〔1〕ラザリスの『キバ』ごと砂漠の一角を消し飛ばし、巨大なクレーターを物の見事に作り上げた『ルーク』が、肩で息をし睨み付けるようにそれを成し遂げるに一役買った剣を見つめているその姿に、ユーリ達は呆然としているしかなかった。
これは…ないだろ、なんて思ったことは言ったが最後、塵も残さず消し飛ばされそうな気がして、まさか言える筈がない。
暫く息を整えていた『ルーク』だったが、やがてハッと気付いた事実とその手にある剣に、みるみる顔が真っ青になった。

−−−なぜ、『ルーク』の体で超振動が使えたんだ。





「−−−っ!!」



先程までとは打って変わって、何かに怯えるように膝から崩れ落ちて座り込んだ『ルーク』に、ハッと我に返ったユーリは慌てて駆け寄ってその震える体を支えた。
手元にある剣を、それでも離さなかったのは一体どんな意味があるのかは知らないが、まるで昨日アッシュを見た時のように明らかに恐慌状態に陥り掛けている『ルーク』に、ユーリはとにかく落ち着くよう促すことしか、出来ない。
自分が誰かに支えられていることに多少は冷静さを取り戻しつつあるのか、『ルーク』は震える唇で、言った。



『ルーク』が、消えてしまう、と。





「ど、どうしようアリィ!砂漠が無くなっちゃってるよ…!」
「落ち着いて下さい、カノンノ。大丈夫です。ちょっとサンドワームが巣を大きく作っただけですよ」
「…俺はもう何も言わんぞ。任せたアスベル」
「それは酷くないか…ってエステリーゼ様にルーク様?!それにフレン隊長まで!」



おい、さり気なくなに俺だけ抜いてんだよ、とあの轟音に駆け付けたのか、別のクエストに出ていたアスベル達に対し思うところはあったけれど、仕様もないことは流石にユーリも言わなかった。
昨日のように片手で目を隠してやって、落ち着くよう支えてやっている時点で、まあそれどころではない。
説明は全部フレンとエステルに任せることにして、とにかく『ルーク』を落ち着かせることに専念しようとしたのだ、が。



「これは…!」



支えるその華奢な体に、何度か見たことのあるあの赤い霧が纏わりついていた。
咄嗟に手を離さなかったのは幸いか、『ルーク』は多分、気付いてはいない…と思いたい。エゴでしかないのだが。



「アリィ!」
「任せて下さい。痴漢を撃退します」
「…おい、お前この現状見てそう言うか?」
「現状、王位継承者である『ルーク・フォン・ファブレ』を『ユーリ・ローウェル』が背後から抱き寄せ、両目を手の平で覆い隠すことで視界を塞ぎ、結果怯えたように『ルーク』の体は震えています」



…犯罪でした。

と言うかわざわざ悪意たっぷりにそう言ったディセンダーに頭が痛くなるのは俺のせいと言うわけではないと思う。思いたい。言葉を聞いたアスベルが本気で引いていた。カノンノとセネルはわからなさそうにしているが、さり気なくアスベルだけ距離を置いたのを見逃すほど鈍くはないぞ、俺は。
お前はそんなに俺のことを犯罪者扱いしたいのか。



「アリィ!お願いします!ルークを、ルークを助けて下さい!」
「お願いだアリィ!ルーク様を頼む!」



今までのやり取りを全部聞かなかったことにして言ったエステルとフレンに、ようやく人を痴漢扱いするのは飽きてくれたのかディセンダーは力を用いて赤い霧を払ってくれた。
お前はワンクッション挟んで人を蹴落としてからじゃないとやってくれねぇのかおい、と言うツッコミはさておき、少し落ち着いたのか恐る恐る、俯いていた顔を『ルーク』は上げる。
もう大丈夫かと判断して手を離せば、案の定泣くことだけは出来なかった翡翠色の瞳が、集まった仲間を順々に映した。
エステルが不安そうに、それでも手を握れば『ルーク』は安心したようにほっと息を吐いたのだが、セネルとカノンノからすれば昨日の騒動に巻き込まれていなかったので、その普段とはあまりにもかけ離れた態度にギョッと目を見張っている。
さんざん人をおちょくるだけおちょくったディセンダーを目にした時だけ、『ルーク』は驚いたように目を見張っていたが、呟いた名前はユーリにしか聞こえなかった。



(『アリエッタ…?』)



か細い声だ。
今にも消えてしまいそうなその声に、まさか「誰だそれ?」とも聞ける筈もなく。



「とにかく、一度船に戻ろう。いつまでもこんなところに居るわけにもいかない」



フレンの言葉に全員が了承し、少しだけ震える『ルーク』の体を支えて歩き出した。

初めて見ました。
あれがセクハラで痴漢なんですね。

といけしゃあしゃあと言うディセンダーに言いたいことは山程あるが、本当の痴漢はあのアホ神子だろうが。





〔2〕 「リタ…!!」



ようやく砂漠から帰って来たかと思えば、戻るなり必死に名を呼ばれ、振り返ったら今にも泣き出しな顔をしていたからうっかりらしくなく驚いてしまった。待て待て待て待て、聞いてない。なにこの状況?なにこの体勢?泣き出しそうになりながら人の手を掴まないでよね…なんて言ったら間違いなく今度こそ一人で世界樹に行ってしまうのは悪いけどあたしにだってわかる。わかるけど、もう一回言わせてもらいたい。
なに、この状況?



「頼むリタ!こいつを、『ルーク』を助けて…!」
「……は?」



いや、『ルーク』はあんたでしょうに。とうっかり過ぎったことはそんなことだったが続く言葉に『ルーク』が誰を指し示したものかわかって、思わず眉間に皺を寄せてしまったのだ、が。



「存在の書き換えしてるって…俺を助ける為に、自分が消えるつもりだって…!お願いだよリタ!俺は、こいつの存在を食らってまで生きてたくない!これ以上『ルーク』の居場所を、奪いたくないんだ!!」



必死にそう訴える『ルーク』の言葉に、リタは思わず現実逃避がしたくなって仕方なかった。ちょっと待て。状況を理解したくない。
と言うかこの子どものお守りはどこに消えたって言うのよ。こんなに怯えて震えてるガキを慰める術なんてあたしは知らない。早く支えてあげてユーリ。このままだと余計に頭働かなくなるから。
膝から崩れ落ちそうなぐらいフラついた辺りでようやくユーリが現れて『ルーク』の体を支えてくれたけど、何だかボロボロになってるように見えたのは気のせいだとリタも割り切った。
大方あのよくわからんディセンダーと何かしらあったのだろうが、今はそれよりも。



「とにかく、一回ドグメントの解析してみるから、研究室行くわよ」



言えば、何でかエステルやフレン、そしてアスベルやカノンノまで着いて来たから小さく溜め息を吐いてやった。
…と言うかクエストの時点ではセネルも居たと思うんだけど、あの寝坊助はどこへ行ったのやら。



(目の当たりにしたことはないけれど、あんまりその辺に寝転がっていると、どっかの誰かさんに実験体にさせられると思うんだけどね。)

まあいいか、とリタは研究室へ入る。
この思考回路が現実逃避だとはわかっていたけれど、正直嫌な予感しかしなかったのだ。






〔3〕怯えたように震える『ルーク』をどうにか宥めて、リタにドグメントを展開してもらったのはいいのだが、そこから正直、呼吸の仕方を忘れたようにも感じた。
青ざめて立ち尽くすのは何もこの7歳児だけではなく、居合わせた人間の顔色は良い筈なんかない。
信じたくなかった。
どうして、こん、な。



「…嘘、でしょ…」



呆然としたまま呟いたリタの言葉に、『ルーク』は肩を跳ねさせ、蒼白い顔でそれでも目を逸らせなかった。
展開されたドグメント。
二重に存在するそれらの重なりに、必死に引き止めようとしているのかとそんな感想を抱いていた昨日の自分をぶん殴ってやりたいと思う。
『ルーク』のドグメントは、少しずつではあるが内側に干渉し、全てが7歳の『ルーク』に入れ替われるよう、ドグメントが至るところで組み換え、書き換えられているところだった。
自分自身を、この世界に居た、『ルーク』を、消す為に。



「…ソウル、アルケミー…」



ボソッと呟いたリタの言葉に、ギョッと目を見開いたのはユーリだけの話ではなかった。
いやいやいやあのお坊ちゃまが使えるわけがないだろ、と思う反面、ならこの現状はどうするんだ、と言われれば納得するしかあるまい。
あのお坊ちゃまが、ルークが自分の意思でこんなことをやっているの、か?

思った瞬間、鈍器か何かで頭を殴られたように感じた。


馬鹿だよ、お前。
何にもわかってない。
本物の、大馬鹿者だ。




「…ふざけんなよ。お前、自分が何してるのか本当にわかってんのか?」



空いていた距離を詰めるように前へ出れば、真っ青な顔をした『ルーク』と目が合った。
お生憎様、用があるのは別にお前ではない。
7歳だとか言う『ルーク』じゃない。

怯えた瞳に戸惑うのは『ルーク』と重ねて見てしまうからではなく、あの『ルーク』が幸せさえも願った『ルーク』を傷付けることで、あいつに悲しまれるのが嫌だったからだ(馬鹿げた思考だと、いっそ笑えよ、誰か)。
フレンの制止なんかは聞かなかったことにして、睨み付けるように『ルーク』を見る。
子どもは震えていた。
目に映るドグメントを見て。
促されるまま見て、気付いた。
重なり合う二重の光が、内側に取り込まれ、書き換える。

そうしてまた、『ルーク』を、消してる。




「嫌だ嫌だ嫌だ!!お願いだからっ、もうやめて!」



取り乱した『ルーク』がドグメントに触れようとした瞬間、いきなりプツン、と糸が切れたように体が傾いたから、ユーリは慌ててその華奢な体を支えてやった。
呆然と見ることしか出来ていなかエステルが我に返り、急いで回復させようと術を唱えようとする。
けれどそんな必死なエステルの行動を、片手で諫めたのもまた、『ルーク』だったから何が何だか全くわからなかった。



「…相変わらず、『聖なる焔の光』は己を省みずに無理をする…」



呟くように言った『ルーク』の言葉に、咄嗟に居合わせた連中は全員武器を手に警戒を露わにしたが、無防備に構えろと言うのが無理な話だった。
ゆっくり、『ルーク』の姿をしたそいつは、顔を上げる。
先程までの青白い顔は、怯えた瞳は、どこにもなかった。



「……お前は、誰だ」



聞けば、そいつは穏やかに笑んでさえ見せ、そうして答えた。




「我が名はローレライ。7番目の音素。我と存在を同じくするルークの命が尽き掛けた為に、長らえさせようと、彼の地へと送ったものだ」



途方に暮れるような言い分に頭が痛くなって来たが、とりあえずぶん殴らせてくれ。一発で良いから、マジで。



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駆け出したシリウスを追いかける・6



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