せん、せ…」




あなたの体を剣で貫いた感触が、まだ、こんなにも、残っているのに。




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